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[3]「昔は良かった」幻想から脱却せよ

まとめ:WEBRONZA編集部

竹信三恵子、深澤真紀

 深澤 こうした言葉の問題は、「家事ハラ」や「草食男子」だけじゃなく、いろいろな事例があるんですよね。例えば皆さんが知っている、誤用をされている有名な言葉で言うと、養老孟司さんの「バカの壁」。

二人の熱い議論にフロアの人たちも引き込まれていく=2014年9月18、東京・神田神保町の東京堂ホール拡大二人の熱い議論にフロアの人たちも引き込まれていく=2014年9月18、東京・神田神保町の東京堂ホール

 竹信 あれも間違って使われているよね。

 深澤 あの本は400万部も売れたけど読んでいる人はほとんどいないとしか思えない。なぜかというと「バカの壁」って「自分の脳」にあるって書いてあるんですよね。人間には他者を理解できない壁がある、というような趣旨なんですね。でも逆の意味の、相手のほうにバカの壁があるという意味で流行したんですね。

 竹信 でも、バカの壁は、少数派をいじめる言葉とか、誤用とかではないですよね。

 深澤 つまりここで言いたいのは、私たちみたいなメディアに関わっている人間がつくる言葉は、広く認識されるようになった時には、意味が変わってしまっていることが多いということでなんです。

 赤瀬川原平さんが作った「老人力」もそんな例ですね。この本もベストセラーになりましたが、歳を取って「ぼけた」というのを、彼は「老人力が付いた」と表現したんです。「モノを思い出せないな、おっ、俺も老人力が付いたな」とか、「眼鏡が見つからない、ああ、俺も老人力が付いたな」という感じ。それが老人の力という意味で、これも逆の意味で流行したんです。

 竹信 そういうこともありますね。

 深澤 新しい言葉を作るということは、普段はなかなか見えにくいことや社会的な問題に言葉を与えて見えやすくしたいと考えているんだけど、メディアとか広告代理店とかが介在すると、とても分かりやすく単純化されて、意味が変わっていってしまうんですね。

 そうした事態に対して、「深澤は草食男子の意味を正しく伝えようと努力していない、戦ってない」と書かれたこともある。でも、私としては戦っているんだけど、特定の戦う相手が存在しないので、よく分からないことになってしまうんですよ。

 不特定多数のみんなが相手だから一人一人を訪ねて、「これは私が書いたもともとの意味なんです」と訴えるしかない。単純に権力対大衆とか、男対女という構造ではないのが、草食男子が誤解された問題の複雑なところですね。
一部のフェミニストからも「深澤さんは男の味方をするのね」というようなことを言われたりしました。この件では、孤立無援だったんですよ。竹信さんは今回、いろんな人たちのサポートがあってうらやましいなと思いますよ(笑)。

 竹信 私だって最初は「家事ハラ」の誤用のために女性たちからバッシングされたら困る、ととても心配しましたよ。「妻が夫の家事にダメ出しをすることはハラスメント、という主張をしている」「妻が夫に苦情を言うことをバッシングする女性の敵」なんて言われたらどうしようと思いましたから。

 深澤 草食男子については、男性からも女性からも「ひどい言葉だ」と言われることが多かった。「男女が対等になれる時代はいいね」と言いたかっただけなんですけどね。

 竹信 抗議する対象が明確にあった家事ハラと、そうではなかった草食男子では、やり返し方に違いが出てくるんでしょうが、言葉の生成や成り立ちという観点では共通しているところがあると思います。草食男子という言葉の誕生は2006年と言っていましたが、あの頃の若者たたきはひどかったんです。雇用をめぐる状況もすごく悪くなっていった。

 深澤 ワープアとかも語られ始めましたね。

 竹信 そう。ワーキングプアも出てきたころで、非正規労働が広がっていった。そこで、若者や女性たちが急速に非正規労働に追いやられていくわけですよね。そのときに正社員のオジサンたちは、非正規が問題化して正社員の取り分を減らして非正規に回せといった議論が起きてくると自分たちが安定した立場を失うかもしれないという不安があって、「若者がやる気がないから勝手に非正規になっただけで、非正規と正規の差別の問題ではない」と言いたがっていたんです。非正規になるのは若者に原因があるという主張です。

 深澤 間違いなくそうですよね。

 竹信 私は労働担当の記者だったので、非正規に対する扱いの不公正さを記事にしたいと思うわけですが、そういう認識の広がりを押し返すために本当に苦労しました。上司に言っても、「そんなのは一部の人のこと」といった対応をされて記事のスペースをもらえないんです。

 深澤 無理ですよね。だって、朝日新聞の社員の年収と、バイトの年収では、とんでもない差があるし。

 竹信 実感がないんでしょうね。

 深澤 新聞社もそこは正直触られたくないわけですよ。

 竹信 それが変わり始めたのが2005年から2006年のころなの。なぜか分かります? なぜ風向きが変わったのか。それは、 ・・・続きを読む
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筆者

竹信三恵子、深澤真紀

竹信三恵子、深澤真紀 

竹信三恵子(たけのぶみえこ)ジャーナリスト・和光大教授
東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授。NPO法人「アジア女性資料センター」と、同「官製ワーキングプア研究会」理事も務める。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
深澤真紀(ふかさわ・まき)コラムニスト・淑徳大学客員教授
1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。在学中に「私たちの就職手帖」副編集長を務める。卒業後いくつかの出版社で働き、1998年企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役就任。2006年に「草食男子」「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテン受賞。著書に、『女はオキテでできている―平成女図鑑』(春秋社)、『輝かないがんばらない話を聞かないー働くオンナの処世術』、津村記久子との対談集『ダメをみがく――”女子”の呪いを解く方法』(紀伊國屋書店)、『日本の女は、100年たっても面白い。』(ベストセラーズ)など。