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「アベノミクス選挙」をどう見るか

「三本の矢」からなるオリジナル・アベノミクスと、消費税増税とは別物

若田部昌澄 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

 総選挙は後半戦に入りました。支持を訴える各党、各候補者の訴えにも熱がこもっています。安倍晋三首相はアベノミクスの是非を押し立てた選挙戦を展開しています。一方、経済に限っても、多様な政策パッケージが各党から提示されているとは言えず、有権者は選択のしようがないとの声も聞かれます。どのように評価すれば良いのでしょうか。再びQ&A方式で解説します。

 

 Q 首相は、今回の選挙を「アベノミクス」選挙と名付けました。メディアや野党は、アベノミクスは失敗しているといっています。アベノミクスをどう評価しますか。

 A 首相は今回の選挙を、「消費増税先送り選挙」と名付けるべきでした。アベノミクスを評価するのに大事なのは、アベノミクスに消費税増税を含めるのかどうかです。最初の「三本の矢」からなるオリジナル・アベノミクスと、消費税増税とは別物と考えるべきでしょう。

 Q その根拠は何ですか?

  根拠は、昨年の2、3月ごろから、10月の安倍首相の決断を見越して、「第四の矢」としての財政再建という言い方がされるようになったことです。

 たとえば、河野龍太郎氏(BNPパリバ経済調査本部長・チーフエコノミスト)は、「社会保障改革を第四の矢に」として、社会保障改革と財政再建を「第四の矢」とすることを提唱しました(『週刊東洋経済』2013年3月20日号)。また、2013年5月28日の経済財政諮問会議では、「甘利明経済財政・再生相は安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の第3の矢である成長戦略に続き財政健全化を「第4の矢」と位置づけた」とされています(もっとも、このことを伝えたのは『日本経済新聞』5月29日付朝刊ですが、経済財政諮問会議の議事録にはそういう表現は何も載っていないようです)。

 けれども、財務省官僚の見解は異なるようです。木下康司前財務事務次官(現コロンビア大学客員研究員)も、2014年11月11日に開催された講演で、「第二の矢」が「機動的な」と言われているのは短期的には景気刺激をするものの、長期的には財政再建を目指すものだと主張しています(https://groups.gsb.columbia.edu/CJEB/rsvp?club=CJEB&event_uid=3805974a90065e2fb2d728eaf799ffae)。

 しかし、「第四の矢」として財政再建が挙げられたということは、それがオリジナル・アベノミクスには含まれていなかったことを示します。だからこそ安倍首相は昨年の10月に消費税増税を決断したのでしょう。ちなみに、安倍首相は、「第四の矢」が財政再建と述べたことは一度もなく、東京オリンピック開催が決まったときに「ある意味で第四の矢の効果はある」と発言したことくらいです(2013年9月7日)。

  とはいっても、8%への消費税増税は安倍首相が決めたことです。今や「8%の消費税込でのアベノミクス」では?

  その通りです。ですから、首相は、消費税増税先送りの判断を示したうえで、総選挙に臨んでいるわけです。自分のアベノミクスを評価してくれ、というときにそれは税込なのか、税別なのかをはっきりとさせたほうがよいです。

  税別のアベノミクスがうまくいっていたという証拠はあるのですか?

 A 首相官邸のホームページにある「アベノミクス:更なる改革の断行」(2014年11月4日)には各種の数値が挙げられています(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/kaikakudankouJP.pdf)。

・雇用者所得(1人当たり給与総額×雇用者数)が上昇。2013年4月以降上昇基調にあり、2014年7月には対前年で3%を超える上昇。
・有効求人倍率は1.09倍(2014年9月)で、引き続き高水準
・失業率も2008年10月以来の3%台まで低下
・過去3年間に非正規職員から正規職員として転職・登用された人の数は、約5年ぶりの高水準
・2014年1~9月の累積訪日外客数は、973万人を超え、年間総数が初めて1,000万人を超えた昨年のペースを26%近く上回る勢い(2013年1~9月は773万人)<日本政府観光局「訪日外客数」より>
・「全国企業倒産」件数は、2014年8月に727件(前年同月比▲11.2%)まで減少し、1991年2月(677件)以来、23年半ぶりの低水準。 <(株)東京商工リサーチ「全国企業倒産状況」より>

