メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

ユーロという不幸は、どこから来たのか?

吉松崇 経済金融アナリスト

ユーロ誕生の不思議

 2009年末に始まったギリシャの財政危機は、瞬く間に、多くの南欧諸国に飛び火して、スペインやイタリアという大国を巻き込む通貨危機となった。

 しかし、このような事態に陥ることは、ユーロという共通通貨の性質を理解すれば十分に予測可能であった、と言えよう。

 ユーロというのは、要するに、固定相場制度である。固定相場制度は、参加国間の経常収支の不均衡を、為替の変動を通じて調整することが出来ないので、そもそも脆弱である。歴史を振り返れば、金本位制もブレトン・ウッズ体制も、これが原因で崩壊している。ユーロ圏では、南欧と北欧の労働生産性の格差が大きいので、為替レートを固定すれば、経常収支の不均衡が問題となる蓋然性が高いことも、容易に想定出来たはずだ。

 つまり、不可解なのは、ユーロが危機に陥ったことではなく、何故、簡単に危機に陥るような制度を、欧州諸国がこぞって導入したのか、という点である。しかも、欧州ではユーロ導入の僅か7年前の1992年、ユーロの前身であるEMS(欧州通貨制度)が危機に陥り、イギリスとイタリアがEMSから離脱している。EMSは、参加国間の通貨の為替レートを一定の範囲に固定する制度であるが、イギリスとイタリアは、この年、ファンダメンタルズの悪化から、為替レートを維持することに耐えられず、金融を緩和して、通貨の切り下げをおこなった。

 このような前例があるにもかかわらず、1999年、ユーロが導入された。 EMSが、「柔らかい」固定相場制だとすると、ユーロは「固い」固定相場制である。EMSでは、危機に陥った国は、面子の問題を横に置けば、通貨自体が変わらないので、比較的容易にこの制度から離脱することが可能であった。

 一方、ユーロからの離脱は、極めてハードルが高い。新たな通貨の導入にコストがかかるのは勿論だが、これだけではない。様々な契約がユーロ建てでなされているので、こうした契約の法解釈を巡って訴訟が山積みとなり、大混乱が必至である。ユーロが「固い」というのは、こういう意味である。

 こういう訳で、私には、何故、欧州諸国がユーロ導入に雪崩を打ったのか、理解できなかったのだが、ようやく納得のいく説明に出会った。それは、イタリア人エコノミストで、シカゴ大学のルイジ・ジンガレス教授のブログである(9月24日)。

(“Democracy’s Burning Ships” by Luigi Zingales, Project Syndicate, September 24, 2012)

http://www.project-syndicate.org/commentary/democracy-s-burning-ships-by-luigi-zingales

ユーロ導入というコミットメント

 ジンガレス教授が、ユーロ導入のアナロジーとして指摘するのは、16世紀のスペイン人、エルナン・コルテスが、600人の手勢を率いてアステカ征服のためメキシコに上陸した際に、自分達を運んだ船を焼き払った、という逸話である。つまり「戦いに勝つためには、退路を断つコミットメントが不可欠」、という訳だ。確かに、「固い」ユーロの導入は、退路を断つに等しいといえよう。

 それでは、ユーロ導入は、誰の、誰に対する戦いなのか? 南欧諸国は長い間、財政赤字とインフレーションに悩まされてきた。この悪循環を断ち切るためには、自国にドイツ型の財政規律とインフレを断固拒否する中央銀行が必要である、と考える南欧の知的エリート(つまり、官僚とその周辺のエコノミストや法律家である)が現れても不思議ではない。

 こうした知的エリートからすれば、これは、バラマキ政治家が大衆に迎合したポピュリズムとの戦いである。そして、彼らがこの戦いに勝つポイントは、重要な政策決定を、「政治から独立」させること、つまり、マーストリヒト条約の財政規律と欧州中央銀行という足枷を外から嵌めて、「退路を断つ」ことである。

