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[1]何が言葉の意味をねじ曲げるのか

まとめ:WEBRONZA編集部

竹信三恵子、深澤真紀

 WEBRONZAは9月、トークセッション『「家事ハラ」炎上! 女たちは何に怒っているのか』を都内で開きました。和光大学教授で、ジャーナリストの竹信三恵子さんと、「草食男子」という言葉の生みの親である深澤真紀さんが対談し、フロアとの活発な質疑応答もありました。

活発な議論が続いたトークセッションの会場=東京・神田神保町の東京堂ホール

 そもそものきっかけは、この夏、大手ハウスメーカーの研究所が展開した「家事ハラ」キャンペーンです。

 その広告では、「家事ハラ」という言葉を、夫の家事のやり方に文句をつける妻の言動を「家事ハラ」としていました。でも、竹信さんが昨秋出版した『家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの』(岩波新書)で初めて使った「家事労働ハラスメント」は、家事労働を蔑視・軽視・排除する社会システムによる嫌がらせ」と定義し、こうした蔑視によって、家事労働の担い手とされる女性が、貧困や生きづらさへと追い込まれていくことを訴えていました。意味がまったく違っていたのです。それは、かつて深澤さんが世に送り出した「草食男子」という言葉のもつ意味合いの変化とも通じるものでした。

 どうしてこんなことが繰り返し起こるのか。セッションでは、今回の騒動を詳しく振り返ったうえで、メディアにおけるこうした言葉の歪曲や無力化の問題とともに、いま女性が日本社会で働くこととはどういうことなのか、いかなる困難を伴うことなのか、徹底的に話し合っていただきました。その詳細を連載でご紹介します。

竹信三恵子(たけのぶみえこ)ジャーナリスト・和光大教授
東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授。NPO法人「アジア女性資料センター」と、同「官製ワーキングプア研究会」理事も務める。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

深澤真紀(ふかさわ・まき)コラムニスト・淑徳大学客員教授
1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。在学中に「私たちの就職手帖」副編集長を務める。卒業後いくつかの出版社で働き、1998年企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役就任。2006年に「草食男子」「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテン受賞。著書に、『女はオキテでできている―平成女図鑑』(春秋社)、『輝かないがんばらない話を聞かないー働くオンナの処世術』、津村記久子との対談集『ダメをみがく――”女子”の呪いを解く方法』(紀伊國屋書店)、『日本の女は、100年たっても面白い。』(ベストセラーズ)など。

 

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 竹信 本日は「家事労働ハラスメント」についてのトークセッションにお越しいただきまして、ありがとうございます。この「家事労働ハラスメント」、略すと「家事ハラ」ですが、今日はこの夏、私が体験した、この「家事ハラ」をめぐる思いがけない騒動の顛末をお話しして、家事労働と社会の関係や、これからの課題、メディアや社会の中での言葉のもつ意味などについて、深澤さんとともにお話をさせていただけたらと考えております。深澤さんは今回の「家事ハラ」の出来事に直接的な関係はありませんが、ご自身がつくった言葉、「草食男子」で同じような体験をなさっています。

 まずは、家事という仕事を取り巻く状況について私なりの理解、考えをお話しします。家事ということについて、これは「生」を支える労働と言ってくださる方もいるのですが、今日でも世の中全般では、そういう労働がまったく無視されている。暮らしを支える必要不可欠な労働の時間として認知されていません。そのために、会社勤めの人たちが家事をする時間がないほど、ものすごい長時間労働をしないと正社員をやっていけないという異様なことになってもいます。家事を前提としない働き方です。しかも、その家事的な仕事はほぼすべて、女性に押し付けられ、女性がやるような了解が堅固に存在しています。

 私はこの状況を「押し入れ」と言っています。女という押し入れに家事の一切合財を全部そのままボコボコとぶち込んでしまう、まあ、男性にとって都合のいい装置ですね。

 深澤 家に人が来た時、片付いてないものをとりあえず放り込んじゃう、あれですね。

 竹信 そうそう、一見、部屋がきれいになっていると何か解決している気分になってしまうんですね。ベッドだとなかなかそうはいかなくても、お布団とか押し入れにしまうと、すっきりきれいには見える。

