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 「データで考える日本の針路」と題した本シリーズのコラムも、第50回の本稿で最終回。日本経済に関連した問題を中心に、日本の経済活動の基礎を規定する国家安全保障、国際政治などの問題も、基本的なデータを参照しながら様々に取り上げてきた。その主な論点を振り返ってみると、一連のコラムで、常に重視したのは「国民経済」という視点であった。

基本に立ち返ろう

 「経済問題は複雑で難しい」とよく言われる。しかし、このような時は、論者自身の議論の内容が混乱している場合が多々あるものである。論者自身が混乱していれば、読者はさらに混乱させられるのは当然である。

 物事が複雑になると、その表面的な複雑さに惑わされて、基本が忘れがちになる。混乱しているときには、基本に立ち返るのが肝要である。

 われわれは、なぜ経済のことを問題にするのか。端的にいえば、文字通り生きるためである。日々の糧(かて)を確保するためである。

 なかには、自分の精神的な自己実現のために働き、事業をしているといえる余裕のある人もいよう。しかし、99%以上の成人の日本国民は、経済が国際化した、グローバル化したと喧伝されても、この日本列島の中で、自分と家族の糧を確保しなければならないのが現実である。

 そのためには、健康な現役世代には、十分に良好な雇用の機会があり、経済事業者には、事業を円滑に営めるだけの広い意味での良好な「社会環境」があり、失業者、生活困窮者、引退世代、疾病者などには、生活を保障する基本的な社会保障制度などが完備しているかが、最大の関心事にならざるをえない。これらはすべて「国民経済」という視点が決定的に重要だ。

日本国民の雇用、社会保障を他国は支えない

 経済が国際化した、グローバル化したといっても、米国政府、欧州連合、中国政府などが、われわれ日本国民の生活が成り立つだけの雇用機会を保障してくれるわけではない。まして、日本の社会保障制度などを支えてくれるわけではない。

 日本の企業が海外で工場や事務所を開設しても、日本列島内の日本国民には直接に雇用機会を提供するわけではない。逆に、外国企業でも日本に投資し、良好な雇用機会を拡大してくれる場合には、日本の国民の多くから歓迎されている。

 したがって、注意しなければならないのは、国民経済の視点とは、企業の視点とは異なるということだ。その企業の本社が日本でも外国でも、それが多国籍企業、すなわち複数の国で事業展開をしていても関係ない。

 マスコミなどで、「これは米国の主張だ」などと声高に報道される内容も、 ・・・続きを読む
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筆者

齋藤進

齋藤進(さいとう・すすむ) 三極経済研究所代表取締役

(株)三極経済研究所・代表取締役。1950年静岡県生まれ。73年京都大学経済学部卒、73年より、国際関係研究所客員研究員(台北)、76年ミシガン大学大学院経済学博士課程修了。フォード財団特別研究員、ウォールストリートで、金融機関、機関投資家、国際機関向けの独立経済コンサルタント業、クレディ・スイス銀行(東京)経済調査部長兼チーフ・エコノミストなどを経て、1990年より現職。「平成不況」の名づけ親として、多くの経済政策論文・論説を発表。著書に『平成不況脱出』(ダイヤモンド社)、『平成金配り徳政令』(講談社)など。世界の100人のTop Political Columnistにも選ばれている。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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