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女性置き去りの震災支援を問う

女性の視点の防災は、子ども、高齢者、障害者、外国籍住民を支援する上でも有効だ

竹信三恵子 和光大学現代人間学部現代社会学科教授

 熊本地震をめぐり、女性被災者への対応の立ち遅れが報じられている。着替えやトイレの不便、性犯罪への不安など、女性であるがゆえの悩みがあっても、「こんな大変なときにわがままは言えない」と我慢して声を上げられない状態が、避難所などで起きているようだ。

 実は、東日本大震災のときも同様の問題が取り上げられ、女性団体から再三、取り組みが求められてきた。にもかかわらず、なぜ同じ事態が繰り返されるのだろうか。

着替えの際の気兼ねや性犯罪への不安

前地から2週間、避難所となっている体育館では、避難してきた人たちが段ボールや毛布、マットを使って寝起きする生活が続いていた=4月28日、熊本県益城町、写真は一部加工してあります拡大では、避難してきた人たちが段ボールや毛布、マットを使って寝起きする生活が続いていた=4月28日、熊本県益城町、写真は一部加工してあります

 震災の勃発から約1週間後の4月23日、地元の「西日本新聞」に、「避難所、女性の視点を」の見出しで、次のような記事が掲載された。「熊本地震の避難所で、女性であるが故の不便や性犯罪などへの不安が課題となっている。避難所が男性を中心に運営される傾向が強い中で、『女性の視点』を取り入れた支援が求められている」

http://www.nishinippon.co.jp/feature/life_topics/article/240686

 記事ではこれに続き、「避難所のトイレに生理用品を捨てるところがない」(16歳女性)、「仮設トイレは体育館の外で、電灯もなくて怖い」(16歳女性)、「着替えるときは避難所から歩いて15分ほどの家に戻る」(30代女性)、「女性だけの家族なので防犯面から車で生活している」(69歳女性)といった女性被災者の声が紹介されている。さらに同月27日には、「ぜいたくは言えない」と、こうした悩みを押し隠し、我慢を続ける女性被災者たちの姿も伝えている。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/241640

 たとえば、小学校の避難所で暮らす女子中学生(13)は、「着替えは知らない男性もいる教室の隅っこ。家族が布団や服で隠してくれるけど、本当は嫌」と語る。他人同士が狭い空間を共有する中で「着替える間、教室から出てくれ」とは言えないというのだ。

 救援物資には生理用品もある。おむつやティッシュと同じ生活用品に仕分けられ、支給を担当する男性のボランティアからこれを受け取るのが恥ずかしく、ストレスが増すとの声も紹介されている。

 教室の隅で、服で隠しながら授乳をする主婦(33)。救援物資の下着が、年齢やサイズで合わず、それでも我慢することがストレスとなっているという女性もいたという。「着替えや授乳、生理用品を集めた女性専用の部屋が一つあれば、それだけで変わると思う」という女性たちの思いを、記事は紹介している。

東日本大震災の時の体験に酷似

テントが並ぶ避難所で、傘をさして子どもをあやす母親=5月3日、熊本県益城町拡大テントが並ぶ避難所で、傘をさして子どもをあやす母親=5月3日、熊本県益城町

 熊本からの報道を詳しく紹介したのは、そのひとつひとつが、5年前の東日本大震災の時の女性被災者たちの体験にあまりに酷似していたからだ。

 当時、私は「東日本大震災女性支援ネットワーク」という支援グループの共同代表としてメンバーたちと現地を回った。その際に書いたネット記事の一部を紹介してみよう。

 (被災後の)初期は、間仕切りがない平土間の避難所で、着替えや授乳の場所がなく、取材陣が走り抜ける通路の脇で毛布をかぶって着替える女性もいた。政府に間仕切りを支給するよう求める動きが起こり、支給が始まったが、女性の声が抑え込まれた避難所内では積まれたままという例も少なくなかった。「避難所は家族、間仕切りを使うなんて水臭い」と男性リーダーが叱咤(しった)し、使わせてもらえなかったとの声も聞いた。

 避難が長引くと、炊事当番を担当させられた女性たちの疲労が問題化した。1日3食を100人分つくり続け、リーダーに「疲れた」といったら「大変だな、それでは、かっぱえびせんですませよう」と言われた女性もいた。男性が交代するという発想がなかったのだ。化粧水やブラジャーなどの女性特有の必需品について「ぜいたくと思われないか」と言い出せなかったという女性もいた。
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20120305.html

生かされなかった311の体験

避難所の隣にある体育館には、日本全国から支援物資が届いていた=4月30日、熊本県南阿蘇村拡大避難所の隣にある体育館には、日本全国から支援物資が届いていた=4月30日、熊本県南阿蘇村

 防災はこれまで、「男の世界」と考えられがちだった。がれきだらけの現場に急行する筋力勝負のスーパーマンのようなイメージに加え、土木・インフラの復旧に関心が集中し、被災者の生活支援への関心は薄かったからではないか。

 東日本大震災の体験は、そのイメージを塗り替えた。震災が大規模であればあるほど避難は長引く。しかも、多様な人々が避難所で一緒に暮らすことになるため、震災前からあった差別や力関係が、そのまま被災者にかかってくる。ふだんから「自分が我慢しさえすれば」とつらさを飲み込むことの多い女性たちが、被害の回復に必要な環境の改善を訴えにくいのはそのためだ。だから、女性が避難所や対策本部で意思決定にかかわり、声を出しにくい女性たちの声を的確に運営に反映させる取り組みが必要になる。

 そう痛感した女性の支援者たちは、政府や官庁の女性議員、女性官僚たちに働きかけ、女性被災者が安心して着替えたりできるスペースをつくるための大量の間仕切りを避難所に送ってもらったりもした。これらの体験を踏まえて、内閣府男女共同参画局は「男女共同参画の視点からの防災・復興の取り組み指針」を作成した。
http://www.gender.go.jp/policy/saigai/shishin/

 この中では、備蓄、避難所、仮設住宅などのそれぞれについてチェックシートを公開している。「女性や子育て家庭に配慮した避難所の開設」のために「異性の目線が気にならない物干し場、更衣室、休養スペース等」があるか、などのチェック箇所が、そこには盛り込まれている。そうした措置が、今回の震災では十分には生かされなかった。

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筆者

竹信三恵子

竹信三恵子(たけのぶ・みえこ) 和光大学現代人間学部現代社会学科教授

和光大学現代人間学部教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)など。共著として「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

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