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大塚家具、娘社長の次の一手はスクイーズアウトか

いまだにくすぶる騒動の火種

大鹿靖明 朝日新聞経済部記者

 日本中が注目した“劇場型親子ゲンカ"とも言える大塚家具の経営権をめぐる騒動は、3月27日の定時株主総会で、娘の大塚久美子社長側の取締役選任人事案が賛成多数となり、ひとまずは久美子氏側の勝利で終わった。

同族企業の家族内の主導権争い

拡大大塚家具の株主総会終了後、会見に臨む大塚久美子社長

 だが、経営方針をめぐって「守旧派の父」vs「改革派の娘」と報じられてきた今回の騒動は、久美子氏側が雇った広報コンサルタント会社(メディアゲイン社)によって“演出"された側面がたぶんにある。真相はむしろ、彼女が主張する経営方針の違いではなく、同族企業の家族内の主導権争いという側面が強いのである。

 今回の騒動はひとえに創業者で株式の18%を握る大塚勝久氏、及び二人三脚で会社を成長させてきた千代子夫人の両親と、長女久美子氏の対立に他ならない。ワンマンであると同時に過去の成功体験から抜け出せない両親に対して、新しい経営手法を導入し、企業革新をしたい長女が、ことあるごとに角を突き合わせてきた――。

 多くの報道を通じて広められた印象は、おおむねそんなところだろう。だが、そんな改革者を標榜する久美子氏自身も、勝久氏の長女というメリットを最大限享受してきたといえる。娘だから社長に抜擢されたのである。

 久美子氏は富士銀行勤務を経て1994年に大塚家具に入社、96年から2004年まで取締役を務めたものの、同年に退社後はPR会社のクオリア・コンサルティングを起業する一方、企業再生の専門コンサルティング会社フロンティア・マネジメントの執行役員にも就任した。いったんは大塚家具を離れた彼女だが、起業も転職もうまくいかなかった。

 だから、大塚家具に舞い戻り、やがて09年に社長に抜擢された。

 勝久氏はこう語る。「私とあわないということで出て行った。一度、外に出てずいぶん勉強して苦労してきたというので、『そんなに戻りたいのならば戻っても良いよ』と」

「彼女は社長になりたがっていた」

 勝久氏は、大塚家具に戻ってきた久美子氏から「『何度も社長を辞めろ』と言われました」と、早期の禅譲を迫られたと主張している。長男の勝之氏(久美子氏の一つ下の弟)も ・・・続きを読む
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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。88年、朝日新聞社入社。アエラ編集部などを経て現在、経済部記者。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』がある。近著に『東芝の悲劇』。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。

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