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TPP交渉妥結 今こそ冷静に考えよう

山下一仁

木を見て森を見ず

TPP交渉が妥結した。これまで、交渉は漂流するというのが、ほとんどの論調だった。

TPP交渉の閣僚会合後、取材に応じる甘利明TPP担当相(右)と米国のフロマン通商代表部(USTR)代表=10月1日午後、米アトランタ拡大TPP交渉の閣僚会合後、取材に応じる甘利明TPP担当相(右)と米国のフロマン通商代表部(USTR)代表=10月1日午後、米アトランタ

 私が8月初めにある放送局のラジオ番組に出演した際も、論説委員の方は、7月の交渉でこれだけこう着した状態が、短期間で解決できるはずがないという主張をされていた。しかし、フロマン・米通商代表の動きではなく、オバマ政権がどう考えているかというより大きな構図を考慮すると、「漂流する」という結論にはならないはずだった。

 オバマ大統領は政権のレガシーをTPPに求めていた。連邦議会とは対決姿勢を貫き、ほとんど議会工作や根回しをしてこなかったと批判されてきたオバマ大統領が、通商交渉の権限を議会から政府に授権してもらうTPA法案の成立については、自らペロシ民主党下院院内総務の説得に乗り出すなど、積極的に動いていた。TPP妥結のためには、TPA法案の成立が必要だったからだ。

 多くの論調は、木を見て森を見ていなかった。医薬品業界の支持を受けている有力議員にクギをさされているフロマンは、新薬のデータ保護期間について譲歩できないが、TPP成立にかけているオバマは、カードを切れる。時期は少しずれたが、私が8月4日の小論「TPP交渉は漂流しない、8月に合意する」で述べたとおり、今回妥結した。

 また、多くのメディアは、巨大な自由貿易圏が出来上がるとして、TPP交渉妥結を一様に歓迎している。取材をしていると、取材している対象と一体感を持ちがちである。7月の交渉決裂の時には、各国交渉団は悲観的だった。これが「漂流する」という報道になった。今回は、ようやく交渉を妥結したという高揚感が、交渉団にはあった。それが、メディアの報道にも表れているのだろう。

政府や交渉団から距離を置いてみよう

 しかし、政府や交渉団から距離を置いて、冷静に考えてみよう。

 輸入される食品が安くなるというメリットが強調されている。しかし、我が国の工業製品の関税は、すでにゼロまたは低税率となっている。農産物についても、品目数でいうと、24%がすでに税率ゼロ、48%が20%以下となっており、これらの関税がゼロになっても、それほどのメリットはない。

 他方、100%以上の関税がかかっている農産物は、品目数では9%と少ないが、米、小麦、砂糖、バター、脱脂粉乳など、食生活に大きなウェイトを占めるとともに、パンやお菓子など他の食品の原料となるものが多い。これらの関税は今のまま維持される。フランス産エシレのバターを買うには、300%以上の関税を払わなければならない。牛肉の38.5%の関税が9%になるのは、16年後である。

 このように関税撤廃の例外を多く要求したために、アメリカが自動車にかけている2.5%の関税は、15年後に削減が開始され、25年後になってやっと撤廃されることになった。9月上旬に日本記者クラブで講演した際に、農業関係の新聞記者から、こんなメリットの少ない協定に参加する意味があるのかという質問を受けた。しかし、そんな協定にしたのは、あなたがた農業界ではないのだろうか?

 農業については、関税を維持した米だけではなく、関税を削減する牛肉や豚肉についてもほとんど影響はない(「このままのTPPでは農業の合理化は望めず」7月13日付け小論)。TPPで農業が影響を受けるという一部の報道や有識者の意見は、誤っている。

 米の輸入枠を米豪向けに新たに7.8万トン設定するが、内外価格差が解消している現状では、輸入されない(「コメの内外価格差が消えた 減反を廃止する環境がととのってきた」4月10日付け小論)。減反を強化して国産米価を上げれば輸入されるようになるが、その時は、これまでと同様、輸入米と同量の国産米を買い入れてエサ米などに安く処分する。農業には影響はない。得をするのは米豪の農家であり、この財政負担で損をするのは、納税者である我が国民である。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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