 船を焼き払ったのは、コルテスの専制的な決断だが、彼の部下たちは、間違いなく、その意図を正しく理解しただろう。一方、ユーロの導入は、それぞれの国で、条約を批准する為の民主的な手続きが取られている。それでは、ユーロ導入という政策は、南欧の人々に正しく説明されたのだろうか? ユーロを導入すれば、差し当たり、金利の低下という目先の大きな利益が確実に手に入る。このことは、当然、強調されただろう。しかし、ユーロ導入を承認した南欧諸国の国民が、その時点で、船を焼き払った(退路を断った)ことに自覚的だったとは、とても思えない。

「政治からの独立」という政策思想の起源

 ジンガレス教授は、「1970年代に、経済学がゲームの理論を取り込むようになって、エコノミストが、経済政策の有効性を確保するための『政策へのコミットメント』、を強調するようになったのが、『政治からの独立』という政策思想の起源である」という。

 この政策思想が実践されたのが、中央銀行の「政治からの独立」である。この政策論議の核心は、「政治家が中央銀行に介入すると、集票のために一時的に失業率を引き下げようとして、インフレ率を永久に高めてしまい、非効率な資源配分に陥る」というものだ。世界中がインフレに悩んだ1970~80年代に、この議論が説得力を持って迎えられ、多くの国で、中央銀行の「政治からの独立」が達成された。そして、これが、この時代のインフレ率の低下に貢献したことは、殆どのエコノミストが認めるところだろう。この成功がユーロ導入のプロローグであった、というのが、ジンガレス教授の見立てだ。

 この時代のトラック・レコードで、中央銀行の「政治からの独立」が、お墨付きを得たのは確かである。しかし、だからといって、「独立した中央銀行」が常に適切な政策を採る保証はない。日銀は、日銀法改正の以前も以後も、そのトラック・レコードが優れているとは、到底言えない。欧州中央銀行は、2011年5月、トリシェ前総裁の下で利上げを行い、ユーロ危機の火に油を注いだ。

 そして、ユーロの導入が致命的な失敗であったことは、明白である。政治家も、当然間違えるが、「政治から独立した」官僚に無謬性を期待するのも、そもそも間違いである。それでも、「政治からの独立」は、官僚にとって、都合の良いものに違いない。

ユーロが欧州を分断する

 皮肉なことに、ユーロ圏で国が危機に陥ると、そこで活躍するのは、圧倒的なネットワークを持つ官僚政治家である。イタリアのマリオ・モンティー首相は、欧州委員会の元委員であり、ギリシャのパパデモス前首相は、欧州中央銀行の元副総裁である。欧州のエリートは、数ヶ国語を使いこなし、アメリカやイギリスの大学院で学位をとり、IMFやEU、或いは欧州中央銀行のような国際機関で勤務した経験を共有しており、連帯意識が強い。危機において、きっと、このネットワークが生きるのだろう。

 しかし、こうしたインナー・サークルの人たちが、嘗て、ユーロの導入を主導したのではなかったか。にもかかわらず、誰一人その責任を(或いは、前任者の責任を)認めた訳ではない。ジンガレス教授は、「このアカウンタビリティーの欠如こそが、人々のEUへの不信を増幅している」と厳しく批判する。

 6月のギリシャの選挙では、右と左の社会主義政党が躍進した。失業率が25%では、資本主義、自由主義は分が悪い。当然の結果であると言わざるを得ない。パパデモス氏は辞任を余儀なくされた。イタリアのモンティ首相は、そもそも選挙の洗礼を受けていない。半年後には、イタリアでも総選挙が実施される。インナー・サークルに反感を抱く政治家は、EUを悪者に仕立て上げ、ナショナリズムに訴えるだろう。そしてドイツでは、ブンデス・バンク(ドイツ中央銀行)のウェイドマン総裁がECBに反旗を翻している。

 ユーロは、当初の目論見とは正反対に、ヨーロッパ分断の象徴となっている。

・・・続きを読む

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

吉松崇の新着記事

もっと見る