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派遣法改正問題で、女性たちが声を上げ始めた

賃金の低い『お得』な労働者から、スキルだけ奪って3年で使い捨てでいいのか

林美子

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 労働者にとってのメリットはさっぱりよくわからないが、デメリットならいくつも考えつく。そんな労働者派遣法改正案が、今国会に上程されている。派遣法の根幹を変えるような大改正だ。「ですが、世間の関心はあんまり盛り上げってない気がするんですよね。なんでですかね」。そんな質問を、同僚の男性記者から受けた。

影響受ける多くの派遣労働者は女性

 答えはある意味簡単だ。影響を受けそうな派遣労働者の多くが、女性だからだ。私はそう考えている。

拡大労働者派遣法改正案の質疑終了に反発し、渡辺博道・衆院厚生労働委員長(自民)を取り囲む民主党議員ら=2015年6月12日午後

 2008年末、リーマンショック後の東京・日比谷公園に誕生した「年越し派遣村」と比較してみるとわかりやすい。炊き出しの列に並んだのは、工場を雇い止めされ、寮を追い出されるなどして職や住まいを失った男性労働者が大部分だった。テレビのニュースなどでその様子が広く紹介され、日本社会に衝撃を与えた。

 それが多くの人にとってショックだったのは、列に並んでいるのが、「本来」だったら家族を養い一家を構えて生活しているはずの男性労働者だったからだ。

 製造業への派遣が解禁されたのは2004年。03年には13万人だった男性の派遣労働者は04年に倍増し、ピーク時の2008年には派遣労働者140万人のうち男性が55万人を占めるまでになった。だがその翌年、36万人に急減する。それとともに、派遣問題への世間の関心も冷めていった。14年の派遣労働者数は男性48万人、女性71万人だ。

 一方、女性の派遣労働者にとっては、低賃金の不安定雇用や派遣切りといった問題は「派遣村」の前から存在した。ただ、典型的な女性の派遣労働者といえば、「事務機器操作」など各職場に数人ずついるような事務担当者だ。工場労働者のようにまとまって雇い止めになることもなく、多くの職場に散らばり、見えにくい存在だ。

男女を区別する理由はない

 しかも、女性の派遣労働者は、親や夫と同居しているなど、家計の主要な稼ぎ手ではないと見られがちだ。だから、雇い止めにあってもそう深刻なこととは周囲に受け止められない雰囲気がある。だが実際は、シングルマザーだったり、一人暮らしや共働きだったりして、自分の収入がないと家計を支えていけない人が多く、男性労働者と区別して考える理由はない。そもそも、一人の働き手として、男性、女性の区別はないはずだ。

 まとめると、女性が抱えていた問題がリーマンショック後に男性にも広がってようやく、派遣労働者の抱える問題を問題として世間が認識するようになったにすぎない。労働問題に携わる女性弁護士や女性の組合幹部らがかねてからそう指摘しており、私もその通りだと思う。

 今回の派遣法改正案は、次のような内容だ。

 現在の派遣法では、建設など一部の禁止業務を除き、企業が派遣労働者を使えるのは原則として3年まで。事務機器操作などの26業務については期間の上限がなく、契約を更新するなどして一人の労働者をいつまでも働かせることができる。

 改正後は業務による区分がなくなり、派遣先企業からみると、禁止業務を除くあらゆる業務について、3年ごとに労働者をとりかえさえすれば、派遣労働者を使い続けることができるようになる。派遣労働者からみると、3年ごとに必ず職を失うことになる。派遣会社は、3年たった労働者に他の派遣先を紹介することなどが求められるが、必ず職が見つかる保証はない。

 この改正で最も影響を受けるのが、26業務で働いてきた人たちだ。3カ月といった短期の契約を更新しながら長い間働いてきたり、長期間働くことを期待して仕事に就いたりした人が少なくない。日本労働弁護団によると、26業務で働いている人は約49万人いるという。

 だがこれまでは、派遣労働をしている当事者の声を取材するのが、意外に難しかった。労働組合や弁護士に紹介をお願いするのが最も一般的な取材方法だが、そういう人たちは、雇い止めにあって一人でも入れる労働組合に駆け込んだり、裁判を起こしたりしている人たちだ。そこまで追い詰められ、覚悟を決めて取材に応じてくれるような人はそう多くはない。

 そんな状況が、ここにきて突然変わってきている。新たな労働者が声を上げ始めたのだ。

人間の尊厳を踏みにじられて

 衆議院厚生労働委員会での採決が間近に迫った6月9日夜、参議院議員会館で開かれた集会には、派遣労働者18人が参加。それぞれの働き方や暮らしの実情を説明し、改正案を批判した。その大多数は女性だった。会場の前方、端から端まで当事者がずらっと並び、集会が始まってからも職場などから次々と駆けつけるさまは、これまでに見たことがない光景だった。

 当初、厚労委で採決する予定だったが結局延期された12日にも、厚生労働省内で派遣労働者4人が記者会見をした。そのうち3人は女性だった。

 その一人の40歳の女性は、数社で秘書業務を続け、20代に得ていたよりも低い時給のアップを求めたところ、雇い止めにされた。2人目の40代女性は、自分の働き方が派遣法違反だと気がつき、会社のコンプライアンス部門に通報したとたんに契約を打ち切られ、私物の入ったロッカーにも行かせてもらえなかった。3人目の50代女性は、13年働き続けた職場で月370時間働き、過労で倒れたあげく、雇い止めにされた。いずれも人間としての尊厳を踏みにじられているとしか言いようがない。

 ある女性は、「正社員になれるかもと言われてニンジンを前にした馬のようにがんばり、飲み会に出席して残業もし、新入社員にノウハウも授けたのに、結局職場のメンバーとして数に入れてはもらえなかった」と語った。改正案については、「正社員と賃金格差のある『お得』な労働者から、スキルだけ奪って3年たったらいなくなってもらうという法案です」と激しく批判した。

当事者の怒りを届ける

 これだけ多くの人たちが声を上げ始めたきっかけは、「非正規労働者の権利実現全国会議」がもうけた派遣法改正に反対するサイト(http://hiseiki.jp/)だ。派遣労働者の声を集めようと、アンケートのページを設けたところ、12日正午までの1週間で26業務の人から約400人が回答した。そのうち約3分の1が、集会に出たりマスコミの取材を受けたりしてもいいと回答したという。アンケート内容はサイトで読むことができる。どれも、激しい怒りや悲しみにあふれている。

 日本労働弁護団が、6月2日に開催した「派遣労働緊急ホットライン」も、3本の電話が鳴りやまなかったという。特に、40代、50代の労働者から、「3年で切られたら、この年では次の仕事は見つからない」といった切実な相談が多かった。

 冒頭の記者の質問に戻ると、これまで見えにくかった女性を中心とする派遣労働者の姿が、最近になってようやくはっきりと見えるようになってきたのだ。それだけ、改正案の内容に当事者が怒っているということだ。「世間が盛り上がっている」かどうかではなく、当事者の声にきちんと耳を傾け、それを多くの人(=世間)に届けることこそ、いままさにジャーナリズムに求められていることなのだと痛感している。


筆者

林美子

林美子(はやし・よしこ) 朝日新聞編集委員

1962年生まれ。85年入社。新潟支局、水戸支局、経済部、社会部、くらし編集部、北海道報道センターなどを経て2014年4月から現職。労働問題を中心に取材。2015年5月から6月にかけて、「プロメテウスの罠」に「たらちねの母」を執筆。