 深澤 そうですね。

 竹信 なので、私はかねて「主婦は押し入れです」と言っていたんですけど、そういうような状況なんですよね、はっきり言って。

 そうなると、本当は押し入れの中はごたごたで、もう満杯になって死にそうになっているのに、ふすまを閉めちゃうときれいになっているかのように見えて、何もなかったような顔をされるわけですよ。

 そして、何かあるとすぐに、「それは妻が」とか、子供が非行に走ると、すぐにお母さんたちを動員して夜回りさせるとかになっている。で、お父さんは何をやっているかというと、相変わらず会社に行っているんですねみたいな。そういう話なんですよね。

 そんな状況がいろいろなところで問題を起こしています。まず、さきほども言った長時間労働がそうです。子育てや子どもの教育なども、「何でもお母さんが何とかしないさい」となる。それも十分な社会的な支援なしにやるものだから、結局子供にとってもマイナスなことになってしまう。

 そもそも、保育とか介護とか、家事的な労働の賃金がなぜあんなにも安いのか。それも「家事は無償だから、家庭外でやってもカネにならなくて構わないという家事蔑視が背景にありまず。「主婦が家の中でただでやっている介護のような仕事に、何でそんな金を払うんだ」という発言を、しばしば聞いてきました保育士についても、同じようなことが言われてきましたました。

 そういう認識が染み付いている結果、介護の職場で何が起きているかというと、「男性の寿退社」です。介護の仕事をしている男性が結婚するとなると、介護の仕事が好きでも家族を養えないからと、辞めざるを得なくなる。

 こんなことが何の不思議もなく、疑問ももたれずに通用してしまっているということが大問題なんです。「家事労働ハラスメント」は、そんな深刻な状況を、家事労働に対する嫌がらせというとらえ方をして、つくりました。ちょっと耳慣れない言葉ではあったんですけど、こういう言葉をつくって、これらの問題を広く認識してもらいたい、理解してもらいたいと思ったわけです。

 実は、そうした状況は男性も傷つけているし、介護の仕事の賃金がそんなに安かったら、誰も満足な介護など受けられないということなんですね。一部には妻がやってくれるという幻想をもっている男性がいますが、重度の介護はとても妻一人では担いきれません妻のいない男性だっています。どんな家族構成だろうが、適切な福祉サービスを受けられる社会をみな願っているはずですが、家事ハラは、そうした想像力も奪ってしまうのです。

 妻がやってくれると思っている男性たちの頭の中にあるのは、優しくてきれいで若いお嫁さんが白いひらひらエプロンを着けて、「おじいちゃん、おかゆ食べましょうね」なんて言って、日当たりのいい広いきれいな家の縁側で介護をしてくれる姿かもしれませんが、そんなのあり得ない夢物語ですから。

 深澤 その縁側にはネコがいたりしてね。

 竹信 ネコがいて。そうそう(笑)。小道具がちゃんとあるのね。

 深澤 そうですね、サザエさんのうちみたいなイメージですね。でも、嫁が先に倒れることだってありますよね。

 竹信 そう。「嫁」が死んだらどうするの。あるいは「嫁」がいない男はどうするの。そんな簡単な想像力すら働かず、日常的には家事はどこかに押し込めておいて、なくてもいいことのように扱う。これこそが、男性にも女性にも大変な弊害を与えているということなのですね。

 こうした状況を何とかできないかという思いで書いたのが、『家事労働ハラスメント』だったわけです。ところが、7月14日に、なんと「夫の7割が妻の家事ハラを経験」というプレスリリースが旭化成ホームズの研究所から出たんですよ。これはお手元の資料の中にあります。

 7月16日の夜になって、友人から電話がかかってきて、「見た、見た?」って言うんですね。「何を見たの」って聞き返したら、「家事ハラ、すごい話題になっているわよ」と言うんです。「えっ、いいじゃない」と言ったら、「とんでもない、旭化成ホームズが、妻から夫への家事のダメ出しを家事ハラと呼んでいて、つまり、かわいそうな夫を妻がいじめる言葉が家事ハラだとなってしまっている」と言われたの。「Facebook」でも女性たちが怒っているからと。読んでやってくれと。

