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消費税増税の延期は既定路線だった

市場関係者は「国際金融経済分析会合は首相が延期を決断するための仕掛け」とみていた

吉松崇 経済金融アナリスト

増税延期の「お墨付き」

英虞(あご)湾を望む会場で会見する安倍晋三首相拡大英虞(あご)湾を望む会場で会見する安倍晋三首相

 G7伊勢志摩サミットを終えて、安倍首相が来年4月に予定されている消費税増税を2年半延期することを決断した、と報道されている。

 サミットでの経済問題の討議で、首相は「現在の状況はリーマン・ショック前の状況に似ている。危機を繰り返さないように、G7は政策を総動員すべきである」と主張したと伝えられている。各国首脳は、この安倍首相の発言に必ずしも同調しなかったようだが、G7首脳宣言には「世界経済の見通しに対する下方リスクが高まってきている」「金融政策のみでは、強固で持続可能かつ均衡ある成長につながらない」「経済成長、雇用創出及び信認を強化する為、財政戦略を機動的実施する」との文言が入った。

 「機動的な財政戦略」と言うのが増税延期の「お墨付き」である。

 安倍首相のサミットでの「危機をくりかえさないように、政策を総動員すべきだ」という発言に、民進党を始めとする野党が反発を強めているようだ。「アベノミクスはうまくいっている」と言っていたのに矛盾しているじゃないのか?という訳だ。だが、この批判は論理的に弱い。「危機をくりかえさない」というのは将来のリスクの話であり、これまでのパフォーマンスの評価とは別問題である。

 私は、サミット終了後の安倍首相の「増税延期」の表明は、ずっと前から決まっていた既定路線だと考えている。

「国際金融経済分析会合」という仕掛け

国際金融経済分析会合で発言する経済学者のクルーグマン教授。右は黒田東彦日銀総裁拡大国際金融経済分析会合で発言する経済学者のクルーグマン教授。右は黒田東彦日銀総裁
第1回国際金融経済分析会合に招かれた米コロンビア大のジョセフ・スティグリッツ教授拡大第1回国際金融経済分析会合に招かれた米コロンビア大のジョセフ・スティグリッツ教授

 3月中旬から5月中旬にかけて、首相官邸の主催で「国際金融経済分析会合」という名前の会合が断続的に開催された。この会合の趣旨は、サミットの議長国として世界経済の現況に適切に対応する為、内外の有識者を招き、見解を聴取して意見交換を行う、と説明されている。

 この会合に招聘された主だった「有識者」の名前を列挙すると、ジョゼフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授、ポール・クルーグマン・ニューヨーク市立大学教授、デール・ジョルゲンセン・ハーバード大学教授、アンヘル・グリアOECD事務局長、クリスティーナ・ローマー・カリフォルニア大学教授、といった面々である。

 このうち、スティグリッツ、クルーグマンという二人のノーベル経済学賞受賞者は日本でもその知名度は高く、また、以前より日本の消費税増税に対して強く反対していたことでも知られている。実際、彼らが3月にこの会合に出席して消費税増税に反対したことが報道された。

 ジョルゲンセンは、スティグリッツやクルーグマンのような有名人ではないが、計量経済学の泰斗である。彼は、長期的には消費税増税が必要だとしながらも、来年4月の消費税増税の可否を判断するのは時期尚早だ、と述べたと報道されている。

 結局、会合に招かれた前述の有識者のうち、明確に来年4月の消費税増税を支持したのはグリアOECD事務総長だけであった。

 言うまでもないが、これらの有識者が消費税増税に関してどんな発言をするかは、首相官邸は事前に把握している。彼らのこれまでの発言や寄稿、ブログ等をチェックすれば、それは一目瞭然だからだ。

 このことから、株式市場や債券市場の市場参加者は「この『国際金融経済分析会合』は、安倍首相が来年4月の消費税増税の延期を決断するための仕掛けである」と判断して、実際、消費税増税の延期がある程度市場の価格形成に織り込まれつつあったのが、この4月から5月にかけてである。むしろ逆に、安倍首相が来年4月の増税実施を決断すれば、そのほうがサプライズである、というのが市場参加者のコンセンサスであった。

消費税増税をめぐる民進党と自民党のねじれ

 民進党の岡田克也代表は、去る5月18日の党首討論で「消費が力強さを欠いているなかで、もう一度、消費税増税を先送りせざるを得ない状況だ」と述べ、民進党党首として初めて来年4月に予定されている消費税増税の延期に言及した。

 野党第1党の党首が、参議院選挙を目前に控えたこの時期に「増税延期」に言及することは不思議でも何でもない。

 1年半前を思い起こして頂きたい。2014年12月の衆議院解散直前まで「予定通りの消費税増税」を唱えていた民主党は、解散総選挙で大敗した。そもそも与党時代に消費税増税を主張した民主党を母体とする民進党の変節を指弾する人もいるだろうが、増税を主張して選挙で勝てないことは明白なので、これは当然の戦略である。

(前回の衆議院解散総選挙についての私の論評は、拙稿「自民党の圧勝には明白な理由がある!」(2014年12月15日)をお読み頂きたい)

http://webronza.asahi.com/business/articles/2014121500002.html

 それよりも不思議なのは、これまで増税延期を主張していた自民党の議員が「予定通り2017年4月に消費税増税を実施するべきだ」という主張に転換したことだ。

 自民党の有志議員でつくる「アベノミクスを成功させる会」(会長:山本幸三衆議院議員)が、5月19日、安倍首相に対して、「予定通り、17年4月に10%への消費税増税を実施した上で、2016年度に15~20兆円の補正予算を編成、今後3年間で37兆円の財政措置により増税の影響を緩和」するように提言した、と報道されている。(「自民・山本氏ら議連、大規模財政出動付き増税実施提言」ロイター、5月20日)
http://jp.reuters.com/article/ldp-abenomics-idJPKCN0YA35M

 山本幸三氏といえば、そもそもアベノミクスの生みの親とも言える人で、浜田宏一・イェール大学名誉教授や本田悦朗内閣官房参与と並ぶ、安倍首相の経済政策指南役の一人であり、これまで「2014年4月の消費税増税は大失敗であり、2017年4月の消費税増税の延期は当然。できることなら税率を元の5%に戻すべきだ」と主張してきた人である。山本氏を含む自民党有志議員の「増税実施」という主張は何を意味するのだろうか?

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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