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日産自、人材流出が止まらぬゴーン経営の今後

中西孝樹 ナカニシ自動車産業リサーチ代表

 日産自動車の副社長で、将来の日産社長の有力候補と見られてきたアンディ・パーマー氏が9月初め、突然退職するというニュースが自動車業界を駆け巡りました。彼は、母国である英国の高級ブランドのアストン・マーチンの経営最高責任者(CEO)へ転身したのです。

日産自動車のカルロス・ゴーンCEO=2014年3月31日、横浜市西区の日産自動車グローバル本社、上田潤撮影日産自動車のカルロス・ゴーンCEO=2014年3月31日、横浜市西区の日産自動車グローバル本社、上田潤撮影

 同社では有力ナンバー2で、経営トップとしての後継候補が相次いでCEOであるゴーン氏の元を去っています。なぜなのか。人材流出が止まらぬ騒がしさの原因はどこにあり、日産の先行きにとって何を意味するのか、考えてみます。

 思えば、昨年のルノーのナンバー2のカルロス・タバレス氏の電撃的な転職に始まり、今年に入ってはイニフィニティのトップにあったヨハン・ダネイスンが僅か2年で退職しキャディラックのトップへ移籍したニュースの直後だけに、相次ぐ人材流出の報に多くの業界関係者が首を傾げたのです。

 パーマー氏の突然の退社に多くの日産社員は動揺を隠せません。同氏の日産への入社は95年と、99年にゴーン体制へ移行する以前からの日産の生え抜き的な人材であり、長きにわたって苦楽を共にした人物でした。

 彼は非常に明るい性格で、ウィットに富んだリーダーであり、多くの社員が尊敬する人物であったのです。視界不良に陥った中期経営計画「日産パワー88」の再建を託され、インフィニティの責任者でもあったパーマー氏を失う衝撃は小さくはないでしょう。

 日産に劣らず、ゴーン氏がCEOを兼務する仏ルノー社のナンバー2も、実は、定着していません。ルノー社の最高執行責任者(COO)にあったカルロス・タバレス氏が突如ルノーを追われたのも昨年の出来事でした。

 タバレス氏は「ナンバーワンになりたい」と公言してはばからず、ゴーン氏の逆鱗に触れて解任に至ったのですが、結果として、ライバルのプジョー社のCEOへ転身を実現させました。日本と同様、フランスでも競合企業間の人材獲得には暗黙の規制ルールがあるはずです。最初は、タバレス氏の自爆に見えたのですが、実は、したたかにナンバーワンへ登りつめる戦略があったのではないかと思わせる出来事でした。

 タバレス氏が退職した後、ゴーン氏はルノーのCOO職を取りやめ、「チーフ・コンペティティブ・オフィサー(CCO)」と、「チーフ・パフォーマンス・オフィサー(CPO)」に分割しています。ナンバー2を置かずに、自分自身のワントップ体制を強化したのです。

 前任COOとしてゴーン氏の右腕にあったパトリック・ペラタ氏は2011年に産業スパイ事件の責任を取る形で辞任に追い込まれています。日産の電気自動車に関わる企業機密がルノー社から漏えいした出来事です。

 犯人と目され解雇されるにいたった3人の幹部は完全な濡れ衣で、その責任を取る形でナンバー2が退社に追い込まれた「奇奇怪怪」とした事件でしたが、結果としてゴーンCEOの責任論は回避されています。

 日産の人事も揺れ動いています。2013年には、2年連続の業績下方修正の責任を取る形で、COOにあった志賀氏(現副会長)とチーフ・パフォーマンス・オフィサーのコリン・ダッジ氏の引責的な人事変更を引き起しました。今年3月には山下光彦氏、今津英敏氏らゴーン体制を長年支えてきた副社長陣を相次ぎ退任させ、大がかりな人心の刷新を断行し再建へ舵を切ったのです。

 この体制変更の中で、ゴーンCEOは日産の米州、欧州・中東、アジアの3極体制を細分化し、6極体制へ組織変更を実施しました。同時に、ナンバー2と目されるCOO職を廃止し、機能を3分割し、西川広人、トレバー・マンと今回辞任したアンディ・パーマーの3人へ権限を分散させています。

 ゴーンCEOへのレポートのルートは6(地域)×3(COO)へと細分化され、情報量を増やし、より強い経営のグリップを狙っていると言えます。悪く言えば、ワントップが顕著となり、細部に渡るマイクロ・マネージメントを可能とする体制に移行したかに見えてしまいます。

 これほどまでにワントップの強力なリーダーシップを敷く背景には、ルノー再建と日産の高い経営目標を同時に実現する責務に追われるゴーン氏の立場があります。

 その実現のため、2016年度に43億ユーロ(5,900億円)にのぼると試算される、ルノー・日産のアライアンス・シナジー(相乗効果)を是が非でも生み出さなければならないという、厳しい台所事情があるのです。

 実は、今年4月に日産ルノー連合はアライアンス15年目にして大変な組織変更に踏み込んでいるのです。研究・開発、生産技術・物流、購買、人事の4機能を両社で統合し、意思決定を一本化し、会社組織は別々でもあたかも一つの会社として運営する形になりました。

 しかし、巨大な自動車会社の合併が上手くいかないことは歴史が示しています。主導権争いに明け暮れ、細部に渡り摺り合わせが求められる自動車という工業製品には巨大組織は向かないことがその背景にあります。ゴーン氏はあえてこの難関へ挑戦しているのです。そこには、シナジー効果を徹底的に引出し、真の競争力を持った組織に発展させようとする強い執念が込められています。

 ゴーン氏の経営力は、かつてなく強く求められていきます。彼以外に、この様な困難な任務を果たせるような人物は見当たりません。

 結果として、彼のトップダウン経営は一層強まり、CEOとしての任期もまた長期化が避けられないわけです。かつては、2014年頃にはゴーン氏の経営体制に一区切りがあるのではないかと考えられていましたが、ゴーン氏の任期はますます延長され、恐らく、当面大きな変化は無さそうです。

 ゴーン氏のトップダウン経営が強く求められるほど、一方で優秀な側近の流出がもたらされるのは皮肉な展開です。タバレス氏もパーマー氏も、ナンバー2よりもトップに上りつめたいわけで、彼らの実力が高ければその思いはより強いわけです。

 構造的にゴーン氏のワントップ体制がより鮮明となり、後継者の育成は遅れていきます。強力なゴーン経営の後を引き継ぐ人材は、外にも内にも求めていくことは容易ではなくなっていきます。

 グローバルに広く優秀な人材を抜擢するようなゴーン流の人材登用術があれば、少々の内部人材流出が続いてもその影響をカバーすることは短期的に可能でしょう。しかし、いまはそれがよく見えません。内部人材の育成と健全な新陳代謝は経営力の連続性と健全性には不可避だとすれば、将来への危うさに通じないとも限りません。

 目先の業績動向に目をとらわれがちですが、永続的な成長を維持するポスト・ゴーンの組織と経営力こそに、このアライアンスの真価が問われていくでしょう。