 それを読んでみみたらこれなんですよ。この資料にありますように、「ダメ出しによる夫の家事意欲の低下」について「褒めなきゃできんとか、子供気取りもええかげんにせえよ」と、怒って書いています。そうですよね、一人前の大人が、持ち上げて、「頑張って」と言わないと家事もしないのか、と。「家事のやり方についての苦情さえ、言っちゃいけないのか」と思いますよね。さらに「そもそも家事ハラって何やねん!!! 『家事労働ハラスメント』by 竹信三恵子との混同が起きるやろう」と、しっかり書いてくださっていました。

 夫の家事へのダメ出しくらいで「ハラスメント」、嫌がらせだと言われてしまうこと自体にも怒ってはいますが、私が一番問題だと思ったのは、これが家事ハラだといわれたら、「家事ハラ」の本を書いた私は、「妻が夫をしかることを嫌がらせだと言ったひどい女」と思われてしまうということなんですよ。

 深澤 事実、私が今そういう目に遭っていますよね。

 竹信 ホントですよね(笑)。

 深澤 「草食男子」という言葉をつくった「男性差別するおばさん」といわれていますけど。

 竹信 当初はそういう意味じゃなかったんだよね。

 深澤 はい。

 竹信 それはまた、後でじっくり語っていただくとして。まずは家事ハラですが、私が本を届けたいと思っていたのは、女性への家事集中に疑問を抱く男女だったのに、こんな「家事ハラ」定義をはやらされたら、せっかく書いた本が届けたい読者に届かなくなってしまうじゃないですか。「家事ハラ? こんなもの読みたくないわ。夫をたしなめてはいけないという本でしょ」と、なるでしょう。まったく逆のことを訴えたかったのに、誤解されたら、本が売れなくなっちゃいますよ。

 それで何とかしようと思ったんですね。「Facebook」でも、みんないろいろ書いてきて、メールでも「こんなことされて、いいの」と、友人たちが聞いてくるのね。「いいの」と聞かれたら「よくない」と言わざるをえないでしょう。それで、「旭化成ホームズに抗議します」と「Facebook」で表明してしまった。ただ、問題は、何をどう抗議するかだったんです。言葉の誤用については、法的には問題にできないんだそうです。商標登録でもしておけばいいのかも知れませんが。

 深澤 そうですね。

 竹信 でも、いちいち本のタイトルを商標登録する人はいませんからね。

 深澤 そこで儲けようとしているわけではないので。

 竹信 そうなの。むしろ、その言葉を広くみんなに使ってほしいじゃない、本当は。

 深澤 そうなんですよ。

 竹信 誰が先にある言葉を使ったかなんて、私はどうでもよくて。言葉への権利を主張するより、みんなで使ってもらって、「家事ハラっておかしくない?」と考えてほしかったんですよね。でも、先ほど言ったように、ここまで逆用されると何か手を打たないと実害が出てしまう。弁護士さんにも相談したけど、「ちょっと法律では難しい」と言うことで、何が私にとって「回復すべき被害」なのか、考えた末に決めました。

 それは、「私は営業妨害をされたのである」ということです。だから旭化成ホームズの広報室に電話をして、開口一番、「人の営業を妨害するつもりですか」と言ったら、「あっ、そんなつもりはありません、こちらからご説明に上がろうと思っていました」と恐縮した口調で言うんですね。

 私がどなりこむ前に大手新聞社の女性記者たちが何人か、すでに取材で行ってくれていたんです。「家事ハラ」の本を読んでくれていて、さらにSNS上での家事ハラCM批判の盛り上がりもあり「これは変だ」と思ってくれたんですね。推測ですが、会社からすれば、大手新聞の記者たちから取材が入って驚き、なんとか手を打たねばとは思っていたのではないでしょうか。

 先方が説明に来ると言ったのですが、こちらに来られても困るので、先方まで行ったんですね。こちらの言い分は聞いてもらえないかもしれないけど、安易な言葉の捻じ曲げが何をもたらすか、ということは世間に広く知ってほしかったので、もし要請を断られたら、ばらまいてやろうと思い、要請と抗議をA4の用紙に論点をまとめて持参しました。

