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高い美意識の人、大平和登氏

茂木崇 ニューヨーク・メディア文化研究者

 ブロードウェイと日本の架け橋となり、演劇の発展に大いに貢献した大平和登氏が亡くなった。享年79歳。

 私は十数年にわたって大平氏に教えを受けてきた。大平氏の知性と美意識について、ささやかながら記してみたい。

 大平氏は東宝の第1回海外派遣要員の一人として1961年にロサンゼルスに赴任し、ついで1963年にニューヨーク勤務となった。その後、国内勤務の時期と晩年をのぞいてニューヨークに在住し、ビジネスと批評の両面でブロードウェイと日本の演劇界の交流に身をくだいた。大平氏の著作や記事を通じ、ブロードウェイとはいかなる営みで、またどんな作品が人気を博しているかを学んできた人は数多い。

 私もその一人である。変化の激しいニューヨークのメディアを、日本にいて書籍から得られる情報だけで研究するのは無理があると考え、私は1998年から東京とニューヨークを行ったり来たりするようになった。やがて、もともとMGMのミュージカル映画が大好きだったこともあってブロードウェイにはまり、ブロードウェイについても研究しようと思い立って大平氏の門を叩いた。

 大平氏といえばブロードウェイだが、氏は早稲田大学仏文科で学び、文芸評論家の河上徹太郎に師事した。『河上徹太郎全集』(全8巻、勁草書房)の解題も執筆している。ヨーロッパの知的伝統を深く学び、その知性を下敷きとして、ヨーロッパからすると出島たるニューヨークのブロードウェイ演劇を論じた。それゆえ、大平氏の演劇評論は知的なすごみがある。

 また、俳句をたしなまれ、『旅 短かければ』(角川書店)と『花園』(石川千恵氏との共著、朝日新聞社)の2冊の句集も残している。残念ながら大平氏の著作は現在は全て絶版となっているが、アマゾンを見ると古本が手に入るのは救いである。

 氏の著作のうち、『ブロードウェイの魅力』(丸善)は系統だって書かれたブロードウェイの入門書で、ブロードウェイというインスティトゥーションを縦横に解き明かしている。私は特に第7章「劇評家とプロデューサー」から強い影響を受けた。

 ブロードウェイでは、初日翌日に「ニューヨークタイムズ」が掲載する劇評が興行の成否に大きな影響を及ぼす。関係者一同が手塩にかけて育ててきた作品を、批評がヒットに導きもするし、クローズにも導く。日本では考えられないことである。なにゆえに、こうした関係が成立しているのか。

 大平氏は、氏しか知りえないエピソードをふんだんに披露した上で、こう述べる。

 「批評は勝手な個人の物言いではない。代表的な良識人の意見であり、社会や観客を代表する集約的な感性を基礎にした専門家の判断であり、芸術家が腐心して完成した作品と同様に、一つの観劇体験の作品化である。

  そこで、

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