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[1]『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を執筆して/ジャーナリズムを考える

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

 記者会見が始まると、つめかけた記者たちは一斉に手持ちのパソコンの画面に目を落とし、キーボードを猛スピードでたたいていった。未曽有の大地震がおき、原子力発電所が爆発しているというのに、だれもレクチャー担当者のほうに目をむけない。バチバチバチバチ。キーをたたく音がうるさくて、会見場のやりとりが聞き取りにくい。

 

 昨年3月11日、東日本大震災が発生し、東京電力の福島第一原発が相次いで爆発するという人類史上に残る災厄が起きると、記者会見場ではこんな光景が日常的に繰り広げられるようになった。東電本店で、経産省で、原子力安全・保安院で、そして官邸で。私はそのあまりにも異様な光景に言葉を失った。かつて日本中のマスコミが注目した六本木ヒルズ騒動のときもこんなことはなかったし、つい2年前、日本航空が倒産した際にもこれほどまでに不思議な現象に出くわしたことはない。

 

 記者がまるでタイピストなのだ。原発が相次いで爆発したというのに。

 

 記者会見に登壇する東電や保安院の担当者たちは、まるで他人事のように事態を客体視して語り、責任追及を回避しようと言葉尻をとられないことに懸命だった。それに挑むべき記者たちの質問は、レクチャー担当者に詰め寄る、あるいは隠されている事実を暴き出そうとするといった挑戦的なものではなく、教えてもらう、おたずねするといった腰の低いものだった。

 

 東電は勝俣恒久会長以下代表権のある役員が8人もいるのに、私たちの前に出ずっぱりだったのは原子力設備管理部の中間管理職や広報部の部付部長ら下僚のものばかりだった。経産省の松永和夫事務次官や保安院の寺坂信昭院長、資源エネルギー庁の細野哲弘長官はほとんど姿を現さない。急遽広報担当者に仕立てられた西山英彦審議官は「週刊新潮」に不倫を暴露され、気の毒なことに更迭されてしまった。国民に事態を説明しなければならない職責のあるものたちは、矢面に立つことを嫌がった。それを記者たちは引きずり出すことができない。下僚の広報担当者から「きょうの原発の様子」を教えてもらい、それで「定型」の記事をものにしてゆく。

 

 記者たちがパソコンのキーボードに視線を落としていたのは、大がかりな事故を取材するために多くの記者が駆り出され、互いに「メモ」をやりとりし、情報交換する体制が構築されているからだ。東電本店、保安院、経産省、官邸、さらには東電に融資するメガバンク、財務省、原子力安全委員会。それぞれカバーする記者は違った。経済部、科学部を中心に政治部、社会部、ときには地方から応援で駆り出された若手もいた。そういうチーム取材ができないAERAに所属する私は、もちろん1人ですべてを取材せざるをえないが、大手紙は何十人もの記者たちを動員している。取材先で名刺交換しあいさつしても、入れかわり立ちかわり違う記者が現れ、名前も顔も覚えられない。

 

 動員の成果によって、集めた「メモ」をもとに紙面がつくられてゆく。だから記者たちは「パーツ屋」なのだ。部品を提供するだけ。いくつかのメモをもとに完成品に組み立てるのは、現場に行かなかったベテラン記者かもしれない、あるいは各自に短い原稿を書かせて、それを編集者(デスク)が長い原稿に仕立てているのかもしれない。そのほうが管理者(局長や部長)には管理がしやすく、都合がいいのだ。

 

 まるで水平分業の安価な組み立て機器のように紙面がつくられてゆく。素材選び、部品製造、さらには完成品の組み立てまで、一人で垂直統合している記者はほとんどいない。しかも、チーム取材によって携わるものが多ければ多いほど、「責任感」や「職業意識」は希薄になる。なによりも「情熱」が失われてしまう。

 

 だから「大本営発表報道」などというありがたくない批判を頂戴したのだ。メルトダウンしていたのは原子炉だけではない。報道の現場でも起きていた。揚げ足をとられないように気遣う東電本店の広報担当者と、それをもとにパーツ原稿を書く記者たち、私にはどちらも同じ「種族」に見えた。

 

 あの記者会見の場は、サラリーマン化した大手メディア企業の行き着く先を見た思いだった。ジャーナリストというよりもむしろサラリーマンとして与えられた仕事を淡々とこなす。原発が爆発し、放射能汚染を撒き散らしているというのに。「レベル7」だというのに。世界が注目している大事故だというのに。

 

 一筋の光明は、組織ジャーナリズムの仕組みに完全には組み込まれていない一部の記者たちの活躍ぶりだった。私の職場の隣の「週刊朝日」編集部は、大胆にも福島第一原発に潜入するというスクープをものにしたし、原発そばの保安院の事務所(保安検査官事務所)に残された極秘メモ(それにはメルトダウンがおきていると書かれていた)を暴露した。吉田昌郎所長と思われる福島第一原発の最高首脳の匿名のインタビュー記事を連打してもいる。『メルトダウン』執筆にあたって、もっとも参考にしたのは、朝日や読売、日経ではなく、「週刊朝日」のこれらの刮目すべき記事だった(もっとも筆者はフリーランスの記者たちだったが…)。

 

 若手ジャーナリストの第一人者である石井光太氏は、大津波で亡くなった人たちを岩手県にルポし、秀作『遺体』を上梓した。大手メディアが何百人もの記者たちを三陸に動員したのに、作品として結晶化させたのは石井氏が一番だった。『メルトダウン』執筆にあたって、私が意識した書き手が石井氏だった。

 

 いまのマスメディア企業のやりかたでは、記者は育たない。このままではどんどん衰退・劣化してゆくのは間違いない。

 

 狭い責任分野にとじこめメモを回すやり方では、深層に迫る多面的な取材ができないからだ。記者は担当分野の枠を超えて「大きく回る」ことが必要だ。

 

 メモや短い寄せ集め原稿を書かせてばかりいたのでは、技能が熟達しない。長い原稿を大量に書くことによって初めて、自分には何が不足しているのかがわかってくる。だから管理者は、有能な若手に独力で長文を書く機会を与えるべきだ。

 

 パソコンにつながったキーボードによって、記者は豊饒な世界を奏でることができるはずだ。それはメロトロンであり、ハモンドオルガンであり、ムーグシンセサイザーであり、フェンダーローズピアノであり、グランドピアノであるかもしれない。複雑な構造のシンフォニーをドライブ感をもって疾走するように描く。それが、私が『メルトダウン』で意図したことのひとつだった。

 

 キーボードはメモを打つためにあるのではないのだ。