・経過報告
http://astand.asahi.com/static/magazine/webronza/pdf/kajiharakeika.pdf
・参考資料1
http://astand.asahi.com/static/magazine/webronza/pdf/kajihara_1.pdf
・参考資料2
http://astand.asahi.com/static/magazine/webronza/pdf/kajihara_2.pdf

 深澤 これですね。

 竹信 はい、参考資料1です。抗議・要請書という形で日付入りですね。これは持っていったままのものです。

 深澤 もう、これ、企業が一番嫌がるタイプですね(笑)。正しい抗議の方法ですね。実際抗議するときはこういう方がいいですよ。抗議・要請書っていい書き方ですね。

 竹信 そう?

 深澤 嫌だもんね。

 竹信 嫌だもんね。

 深澤 嫌な思いをさせるのがまずは大事ですよね。

 竹信 うん。

 深澤 改めてよく読むと、すごくいいですよね。

 竹信 そう? ありがとうございます。私の直感的な判断が正しかったわけですね。

 深澤 そう。

 竹信 そこには、ただ、困惑していますと書きました。これしか書きようがない。あちらのしていることは法的に問題ないんだし。

 深澤 そうですよ。

 竹信 もし向こうが誠意のない態度を取ったら、これをばらまいてやろうと思ったんですが、会社側は「すみません」と謝って、前向きに検討しますと言ったんです。大手の新聞が取材に入っていたことと、SNSの影響が、私は本当にありがたいというか、大きかったと思うんですね。

 それで、資料を見ていただくと、4項目あります。1で、「著者のイメージは完全に破壊された」。この「破壊」という言葉がポイントなんです(笑)。

 深澤 そうですね。いちいちこういう言葉を入れているのが、さすが元新聞記者ですね(笑)。

 竹信 それで、続いては「著書の普及が大きく阻害されかねない」。「阻害」ですね。

 深澤 破壊、阻害。

 竹信 「かねない」にご注意ください。まだなってないから、実は本当にそうなのかは分からない。

 深澤 そうですね。

 竹信 それから3つ目で、「頓挫」(笑)。

 深澤 頓挫ね。破壊、阻害、頓挫ですからね。

 竹信 はい。それで別紙、裏側ですね。お願いしたい措置を、5項目ということで書きました。単に広告を撤回されても一度広まった誤用定義は回復されないので、しかも車内全部借り切って広告を出していたそうですから。

 深澤 そう、中央線にがーっと張ってありましたからね。

 竹信 見た?

 深澤 見た見た。見に行きましたよ、わざわざ(笑)。

 竹信 さすが、ジャーナリスト。京浜東北線もやったというんですよ。

 深澤 そうなんだ、中央線はすごかったですよ。

 竹信 私は行こうと思っているうちに、撤去されちゃったので見られなかったんですね。写真を撮っておこうと思ったのに。でも「Facebook」で、「私は中央線で見ました」とかいろいろ目撃報告が来て。それで考えたのは、ばーっと張られた広告に、「私の本の宣伝のステッカーを張ってくれ」というふうに要求したんですよね。

 深澤 なかなか強面な要求ですよね(笑)。

 竹信 自分でも、総会屋みたいかな、と内心ためらったのですが、半分ヤケクソだったので。

 深澤 友達じゃなかったらこわい人だと思います(笑)。

 竹信 すみません(笑)。

 深澤 でも、こわい人と思われるぐらいがいいんです。

 竹信 いや、本当はいたって臆病なんですよ。でもこの要求はだめだったんですね。ステッカーを印刷している間に広告期間が切れてしまい、間に合わないという回答でした。

 深澤 でも、そもそもこれが<1>というのがすごいですよね。

 竹信 ああ、そう(笑)。

 深澤 <1>にこれを書いちゃう。謝罪文より先にこれを言うというのがすごいなと思いましたね。

 竹信 だって、営業妨害がポイントなんだから、妨害された結果逃してしまった逸失利益を回復してほしいわけですよ。

 深澤 本当に、正しいですよ。

 竹信 うん。でしょう。

 深澤 正しい。

 竹信 はい。だからとにかくポイントを絞り切った。皆さんもこういう目に遭ったら、そういうふうにしていただけたらよろしいかと思います。法律、関係ないです。あっ、これが総会屋体質なのね、きっと(笑)。

