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GPIFの株式運用をどう考えるべきか

全ての国民がリスクを負担している年金で、リスク資産による運用は正当化できるか

吉松崇 経済金融アナリスト

 年初来の株価の大幅な下落を受けて、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用成績に関心が集まっている。

 GPIFの運用成績に注目が集まるようになったキッカケは、昨年11月の終わりにGPIFが発表した2015年度第2四半期(7月~9月)の運用成績が約8兆円のマイナス、つまり損失であったことに始まる。

 GPIFは、国民年金と厚生年金の積立金約135兆円(9月末時点での時価評価額)を運用している。これは、これまで国民が支払った社会保険料からの積立金、つまり国民の大切な資産だから、「8兆円の損失が出た」という報道が人々の耳目を集めるのは当然である。なにしろ損失の絶対額が大きい。

考えるべきは「基本ポートフォリオ」の構成である

日経平均株価が一時、前日終値よりも800円超下落したことを示す株価ボード=2016年2月9日拡大日経平均株価が一時、前日終値よりも800円超下落したことを示す株価ボード=2016年2月9日

 だが、損失の絶対額に注目し過ぎると、問題の本質を見失うことになる。そもそも株式で資産運用する以上、株式市場全体が下落すれば損失を被るのは当然である。昨年7~9月期は、中国経済の減速が鮮明になった時期であり、日本のみならず世界の株式市場が下落した。

 GPIFは一昨年、2014年の10月に、それまでの債券主体のポートフォリオを見直して株式投資を増やす決定をしている。この新しい「基本ポートフォリオ」の構成は、国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%である。見直し前のポートフォリオの構成は、国内債券60%、国内株式12%、外国債券11%、外国株式12%、現金5%、であった。

 ポートフォリオの見直しで、株式(リスク資産)の比率を、それまでの内外併せて25%から50%へと倍増したのだ(なお、この「基本ポートフォリオ」の見直しについては、もちろん、賛否両論があり、激しい議論があった。その辺りは、拙稿「GPIF年金積立金運用見直しの不可解-ROEで投資先を選ぶという不思議」上、下、2014年9月10日、11日)をご覧頂きたい)。

 http://webronza.asahi.com/business/articles/2014090900007.html

 http://webronza.asahi.com/business/articles/2014090900008.html

 ちなみに、2015年6月末時点のポートフォリオ構成は、国内株式23.4%、外国株式22.3%、9月末時点では、国内株式21.4%、外国株式21.6%と、いずれも「基本ポートフォリオ」に比べれば株式(リスク資産)の比率が低い(こういう状態を「株式をアンダーウェイトしている」という)。

 GPIFがベンチマークに使っている内外の株式・債券の指数に従って計算すると、仮に「基本ポートフォリオ」通りに運用していた場合の収益率は-5.87%であるのに対し、実際の収益率は-5.59%であった。株式をアンダーウェイトしていたので、損失が予定より少なかった、と評価するのが投資の常識である。つまり、一昨年の10月に見直された「基本ポートフォリオ」を前提とする限り、「8兆円の損失」でもパフォーマンスが悪いとは言えないのである。

 GPIFの運用資産の規模はべらぼうに大きい。135兆円の25%を国内株式で運用すると、その金額は33.8兆円であり、昨年9月末の国内株式の時価総額は527兆円であるので、GPIFの運用額は市場全体の6.4%を占める。このような膨大な投資規模になると、市場全体のパフォーマンスから大きくかい離することはあり得ない。結局、運用成績を決めるのは、「基本ポートフォリオ」の構成である。

 そうすると、2014年10月の見直しが妥当であったのか否か、つまり、年金資金の運用に株式のようなリスク資産の比率を高めることが妥当であったのか否か、という根本問題に立ち返ることになる。

年金積立金運用のリスクは誰が負うのか?

 そもそも、かつては主に債券(そのほとんどは国債)で運用していたGPIFの年金積立金の運用対象を株式(リスク資産)にシフトするという発想はどこからでてきたのだろうか?

 このWEBRONZAで、朝日新聞の松浦新氏が、GPIFを含む公的資金の運用見直しに関する有識者会議で座長を務め、リスク資産を増やすという提言をまとめた伊藤隆敏・政策研究大学院大学教授(当時)にインタビューしている(「国の年金積立金は株式運用を増やしても大丈夫なのか?政策研究大学院大学教授の伊藤隆敏氏に聞く」2014年8月7日)。

http://webronza.asahi.com/business/articles/2014080600007.html

 このインタビューによれば、伊藤氏は、債券から株式にシフトする理由を、「要するに全世界的に国債の金利水準が低いので、これを持ち続けていくのはあまり良くない、と皆気づき始めている。海外の公的年金も、かつては債券が90%くらいであったが、これを10~15年かけて40%くらいにまで下げている。日本でも、インフレ目標を入れて、これから金利は上昇(債券価格は下落)する。GPIFの目的は、許容されるリスクの範囲内で年金受給者の為に運用を改善してより高いリターンをあげることにある」と語っている。

 要するに、インフレ目標が達成されると債券価格は今後下落して大きなロスが生ずる可能性が高いので、許容されるリスクの範囲内でリスク資産に入れ替えて行く、という理屈である。

 GPIFの運用資産が企業年金の「積立金」と全く同じ性質のものであれば、この伊藤氏の理屈は全く正しい。企業年金は積立方式で運用されている。各々の企業年金はリスクを取って独自に積立金運用をしている。

 万一、リスクが顕在化して運用に穴があくと、確定給付型の年金であればスポンサー企業がこれを負担する。スポンサー企業が破綻して負担能力が無くなれば、給付が削減される。確定拠出型の年金であれば、年金受給者の受け取り額が削減される。つまり、そのリスクは、究極的には積立金を支払った年金受給者が負っている。

 だが、GPIFの運用する年金積立金、つまり国民年金・厚生年金の積立金は、企業年金の積立金とは性質が異なる。

 国民年金・厚生年金は積立方式ではなく、賦課方式で運用されている。現在、現役で働いている国民から集められた社会保険料が、そのまま年金受給者に支払われている。過去に国民が支払った年金額が積立金としてプールされて、この運用益が受給者に支払われるという仕組みでは全くない。

 そして、将来支給額が不足すれば、社会保険料が引き上げられるか、税金が投入されることは明らかだ。年金受給者のみがリスクを負うのではない。リスクは全ての国民が負う。つまり、モラル・ハザードが発生しやすいのだ。

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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