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日本の中道・リベラル派が衰退するのは何故か?―マクロ経済政策を理解せず、歴史に学ばない人々―

吉松崇 経済金融アナリスト

 昨年末の総選挙の折、テレビで党首討論会を見ていると、自民党・安倍総裁の「インフレ・ターゲティング」と大胆な金融緩和の主張に対して、賛意を表明したのは、みんなの党の渡辺善美氏と新党改革の舛添要一氏、つまり、保守系の党首だけであった。野田首相(当時)は、「輪転機でお札を刷れば、経済が上手く行く、というのは乱暴な議論だ」と述べ、また、福島・社民党党首も野田首相と同じような見解を述べていた。

 つまり、総選挙の時点では、金融緩和積極派が保守系政党であり、消極派が中道・リベラル系の政党であった、ということである。これは実に奇妙な現象である。本来なら、資産家ではなく労働者や一般市民の利害を代弁する筈の中道・リベラル系の政党が、昨年の春以降、足下の景気が大きく落ち込む中で、強力な金融緩和を主張しても良さそうなものだが、そうはなっていない。

 これは、例えばアメリカの政治状況とは、正反対である。2008年の金融危機以降、バーナンキ議長が率いるFRBの大胆な金融緩和政策に対して、それでも「金融緩和が全く足りない」と、激しく批判して来たのは、リベラル派の代表的論客であるポール・クルッグマン・プリンストン大学教授である。一方、FRB の金融緩和政策が、「将来インフレをもたらす」と非難したのが、共和党の大統領候補、ミット・ロムニー氏であった。イギリスやユーロ圏でも、同じような構図であり、大抵の場合、積極的な金融緩和を求めて、緊縮財政の行き過ぎを非難するのが、リベラル派である。日本では、これとは全く逆に、民主党が金融緩和に消極的で、消費税増税を推進した。この「ねじれ」はどこから来るのだろうか?

民主党の経済政策を規定したもの

 4年前の政権交代で成立した鳩山内閣で、最初の財務大臣に就任した藤井裕久氏が、就任後にテレビのインタビューで、「円高の是正を求める声がありますが?」という質問に対し、「円安政策は、通貨の切り下げ競争を招きます。これは近隣窮乏化政策で、そんなことをしたら、大恐慌のときと同じで、世界が大混乱になります」と答えていたのを、私は今でもはっきりと覚えている。何故、覚えているかといえば、この藤井氏の見解が、私の大恐慌についての理解と、全く正反対だったからである。

 藤井氏といえば、財務省出身のベテラン政治家で、民主党のなかでは経済・財政通として知られている。そういう人が、円高論者であれば、この政権が金融緩和を指向することはない、したがって、本格的な景気回復はあり得ない、というのが、当時の私の判断であった。そして、藤井氏の後を継いで、財務大臣となった菅氏と野田氏が、その後首相を歴任したが、経済政策の枠組みが大きく変わることはなかった。

 このように書くと、「しかし、藤井氏のいうとおり、為替切り下げ競争という『近隣窮乏化政策』が、大恐慌をもたらしたのではないか?」と思われる方も多いだろう。確かに、大恐慌の歴史記述では、1930年に米国で成立したスムート・ホーレー関税法を引き金とする報復関税の連鎖と金本位制離脱後の為替切り下げ競争が、世界貿易の収縮と一国の恐慌を世界に拡散させた、というのが、長い間、通説であった。

為替切り下げ競争で「近隣窮乏化」は起らない

 しかし、関税の引上げ競争が、世界経済をブロック化したのは事実であるが、為替切り下げ競争が、混乱をもたらした、というのは全く史実に反する。むしろ逆であって、為替の切り下げ、つまり金融緩和が、世界を大恐慌から救った、という歴史解釈が、1980年代から盛んになった経済学者による大恐慌の研究がもたらした成果である。現FRB議長のベン・バーナンキ氏こそ、この分野の第一人者である。藤井氏の言説、つまり、多くの人の記憶に残っている過去の教科書の記述は、今となっては全くの謬説である、といって過言ではない。

 2国間の為替レートとは、二つの通貨の相対価格であって、ひとつしかない。したがって、良く考えれば、「為替の切り下げ競争」というのは、そもそも、原理的に不可能である。例えば、A国が金融緩和により、自国通貨を切り下げようとしても、B国が対抗して、同じように金融緩和を行えば、為替レートは元に戻ってしまう。2008年からの米国の大胆な金融緩和で、大きく円高に振れた円の対ドルレートが、日本のこれからの金融緩和を見越して、今、円安に振れているのが、まさにこの現象である。

 それでは、これで何か問題が生じるであろうか?円安になれば、

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