 深澤 本当にそうですね(笑)。

 竹信 要するに、私が受けた損害を回復してほしい一心です。それだけなんですよね。会社のしたことは合法かもしれないけど、私が損害を受けたのは事実なんだからねということに過ぎないんです。ステッカーも間に合えば張ってもいいんですけど」というような雰囲気でしたけどね。でも、その前に自発的に、問題の広告を撤去して…。

 深澤 張らなくてすむようにしたんですね。

 竹信 そうかも。いま考えてみると、ステッカーを張れと言ったから、早く撤去したのかもしれない。

 深澤 先方からすると、上からステッカーを張られるぐらいなら、広告そのものをはがした方がいいと思ったんじゃないでしょうか。

 竹信 結局、当初の広告期間を4日ほど繰り上げて終了したんですね。この対応をみて、本当にすてきな会社だなと思って(笑)。感謝ですね。それで2つ目、「ホームページにも同様のものを目立つように」、ステッカーと同様に本のCMを掲載しろという意味なんですが、これは例の新書の表紙をホームページの中に入れています。

 深澤 すぐ1ページ目、サイトのトップにばんとでっかく載っていますよね。

 竹信 うん、結構目立って載っています。それから3つ目が、「正しい家事ハラの意味を伝える再現ムービーを制作」(笑)。

 深澤 「制作」ってすごい要求ですよ。

 竹信 「これもホームページで公開すること」。というのは、私が一番頭にきたのは旭化成ホームズのあの動画だったんですよ。

 深澤 あの動画は嫌な感じでした。

 竹信 嫌な感じ。

 深澤 男の人がしゅんとしているという。何かやたらに。

 竹信 そう、いじめられて「え~ん」という泣いてるみたいな、完全な被害者像ですよ。女の人は鬼嫁という感じでね。実際の社会では、家事を一手に押し付けられて泣いている女性たちが圧倒的多数で、病気で寝ていて家事ができなかったら夫に枕を蹴飛ばされたなんて例もあるのに、と思いました。

 深澤 バックも暗いんですよね。

 竹信 そう、バックが暗くて、音楽まで陰気なの。

 深澤 陰気でしたね。

 竹信 それで、「あんなものをわざわざ作るんだったら、私の方の家事ハラの概念も対抗再現ムービーにして出してほしい」と言った。その回答は、「これはできません」。まあ、たしかに難しいですよね、イメージがわかなかったんでしょう(笑)。

 深澤 実際にムービー作るのは大変ですしね。

 竹信 それもあるし、あの家事ハラの本をどうやったら動画にできるの?ということでは(笑)。

 深澤 そうですよね。

 竹信 でも、これはダメモトの捨て駒でした。

 深澤 そういう捨て駒を入れるのは大事ですよね。

 竹信 大事なんです。

 深澤 これよりはまし、というのを選ばせているんですね、向こうに(笑)。

 竹信 そうなんですよ、これは。

 深澤 もうホームページでの対応と謝罪文を選ばざるを得ないという、選択肢を出していますからね。

 竹信 そうそう、まあ、誘導しているんですけど、そういうことなんですね。そして4つ目が普通のオーソドックスな謝罪文。

 深澤 最初から最低限のことだけ抗議していたら、それすらやってくれないこともありますからね。

 竹信 交渉というのはそうやって、少し多めに言わないとなかなかうまくいかない。謝罪文は出してくださいました。

 さらに、私は一応ジャーナリストなので、こうしたことが起きた経過を知りたかったんですね。どうしてこんなことになったのと。だから、経過についてまとめた文書も出してほしいと言ったら、<4>、<5>は出してくれたんですね。

 謝罪文ですが、これは向こうも苦心をした跡がにじんでいます。会社が悪いとはもちろん言ってないです。「男女の家事シェアを促進するという目標は、(竹信)と同じであると判断」。つまり、よかれと思ってやったのだということですね。男性の目を家事に向けさせるためには、男性が被害感を持っていることについて取り上げた方が、男性の共感を得られると考えて制作したわけで、私が「家事ハラ」の本で意図していたことと方向性は同じと考えたということで、悪意はなかったというわけです。

