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 下村博文文部科学相は5月1日、米ワシントンでの講演で「海外に行く学生には全額国がお金を出して、そのことによって積極的に秋入学をする大学をバックアップしようと考えている」と述べた。給付額は「1人あたり30万円程度あれば数カ月の短期留学は可能だと思う」と報じられている。
http://www.asahi.com/edu/articles/TKY201305020047.html

 「ワシントンへのお土産なのか」、「大型連休用の記事か」と、安直に批判に晒されやすい発言というか、報道だった。

 下村大臣は9歳の時、父親を交通事故で亡くされ、あしなが育英会(前交通遺児育英会)の第1期奨学金の対象者である。大学生時代から家庭教師や学習塾経営をてがけてきた。しかも長男が学習障害で日本の教育にはなじめず、英国留学している。

 今回は合計3回に分けて、留学やグローバル人材の考察を費用対効果などから書き始め、最後の(下)では、大学、公務員などの選考方法の改革への提言につなげたい。1980年代後半から企業の国際戦略にかかわってきたが、グローバル人材や若者の内向き論は、日本企業の敗戦のツケを次世代の若者に押し付けるようなものであってはならない。そうした努力を怠ると、せっかく留学生を受け入れ、日本人を海外へ派遣しても、若者は内向きではなく、本当に偏狭なナショナリストに育ち、日本企業にもブーメランのように跳ね返ってくる危険性がある。

下村大臣は円安や米国のコストをご存じない?

 まずコストについて考える。円相場は過去一年間、1ドル=70円台から100円台に円安が進行中である。1人あたり30万円であれば、数週間程度の海外体験旅行は可能になる。とても数カ月の滞在費用ではない。授業料・大学内などの宿泊費に限定した金額に近い。航空運賃、現地の生活費、教材費なども含めると、数週間でも最低でも50万円以上を覚悟しなければならない。

 東京大学留学・国際交流ガイドブック2013によると、授業料・宿泊費に限定して、私立のイェール大学サマープログラム7500~8500ドル(75万円~85万円)で、公立のカリフォルニア大学サンディエゴ校将来グローバルリーダープログラムは12日間で32万円となっている。
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/administration/go-global/pdf/goglobal2013.pdf

 かりに短期であっても、それが将来の正規留学や企業人としてのグローバル志向を養う効果は否定しない。筆者も親が確か100万円超の資金(往復の航空券、米国内の交通費、お小遣いなどを含む)を負担して、同志社大学が提供する6週間の姉妹校米アーモスト大学(創設者新島襄の母校)サマープログラムと米国旅行(ボストン、ワシントン、ニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコ)に参加したのが初めての海外滞在だった。

 1983年夏の為替水準を確認すると、1ドル=240円台で推移していた。当時としてはそれでも希少な海外体験のプログラムのひとつだった。確か2倍ほどの倍率で選ばれた30名程度の参加者が卒業後、総合商社、外資系金融機関、ジャーナリスト、大学教員、英語教員、宇宙テーション開発の研究者、客室乗務員などとして、当時で言えば、国際派就職を選択している。現代ならグローバル人材を供給したことになる。筆者も米国プグラム参加後30年にわたり、欧州、アジア、中東滞在を続けている。

奨学金は東大秋入学のサポートか

 次に対象者を誰とするのか。帰国後の会見を読むと、「大学に入学する若者に対し、ギャップタームにおいて、短期でもいいので海外に留学してほしいという考え方から、学生に対する給付型奨学金の導入について発言をしました。奨学金制度の詳細について今、省内で既に最中でございますけれども、今後このギャップタームで海外留学を希望する学生には、全員給付したいというふうに考え、それを支援していきたい」などとある。

 東京大学など秋入学で、高校を3月に卒業した後、秋入学の大学まで半年間の空白期間、いわゆるギャップタームを想定している。対象となる大学や学生を限定すれば、多額の予算措置にならないという論理立てである。使い方によっては、大学教員の強い抵抗に遭いかねない秋入学導入のインセンティブとなりうる。国立大学教員の抵抗は新カリキュラムを採用しても、旧カリキュラムの学生の卒業まで新旧両方の科目を担当する義務から逃れられない。また入試や在学生の評価の頻度が増え、独立法人化で予算や教職員数が減少するなか、負担に見合った効果があるのかと反対が起きやすい。なお、下村大臣は訪米時に、日米双方で留学生を倍増する構想も語られている。

 東京大学の入学者数は約3000人である。仮に全員に30万円を補助するとしたら、9億円になる。大学入学者総数が約60万人のため、他大学含めて6000人を想定すると、1%程度の選ばれたものが対象となる。これで総額18億円だから、なるほど全員給付型も夢物語ではない。2011年度で、短期も含めた日本人の米国留学が約2万人(図1)で、それと同等の規模を補助するならば、60億円と大学への予算配分としては大型になる。ただ予算配分を入れ替えることで捻出不可能な規模では決してない。

グローバル人材の統計を点検

 世界市場に腐心する大企業が求めるグローバル人材確保の第一線では、バイリンガルの帰国子女、インターナショナルスクール、そして留学生を供給源として考えてきた。留学生の離職率や忠誠心が日本人と大差がないことに気づき始めた企業は、さらに海外で外国人採用に進んでいる。

 海外の小中学在留者は2012年度で合計約6.7万人、一学年の単純平均が約7400人となる(図1)。世界金融危機による駐在員削減の影響がみられる。ただ長期間で見ると、2001年度で約5万人のため、減少ではなくむしろ増加傾向を示している。駐在員らの子女が帰国して、わざわざ短期・長期の留学を選ぶモチベーションは低い。若者世代の人口減少、国内大学院の増加などを加味すると、留学生の減少はかなり説明できる。日本人留学の減少で顕著なのは、米国留学の落ち込みである。これも同時多発テロなど米国の治安への不安、そしてグローバル人材を求める企業が派遣留学を削減していることなどを考えると、説明できる。

拡大

 あくまで東京大学など日本の研究型大学の国際競争力向上という目標が前提になり、オプションとしてグローバル人材が位置づけられるなら、そう目くじらを立てる話ではないのかもしれない。ただし企業派遣縮小や海外の小中学在留者など帰国子女が一定水準いることに触れずに、米国を中心に日本人の留学生が減少していることから、若者が内向きと論じるのは説得力に欠ける論旨である。簡単に言うと、若者内向き論はウソ!となる。

 若者内向き論がウソならば、短期間の修学旅行のような海外研修の奨学金は国費の無駄遣いである。家計収入が低下し、教育費が膨らむなか、多くの学生が「奨学金」(独立行政法人学生支援機構=旧日本育英会)という名の教育ローンに依存している現状に、早く予算を配分すべきだろう。留学生向きには給付型奨学金はある。しかし日本人向けの多くは有利子の奨学金である。財政資金に依存しなくても、安倍首相や下村大臣は、経済界や国民各層に協力を要請すべきだ。幸い円安で企業の最終利益も拡大している。


筆者

小原篤次

小原篤次(おはら・あつじ) 大学教員(国際経済、経済政策、金融)

長崎県立大学国際情報学部准教授。1961年、大阪府堺市生まれ。同志社大学法学部卒、国立フィリピン大学修士。朝日新聞社、チェースマンハッタン銀行(現JPモルガン・チェース)、みずほセキュリティーズアジア初代株式調査部長、みずほ証券リサーチ&コンサルティング投資調査部副部長を経て現職。【2015年12月WEBRONZA退任】

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