 ここで挙げられている数字は間違ってはいません。ただ、この資料は、「消費税率の引上げは日本経済に冷や水をかけないか」という文脈で書かれていて、これまで成果が上がっているから消費税率を引き上げても大丈夫だ、と言いたいようです。また、設備投資計画は強く、消費についても回復しているとしているようです。けれども、ここまでの成果は成果として、消費税の影響は甚大でしたので、この主張は無理があるというべきでしょう。

 Q 消費税増税で経済状況が悪くなったという根拠は?

 A 2014年4月以降、GDP(国内総生産)の成長率が急激に落ちています。4-6月期のGDP成長率は年率換算前期比マイナス7.3%(前回の7.1%よりさらに下方修正されています)に続き、7-9月期の数値がマイナス1.6%です。また景気動向指数も4月から落ち込みを示しています。消費については、内閣府の発表する消費者態度指数は2013年10月以降、低迷し下がりつつあります。物価についても、消費税増税の影響を除けば横ばいから、下がりつつあります。東大日次物価指数(諸費者物価指数の品目の17%程度を対象)は、特売品などの価格を追いかけるのに便利ですが、最近はデフレ気味になっています。

 Q  民主党の長島昭久衆議院議員は、11月22日のツィッターで「昨日の日経朝刊一面記事によると、GDPは安部首相就任時514兆円が522兆円に多少拡大。しかし、この間に異次元の金融緩和で38%も円安になっているから、ドル換算すれば日本のGDPは約6兆ドルから4兆5000億ドルにまで縮小したことになる。これでアベノミクスのどこが成功してるのか?」と発言しています。また、11月23日のNHK日曜討論では、維新の党の柿沢未途政調会長が、「日本のGDPをドル換算してみると、円安なので20%も縮小している」と述べています。アベノミクスで日本は本当に成長しているのでしょうか?

 A GDPの評価をなぜわざわざドルでするのか、首をかしげてしまいます。普通、どこの国でもGDPの評価は自国通貨建てでしょう(ドルを自国通貨の一部として使っている国は別ですが)。給料がドルで支払われている人は、日本人のごく一部でしょうし、スーパーやコンビニで買い物の代金をドルで決済するという人もほとんどいないと思います。その時々の為替レートを使うとあまりに変動が激しくなるので、国際比較をする場合には、ドル換算ではなくて購買力平価で比較します。

 Q しかし、金融政策は株価を上げ、富裕層を豊かにし、格差を広げたのではないでしょうか?

 A 株価が上がることは、人々の生活と無縁ではありません。日本ではバブルの悪い記憶が強いせいか、株価は投機で決まる、株への投資は投機であると考える人が多いのかもしれません。

 しかし、そもそも株価は企業の収益に対する所有権です。企業の収益が良くなることで株価が上がることには何も問題はありません。それどころか、株価が上がることは企業の資金調達を容易にし、企業活動を促進します。経済成長の要因の一つは、直接金融市場の発達です。

 また株の取引からは税収も発生します。売却益、配当金、それぞれに税率が20%ずつかかります。

 現状で、金融政策によって格差が広がったかどうかは、日本では実証的な証拠はありません。富裕層、貧困層だけでなく、他の階層の数も増えています。一人暮らし世帯が増えていて、全体の世帯数が増えただけという意見もあります。

 もっとも、最近の英米でも議論になっているように、金融政策が、たとえば資産価格を引き上げることで格差を広げることはありうると思います。けれども、その場合でも、金融政策は全体のパイを大きくします。それと、大きくなったパイをどう分割することとは別に評価すべきでしょう。

 ちなみに、金融政策が格差に影響をもたらすかどうかをアメリカについて検討した最近の研究では、むしろ引き締め的な金融政策の方が格差を増大させるとのことです(Olivier Coibion, Yuriy Gorodnichenko, Lorenz Kueng, John Silvia ”Innocent bystanders? Monetary policy and inequality in the US,” VOX, October 25, 2014. http://www.voxeu.org/article/monetary-policy-and-inequality-us)。

 Q 円安による倒産が増えているのでは?