 そういう判断から「妻の家事ハラ」という言葉を使用したが、すでに「家事ハラ」という言葉を使っていた竹信に事前に伝えなかったこと、そして結果的に男女の家事シェアを促進するという当社の広告意図とは異なる印象で伝わったことが問題だった、と書いている。工夫しています。

 深澤 先方は「意図とは違う広告になってしまった」と言ってるんですね。

 竹信 そういうことです。意図は私とまったく同じだったんですということ。これについても、私の知人からは、「何か変な言い方で納得できない」、「逃げている」とか言われましたけど、これはあちらの本音ではないかと思います。

 深澤 私もそう思います。この問題のもとになった報告書全体をちゃんと読むと、男女の家事シェアをすすめようとしていますよね。

 竹信 そうなんですね。同社の研究所が7月11日に、「いまどき30代夫の家事参加の実態と意識」という報告書をまとめているんです。研究所のトップは女性なんですよね。

 深澤 はい。そもそも、その研究所は共働き家族についての研究所ですよね。

 竹信 共働き家族研究所というんですよね。

 深澤 その研究所は、共働きの人に家を建ててもらおうというプロジェクトで始まったのでしょうから、世の中から嫌われたら困るわけですよね。

 竹信 マーケティングからいうと結果的には失敗ではないでしょうか。報告書の内容は本当に割と妥当というか…。

 深澤 いや、ごくまともな。日本の男の人は家事をやってないということが淡々と書いてあるだけです。

 竹信 意識としては、男の人も家事をするのは当たり前というところまでは来ているけど、実際はあまりやっていませんということを普通に書いてあるだけです。特に悪い報告書でもなくて、おっしゃる通りです。

 深澤 そう、報告書はちゃんとしていましたね。

 竹信 ところが、そこの54ページに1ページだけ、「妻からの『ダメ出し』で、夫の家事意欲はダウン」という見出しを付けたページがあって、そこから今回のCMというか、キャンペーンというかをつくってきたんです。

 深澤 たぶん、広告代理店が、「こんな普通の報告書をどうやってCMにしたらいいんだ」と思ったときに、「妻のダメ出しなら使える」と、ここに目を付けちゃったのかなあと思います。

 竹信 その可能性は高い。

 深澤 よくあるパターンなんですよね。

 竹信 でも、会社の宣伝部の人は広告代理店のことをかばっていましたね。「一緒に話し合って決めたので、代理店さんが悪いわけではありません」というふうに言っていました。私は誤用定義が出てきた土壌や背景を知りたかったので、「広告代理店の名前を教えてほしい」とも言ったんです(笑)が、「それはちょっと」と。ですから、どこなのか本当は分からないんです。

 深澤 私が会社の担当者なら、責任逃れで「代理店が悪いんです」なんて言っちゃいそうですよ(笑)。

 竹信 だから私どもも、その際に一緒に参画していましたからと言うんですね。参画した責任があるので、だからちょっと申し上げられないんですがというふうに。この点では結構いい会社ですよ(笑)。私が想像するに、企画会議か何かで、男同士で盛り上がっちゃったんじゃないですか。

 深澤 会議が行き詰まっているときに、良さそうな案が見つかると、「これが問題になるかも」という判断ができなくなっちゃうのかもしれないですね。

 竹信 そうなんですよね。企画の段階で、「家事ハラ」の本について知っていたのかと聞いたら、「企画が決まった時には知らなかった」ということでした。ただ、「家事ハラ」という言葉は知っていたと。「家事ハラの言葉は私が本を出すまではこの世になかったんだぞ。それを知らなかったとか言っていていいのか」と思ったら、「決まってからご本は読みました。そのときに、竹信さんのご本にあったんだと気付いたのですが、男性に家事をやってもらうという趣旨は同じだったので、いいと思ってしまいました。今考えればちょっとだけご相談すればよかったと思います」というような趣旨のことを言われました。

 以上が今回の出来事の経過です。

 深澤 たぶんそれは本音でしょうね。

 竹信 まあ、そういうことですね。ここまで話してきて私の怒っている理由も、皆さんに分かっていただけたと思います。(つづく)