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[8]東京新聞論説副主幹・長谷川幸洋との対話(上)

大鹿靖明

 いま最も注目を集めているジャーナリストの1人が、東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹だろう。いわゆる経済部出身でありながら、『官僚との死闘七〇〇日』(講談社)や『官邸敗北』(同)では凡百の政治部記者を凌駕する精密な政権インサイドストーリーによって、政権を転覆させる霞が関の官僚機構のあざとさを詳述し、さらには、山本七平賞を受賞した『日本国の正体』(同)や『政府はこうして国民を騙す』(同)では、批判の刃を自分たちジャーナリズムの足元に向けさえするようになった。

 長谷川氏に今回のインタビューを申し込むと、開口一番「私は日本を悪くしたものの一つはジャーナリズムだと思っています」と早口で言った。同憂の士のようだった。なお日本を悪くした残る二つは官僚と政治家という。

 

 インタビューにはWEBRONZAの矢田義一編集長も同席した。

 

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 ――お電話を差し上げたら、長谷川さんが真っ先に「日本を悪くしたものの一つはジャーナリズム」と言われましたが、そう思うに至った経緯は、いったいどういうことでしょか。

拡大東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹

 長谷川 私は常々、メディアの自立、ジャーナリズムの自立、ジャーナリストの自立が大事だと思っているのです。我々は政治家ではないし、官僚でもなく、裁判官でもなく刑事でもなく、我々はジャーナリストなんだ、と。ジャーナリストなんだから何を語ってもいいのだ、と。それこそが生命線と思っています。

 

 逆に言うと、この国ではメディアの自立やジャーナリストの自立が徹底していないんじゃないかと思っていて、メディアやジャーナリストが自立していないから言論空間が自由にならないし活性化もしない。それをこの数年間、非常に痛感しています。

 

 きょう4月26日にアップした「現代ビジネス」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35630)で、三つ例を挙げたのですが、ひとつはTPPの問題です。私はTPPには貿易自由化・通商交渉という側面と外交・安全保障という二つの要素があると思う。安倍政権も、まさにこの二つの側面からTPPのメリット、デメリットを考えているのです。

 

 朝日新聞が4月13日の紙面で関係閣僚会合における安倍首相の発言を引用していますが、首相がそこで言ったのは、ひとつは貿易自由化で、もうひとつは、法の支配や自由と民主主義、さらに私はそこに市場経済も加えたいと思いますが、そういう共通の価値観や理念を体現しているのがTPPである、と。

 

 外交・防衛・安全保障でも大きな意義があると政権のトップである安倍首相が言っているのに、それを書いたのは朝日新聞が発言要旨として紹介したのと、あと東京新聞がちらっと書いただけで、ほかの大きな新聞は軒並み貿易自由化という側面からだけしか書いていない。自動車の関税で米国に譲歩したとか、そんな話ばかりです。政権自身が外交・防衛・安保で大きな意義があると言っているのに、メディアはそこをしっかり書こうとしない。

 

 なぜ書かないか。ここが核心なのですが、実はそこのところを書くのを新聞がビビっている、ないしは無意識のうちに避けているのだ、と私は思う。アメリカとの同盟関係が重要だからTPPが重要だということを新聞が自分の言葉で書くと、右からも左からも批判が来るので貿易自由化とか通商交渉のところだけを書いている。

 

 ――そうでしょうか? 単に気が付いていないのでは? TPP交渉の取材の主導権は経済部の経産省記者クラブに属する記者であることが多いから、外交や防衛・安保は畑違いです。それは政治部の記者たちの担当分野なので、だからそこはわからないから触れないということではないですかね。

 

 長谷川 私は気が付いている記者もいると思う。でも、もし気が付いていないとすると、それは縦割り組織のタコ壺取材体制の在り方の問題ですね。タコ壺的な記者クラブ制度の弊害でもあるけれど、そのことに気が付かない、あるいは政治部の仕事だからやらないよ、というのであるとすると、それはまさにメディアの責任です。そういう取材体制を敷いている新聞社の側に問題がある。メディアがTPPの全体像をしっかり伝えていない、それによって人々の理解を歪めている、と思います。

 

 一方で、日本の経済構造を改革するときに外圧を使うのは、とても有効な手段でもあります。欧州連合(EU)がそうです。ブリュッセル特派員をしていたときによくEUの人に言われましたが、EUの各国で既得権益を享受している人を説得するときには、「ここは妥協してでも話をまとめないと、私たちはEUの傘を出なければならなくなる」と言って説得するそうです。国内ではやりにくい改革を進めるのに外圧を使う、というのは、実はごく当たり前のことで、TPPという外圧を使って国内の農業や医療・介護、その他の改革を進めるというのは、政治の技術としてまったく普通の妥当なことなのです。

 

 しかし、政府がそれを言えるかといえば、口が裂けても言えない。「アメリカの力を使って改革する」なんてことは、政府はとても口が裂けても言えない。でも本音では、そういう風に考えている。私は政権の最高幹部とも意見交換していますが、政府のトップから下に至るまで本音はそう思っているのです。これは本当です。

 

 政府が正面切って言えないときに、どうやって本当の議論を起こすのか? 私はそこにメディアの役割があると思います。TPPという外圧を使って改革する、それは結局のところ、 ・・・続きを読む
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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者

1965年、東京生まれ。早稲田大卒。88年、朝日新聞社入社。アエラ編集部などを経て現在、経済部記者。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』(2012年、講談社、13年に文庫化)を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(06年、朝日新聞社、10年に文庫化)、『ヒルズ黙示録・最終章』(06年、朝日新書)、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』(10年、朝日新聞出版)がある。近著は、編著者としてかかわった『ジャーナリズムの現場から』(14年、講談社現代新書)。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。

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