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[2]ノンフィクション作家・角幡唯介との対話(上)

大鹿靖明 朝日新聞経済部記者

 戦後最悪の災害と人類史上に残る惨事がひきおこされたというのに、そのことがわずか2年で忘れ去られようとしている。東京のキー局を中心に多くの記者やカメラマンが東北の被災地に殺到していたが、それもほんの一瞬のことにすぎかった。放送を終え、新聞が配達された「3・11」の後には彼ら彼女らの多くは宿を引き払い、潮を引いたようにいなくなった。あれだけの出来事が、まるで歳時記の取材のように処理されている。

 

 もう過去のニュースは要らないのだ。新しい刺激がほしいのだ。メディアの世界はいつもそうだ。政権が代わって相次いで打ち上げられる新しい政策、アルジェリアの人質殺害事件、エジプトの観光用気球の墜落……。新しい素材には事欠かない。それが通り一遍の方法で調理され、定型化された記事に仕立て上げられると、インターネットやスマートフォンを通じて瞬時に消費されてゆく。ニュースはまるでコモディティだった。

 

 深みのある分析や誰も知らない真相への肉薄とは、遠くかけ離れたニュースのコモディティ。多くのメディア企業でいま進んでいるのは、そうした事態である。

 

 かすかな光明は、そうした劣化とは無縁な一群のジャーナリスト、ノンフィクション作家らの存在である。絶滅危惧種と呼べるかもしれないそうした希少な人士との対話を通じて、いまのジャーナリズムの奈辺に問題があり、衰退する新聞・出版ジャーナリズムやノンフィクションに再興の可能性はあるのか、そんなことを考えたい。

 

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 差し出された名刺には「ノンフィクション作家・探検家」とあった。角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)。36歳。探検家を名乗る人は日本で数人しかいないといい、私もそんな肩書の持ち主と出会うのは初めてのことだった。

 

 胸板が厚い。上着を羽織ったままでも、鍛えた上体がわかる。「アイスクライミングしていますから。それに北極で橇を引いていましたので」。そう、彼は103日間かけて極地の1600キロを徒歩で走破した探検家なのだ。取材による知識・情報だけでなく、自らの探検という生の体験をもとに立体的に構成した彼のノンフィクションは、どれも甲乙つけがたい傑作ぞろいだ。

 

 本格的なデビュー作となった『空白の5マイル』(2010年、集英社)は大宅壮一ノンフィクション賞、開高健ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞し、2作目の『雪男は向こうからやって来た』(2011年、集英社)も新田次郎文学賞を受賞した。3作目の『アグルーカの行方』(2012年、集英社)は前2作よりもさらに技巧が一段と高まったノンフィクションである。一回目に登場いただくのは、斯界に彗星のように現れた角幡唯介氏、実は彼、朝日新聞社に5年間勤務した元新聞記者でもある。

 

 ――角幡さんの作品はすべて読みました。『空白の5マイル』以降の3部作はいずれも素晴らしい。いまの日本のノンフィクション界では疑いなくトップ水準でしょう。やや沈滞気味のこの世界に久々にあらわれた新星といった感があります。3冊を読み比べると、作品を重ねるごとに、磨きがかかっていることがうかがえます。テーマ設定の素晴らしさに加え、文章と構成力の洗練の度合いが増しているように思います。

 

 さらに装丁のデザインや紙の質といった面も含めて、パッケージソフトとしての出来が非常にいいですね。私は音楽愛好家なのですが、昔のピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンは、レコード盤に収められたサウンドが素晴らしかったことは言うまでもなく、ジャケットデザインまで含めてトータルなアートとしても秀逸でした。角幡さんの本には同じような肌触りを感じます。

 

 朝日新聞社の歴史の中で、これだけのクォリティーの長編ノンフィクションを書き下ろせるのは、私見ですが、本多勝一さん、船橋洋一さんとあなただけしかいません。すなわち朝日に20~30年に一人出るか出ないかという逸材だったと思います。

 

 角幡 そんなに言われると、お尻の穴がかゆくなってきます。装丁は鈴木成一さんという日本一の装丁家にやってもらいました。

拡大角幡唯介氏

 ――なぜ朝日新聞社に入ったんですか? 朝日入社までの経緯を聞かせてください。

 

 角幡 北海道芦別市に生まれて、実家は地方の名家でスーパーマーケットを経営していたんです。僕は4人きょうだいの長男だったので、いずれ家業を継がないといけないと言われていました。早稲田大学に1995年に入学して探検部に入ったのがきっかけになって、登山や探検をするようになったのですが、1997年の北海道拓殖銀行の破綻に伴って実家のスーパーが地場の大手のスーパーに吸収されることになったんですね。それで家業から解放されて自由になって。結局就職活動もせずに大学に6年間もいたんです。2001年に卒業したのですが、はなから探検家になるつもりだったので就職する気はまったくなく、土木作業でお金を稼いでは外国で登山や探検をしていたんです。そんな状態が2年間続きました。

 

 そうした生活がずっと続くかなと思っていたのですが、実は当時付き合っていた彼女が突然共同通信社に入社して僕のもとを去って行き、 ・・・続きを読む
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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者

1965年、東京生まれ。早稲田大卒。88年、朝日新聞社入社。アエラ編集部などを経て現在、経済部記者。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(2012年、講談社、13年に文庫化)を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(06年、朝日新聞社、10年に文庫化)、『ヒルズ黙示録・最終章』(06年、朝日新書)、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』(10年、朝日新聞出版)がある。近著は、編著者としてかかわった『ジャーナリズムの現場から』(14年、講談社現代新書)。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。

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