総選挙の公示後、円相場は1ドル120円を超える円安となった拡大総選挙の公示後、円相場は1ドル120円を超える円安となった

 A 全体の倒産件数、倒産負債総額は現状で減っています。東京商工リサーチによると「2014年11月の全国企業倒産736件、11月としては24年ぶりの800件割れ、負債総額は、同16.2%減(224億700万円減)で今年最少を記録。10カ月連続で前年同月を下回」りました(http://www.tsr-net.co.jp/news/status/monthly/201411.html)。

 同じ統計では円安による倒産も増えたことになっています(2014年11月までの累計で259件、前年同期比で126件)。

 しかし、思い出してください。円高のときには円高による倒産も多く、全体の倒産件数も多かったのです。帝国データバンクの調査では、2012年の上半期には、円高倒産が急増しているという数字が出ています。同社によると「円高の影響で倒産した企業は全体では数百社に上る可能性がある」とのことでした(「中小企業の円高倒産が急増 12年上半期、負債総額が過去最大に」『日本経済新聞』2012年8月4日)。のど元過ぎれば、でないですが、全体の倒産件数が減っているのに、円安による倒産だけを言い立てるのはあまりに恣意的でしょう。

 Q でも実質賃金は下がっています。それは、円安で物価が上がっているからではないですか?

 A 現時点で実質賃金が下がっている最大の理由は、消費税増税です。11月25日に開催された政府の月例定例会議の資料(http://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/2014/11kaigi.pdfの6頁左上)には、総雇用者所得の実質値について、現実の数字と消費税の影響を除いた数値が出ています。ここにあるように、現実には実質賃金は下がっています。しかし、消費税の影響を除けばプラスに転じていたことがわかります。

 円安が物価を押し上げている要因を認めたとしても、実質賃金は上がっていたはずなのです。

 Q 雇用が増えているといっても、非正規雇用ばかりが増えているのではないでしょうか?

 A いえ、そうとも言えません。こうした数字は注意が必要です。現在団塊世代が引退しているので、その分正規雇用が減っています。また、団塊世代が雇用を継続して場合には、非正規雇用が増えます。厚生労働省の分析によると、55から64歳の非正規雇用が増えています(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000046231.html)。

 また、生産年齢人口自体が減っているので、生産年齢人口に占める正規雇用の比率は、2013年の40.6%から、2014年は41.6%まで上がると推測されます。

 正社員の有効求人倍率は、民主党政権下では、0.30(2010年)、0.38(2011年)、0.48で(2012年)でした。安倍自民党政権下では、これが0.55(2013年)になり、直近の数字は0.68にまで上がっています(2014年11月:http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11602000-Shokugyouanteikyoku-Koyouseisakuka/0000032973_2_1_1_3_1_4.pdf)。

 Q では、アベノミクスに問題はないのでしょうか?

 A いえ、私のコラムで一貫して述べてきたように、アベノミクスに問題はあります。ですから、野党の側にも攻める道はあります。次回は、それについて述べましょう。


筆者

若田部昌澄

若田部昌澄(わかたべ・まさずみ) 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

早稲田大学政治経済学術院教授。1987年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学客員研究員を歴任。専攻は経済学史。著書に『経済学者たちの闘い』(東洋経済新報社、2003年:増補版、2013年)、『危機の経済政策』(日本評論社、2009年:第31回石橋湛山賞)。共著に『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社、2004年:第47回日経・経済図書文化賞)。

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