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妊娠を始め様々な事情を持ち寄れる職場を作ろう

マタニティー・ハラスメント問題から私たちは何を学ぶべきか

杉浦浩美・埼玉学園大学大学院専任講師 埼玉学園大学大学院専任講師(労働、ジェンダー、マタニティー・ハラスメント)

 派遣社員の48.7%が経験

 マタニティー・ハラスメントについて、国が初めて実態調査を行った。厚生労働省の委託を受けた労働政策研究・研修機構は、9月から10月にかけて、民間企業6500社とそこで雇用される25歳~44歳の女性2万6千人、さらにウェブモニターに登録している25歳~44歳の女性雇用労働者5千人を対象に調査を実施した。

 その速報結果が11月12日に報告されたのだが、回答者数3503人の分析結果によると、「妊娠等を理由とする不利益取扱い」の経験率は、正社員が21.8%、派遣社員が48.7%となっている。派遣社員の2人に1人が「不利益取扱い」を経験していることになる。しかも、派遣社員の場合、派遣先と派遣元の両者から二重に被害を受ける恐れがある。

 調査によれば、派遣元から「雇い止め」「権利を主張しづらくする発言」の被害を受けた人がそれぞれ約4割、派遣先から「権利を主張しづらくする発言」「契約打切りや労働者の交替」の被害を受けた人が、それぞれ約3割となっている。

妊娠を理由にした降格が許されるかが問われた裁判の勝訴判決後、記者会見する原告代理人の弁護士ら=2015年11月17日、広島市拡大妊娠を理由にした降格が許されるかが問われた裁判の勝訴判決後、記者会見する原告代理人の弁護士ら=2015年11月17日、広島市

 つづく11月17日には、広島高裁において、妊娠を理由とした降格人事が男女雇用機会均等法違反にあたるかが争われた裁判で「違法」の判決が下された。一審、二審と原告が敗訴したこの裁判は、昨年、最高裁において「原則違法」の判断が示され差し戻し審となり、その判決の行方が注目されていたのだ。

 これに先立つ9月には、妊娠を理由に女性職員を解雇した茨城県の病院が、3回にわたる国の是正勧告に従わなかったとして、実名を公表されている。均等法違反に対する社会的制裁である企業名公表は、これまで1件もなされてこなかったが、近年のマタニティー・ハラスメントへの社会的関心の高さを背景に、初の企業名の公表、さらに、降格人事に対する違法判決が下されることになった。これらは、今後の均等法の実効性に期待をもたせるものでもある。

 こうした動きを受け、来年の介護・育児休業法ならびに均等法の改正に向けた労働政策審議会の分科会では、マタニティー・ハラスメントの防止等についても議論されているという。女性労働者の妊娠期の困難は、いまに始まったことではないが、マタニティー・ハラスメントという言葉の定着とともに、その実態が広く知られ、政策課題として大きく取り上げられるようになったことは意義があるだろう。小酒部さやかさんを代表とするマタハラ対策ネットワークの積極的な活動や、組合や労働相談の場で女性労働者を支援してきた(いまも支援している)多くの人たちの努力の成果でもある。

派遣元と派遣先の「板挟み」と「たらいまわし」

 2001年からマタニティー・ハラスメントの調査・研究を開始した私自身も、長らくこの問題を訴え続けてきた。2001年というのは、均等法が施行されてからちょうど15年、均等法初期世代が30代後半を迎え、生物学的な意味でも、妊娠・出産と向き合わざるをえない時期であった。また非正規化、さらには多様化する女性労働の現場において、それまでになかったような働き方や業務内容が出現していた。過重労働化するなかで「仕事と妊娠の両立」は、どのように果たされているのか、それが私の問題意識だった。実際、調査を始めてみると女性たちは、様々な困難を抱えていた。

 たとえば、冒頭の国の調査で、派遣社員のデータについて紹介したが、私が、最初にインタビューした11人の女性たちのなかにも、派遣専門研究員として働く女性がいた。ある財団から県の衛生研究所に派遣されていたその女性は、派遣元と派遣先の「板挟み」と「たらいまわし」に苦しんだという。

 派遣元に相談すれば「派遣先と交渉してくれ」と言われ、派遣先に相談すれば、「(派遣に)配慮する義務はない」と言われてしまう。結局、産前休暇すら保障されず、出産の2週間前まで仕事を続けた。それから15年近くが経過しようとしているいまも、同じような状況に苦しむ女性が大勢いる。というよりも、これまではあまり着目されることのなかった、こうした妊娠期の労働の困難が、近年のマタニティー・ハラスメントの社会的認知によって、やっと人々に関心をもたれるようになったと言った方がいいのかもしれない。

「一人前に働く」とはどういうことか

 そもそも、マタニティー・ハラスメントとは何だろうか。それは、妊娠・出産という事情を抱えた女性労働者を、拒絶したり、排除しようとする行為である。では、なぜ、拒絶したり、排除しようとするのか。「妊娠したら一人前に働けないから」「周りに迷惑をかけるから」といった声がすぐにも聞こえてきそうである。先にふれた広島高裁の判決についても、そうした非難がなされていた。「一人前に働けないくせに権利ばかりを主張するな」というのが、マタニティー・ハラスメントに浴びせられる非難の典型である。だが、「一人前に働く」とは、どういうことだろう。

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筆者

杉浦浩美・埼玉学園大学大学院専任講師

杉浦浩美・埼玉学園大学大学院専任講師(すぎうら・ひろみ) 埼玉学園大学大学院専任講師(労働、ジェンダー、マタニティー・ハラスメント)

早稲田大学第一文学部を卒業後、出版社に入社。編集者として16年間勤務したのち、立教大学大学院社会学研究科に進学、博士課程修了。博士(社会学)。2001年からマタニティ・ハラスメントの調査研究を開始。2009年に刊行した『働く女性とマタニティ・ハラスメント‐「労働する身体」と「産む身体」を生きる』(大月書店)が、この言葉が社会に発信された最初とされている。本書で第30回山川菊栄賞受賞。共著に『セクシュアリティの多様性と排除』(明石書店、2010年)、『なぜ女性は仕事を辞めるのか』(青弓社、2015年)等がある。