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「史上最大のリーク」が広げた波紋

「パナマ文書」ータックスヘイブンの不透明さに大きなメスを入れる調査報道

小林恭子 在英ジャーナリスト

 「タックスヘイブン」(租税回避地)の1つとして知られるパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した大量の金融取引にかかわる内部文書(「パナマ文書」)が世界中に波紋を広げている。南ドイツ新聞などによる4月上旬の初報道以降、多国籍企業、政治家、富裕層などが税務当局からの資産隠し、脱税、資金洗浄に関与している疑惑が出た。複数の国で調査が始まっている。

タックスヘイブンとは

パナマの位置(外務省のウェブサイトから)拡大パナマの位置(外務省のウェブサイトから)

 「タックスヘイブン」については、正確な定義がないと言われている。一般的には所得に対する税金(タックス)が無税か非常に低い税率の国・地域を指し、租税からの「避難地」(ヘイブン)と呼ばれている。

 個人や企業は所在地を課税上有利な地域・国に移すことで本国で利益を圧縮でき、節税あるいは税金を払わなくてもよい状態となる。

 自立できる産業を持たない国は優遇税制により他国から企業を誘致し、会社登記税や印紙税から収入や金融関係における雇用が増えることを期待できる。

 タックスヘイブンで資産や企業を保有し、金融取引を行うのは違法ではないが、銀行の秘密保持によって情報が公開されないため、実体のない会社を設立して税負担の軽減を行う企業・個人もあり、資金隠しを必要とする犯罪、資金洗浄、税金逃れの温床になりやすいと言われている。

 しかし、現在の国際的な金融取引ではタックスヘイブンの利用は欠かせない。

 英ジャーナリスト、ニコラス・シャクソン氏による『タックスヘイブンの闇』(朝日新聞出版)によると、「世界の貿易の半分以上が、少なくとも書類上はタックスヘイブンを経由している。すべての銀行資産の半分以上、および多国籍企業の海外直接投資の3分の1がオフショア経由で送金されている。国際的な銀行業務や債券発行業務の約85%」が、「国家の枠外のオフショアゾーンにある」という。オフショア世界は「われわれのまわりのいたるところにある」のである。(「オフショア」とは本国以外の場所で行われている取引を指す)

モサック・フォンセカとは

モサック・フォンセカが入るパナマ市内のビル拡大モサック・フォンセカが入るパナマ市内のビル

 モサック・フォンセカは1977年、ドイツ人弁護士ユルゲン・モサック氏が創業した法律事務所だ。1986年、パナマ人弁護士で小説家でもあるラモン・フォンセカ氏が参加し、二人は共同創業者として名を連ねる。現在は世界中に40以上のオフィスを持ち、500人のスタッフが働いている。取引先は30万社を超える。

 専門は商法、信託、投資相談、国際業務、知的財産、海事法など。内部文書 http://www.theguardian.com/news/2016/apr/03/the-panama-papers-how-the-worlds-rich-and-famous-hide-their-money-offshore

によれば、同事務所の業務の「95%は『税金逃れのための手段を売る』」ことから生じているという。

 モサック・フォンセカがあるパナマ共和国(人口約390万人、首都パナマシティ=人口164万人)は日本の面積の約5分の1(北海道と同じぐらい)の大きさを持ち、北米と南米の間に位置する。

 16世紀にスペイン人探検家バスティーダによって「発見」された後、スペインの植民地の一つとなり、1821年に大コロンビアの1州としてスペインから独立する。コロンビアから分離独立したのは1903年である。当時、米国にパナマ地峡の通行権を抑えられ、全土に主権がある国家となったのは1999年末だ。

 貿易や船舶輸送の中心地となったパナマはその地理上の位置からオフショア口座を設けるには最適の場所の一つなった。

 南ドイツ新聞によると、モサック・フォンセカはチューリヒ、ロンドン、香港などでペーパー・カンパニーを販売。最低で1000ドルもあれば、名前を伏せた会社をパナマで登記できるという。さらに料金を払えば、架空の取締役を見つけ、これによって実際には誰が会社を所有しているのか、株主はだれか、真の目的は何かなどが外からは一切分からないようになる。同社はこうして作った「数千もの会社」を販売し、運営してきたという。

http://panamapapers.sueddeutsche.de/articles/56febf8da1bb8d3c3495adec/

 流出した内部文書のボリュームと中身

リーク文書の大きさの比較 
これまでのリークで、右がパナマ文書のリーク(南ドイツ新聞のウェブサイトから)拡大リーク文書の大きさの比較 これまでのリークで、右がパナマ文書のリーク(南ドイツ新聞のウェブサイトから)

 パナマ文書は点数にして1150万、ボリュームでは2・6テラバイトに上るほどの「史上最大のリーク」だ。

リーク文書の内訳(南ドイツ新聞のウェブサイトから)拡大リーク文書の内訳(南ドイツ新聞のウェブサイトから)

 1150万点の中で、約480万点が電子メール、約300万点がデータベース形式の情報、約215万点がPDF、約111万点が画像、約32万点が文書、そのほかが約2200点だった。

 ほかの流出情報と比較するとその大きさが実感できる。例えば、内部告発サイト「ウィキリークス」による外交公電文書(2010年)は1・7ギガバイトであった。1テラバイトは1024ギガバイトに相当する。

 2013年の「オフショアリークス」(世界120カ国のオフショア会社と13万人の個人の機密情報の暴露)は260ギガバイト、「ルクセンブルク・リークス」(ルクセンブルクの税務当局が大手企業に優遇課税を行っていたことを示す文書を暴露、2014年)は4ギガバイト、「スイス・リークス」(英銀行大手HSBCのスイス支店が関与した、富裕層顧客による脱税にかかわる書類の暴露、2015年)は3・3ギガバイトであった。

 4月3日から公開された文書はモサック・フォンセカが1970年代後半以降の約40年間に作成されたものだ。

 リーク情報の中には現在あるいは過去の国家元首12人や、国家元首も含めた政治家の関係者60人の名前があった。中国共産党中央委員会習近平総書記の親戚、ウクライナのポロシェンコ大統領、アルゼンチンのマクリ大統領、英キャメロン首相の亡父、パキスタンのシャリフ首相の子供たちの名前もあった。ロシアのプーチン大統領に近い人物が10数億ドル規模の資金洗浄を行っていた疑惑を示すファイルもある。

 500に上る大手金融機関が1万500社近いペーパーカンパニーをモサック・フォンセカに登録していたことも分かった。金融機関側は複雑なオフショア手続きを取ることで税金逃れに加担しているとする疑惑を否定している。

 アイスランドのグンロイグソン首相は英領バージン諸島の会社を購入し、100万ドル単位の投資を行っていたが、これを申告していなかった。資産隠し疑惑が高まり、議会前には数千人の辞任要求デモが発生した。パナマ文書の報道が出てから2日後、首相は辞任を表明した。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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