メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[4]非正規化・雇用劣化が同時進行する保育現場

地方自治体は保育所の運営から撤退し続けてきた

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

ベテランの臨時保育士

 彼女は、兵庫県のある市の公営保育所に勤務するベテランの臨時保育士である。1999年に採用され、期間6カ月の任期を繰り返し、今年で17年目になる。1日の勤務時間は7時間30分で正規公務員の保育士より15分短い。年収は300万円ほど。

 小さい頃から保育士になることを夢見ていた(注1)彼女は、短大卒業で資格を取得し、宗教法人が経営する私立保育園に正規の保育士として入職した。だが、そこの労働現場はあまりにも過酷だった。残業代もなく、運動会などの行事で勤務しても、けっして取ることのできない代休が与えられるだけ。園のオーナーである理事長は当宗教法人の住職で、その奥さんが園長だった。法事の時は、小坊主よろしく使われた。

注1 2016年春に小学校を卒業した子どもたちに将来就きたい職業を聞いたアンケート調査では、女の子の1位は保育士だった。東京新聞2016年6月30日付朝刊。

 20歳から3年いたその園を「ギブアップ」し、再び、保育士として復帰する心の体力が回復するまでに5年を要した。年齢は28歳、公務員の保育士採用試験の年齢制限のため、受験することさえ許されなかった。

 彼女が初めて保育士になった時から四半世紀が過ぎた2016年の春、「保育園落ちた、日本死ね」というブログの内容に共感が広がった。待機児童問題が深刻さを極めているからだ。認可保育所が足りないのである。そして足りなくなってしまった理由は、保育士が不足しているからである。さらに保育士が足りない理由は、保育士の「非正規化」「雇用劣化」と無縁ではない。

 25年前の彼女がギブアップせざるを得なかった現実は、いまも繰り返されている。

 「若い子の中には、民間の保育所に勤める子も多いけど、やっぱり辞める。それで公営保育所の臨時やパートの保育士になる子も多い。この子たちと話をすると、臨時やパートでいい、むしろいまのままの方がいいという。正規の保育士になって、これ以上の仕事を引き受けたくないようだ」。私のインタビューは、彼女の既視感に満ちた言葉で締めくくられた。

公営保育所保育士の非正規化

 公営保育所(注2)の保育士は、非正規化が進展した典型職種である。

注2 2003年の地方自治法改正により、地方自治体の公立保育所にも指定管理者制度が適用された。同制度の適用により、株式会社、社会福祉法人、NPOなどの様々な団体が公立保育所の管理運営に携われることになった。また指定管理者に雇用される保育士は公務員ではなく民間労働者である。したがって指定管理者が管理運営する保育園は、いわば公設民営保育園である。これに対比して、地方自治体が設置し、正規保育士と非正規保育士を直接地方自治体が雇用して運営する保育園は、(公設)公営保育園と呼ぶこととする。

 地方自治体に勤務する非正規公務員の全国調査は、総務省が、2005年、2008年、2012年、2016年に実施し、本年分を除き、結果を公表している(「臨時・非常勤職員に関する調査結果」)。一方、正規公務員に関しては、毎年、「地方公務員定員管理調査」が実施されている。両調査とも基準日は4月1日である。

 表1「市区町村立公営保育所の保育士数」は、2つの調査から市区町村の保育所保育士の数値を抽出し、正規・非正規で比較したものである。

 正規・非正規割合を追ってみると、2005年時点では正規保育士10万0080人に対して非正規保育士は7万6753人で、割合は正規:非正規=56.6:43.4だった。

 2008年は、2005年比で正規保育士が7,350人削減される一方、非正規保育士は1万1055人増え、両者の割合は、51.4:48.6となり、ほぼ拮抗する。

 そして2012年には、2008年比で正規保育士が6,702人削減され、非正規保育士は1万3618人増え、この結果、正規・非正規割合は45.9:54.1となり、非正規が正規を上回る状態となった。2005年から2012年までの7年間で、公営保育所の保育士は約1.1万人増えたが、その内実は、正規は約1.4万人減り、非正規が約2.5万人に増えたというものである。もはや市区町村の公営保育所では非正規が主たる保育士なのである。

非正規公務員(4)につく表1表1 市区町村立公営保育所の保育士数

基幹化する非正規保育士

 非正規保育士に依存する状況は、地方自治体ごとに異なるものの、都市か地方かに関わりなく発生している一般的な傾向といえる。

 表2は、2012年の総務省の2つの調査を個別自治体ごとに付け合わせ、非正規保育士を100人以上雇用している市区を、非正規保育士割合が高い順番に並べ、このうち上位20団体を抽出したものである。

 最も非正規保育士依存率の高い兵庫県西脇市は、116人の保育士全員が非正規であった(特別職非常勤職員55人、一般職非常勤職員18人、臨時職員43人)。正規公務員の保育士はいない。

 上位3団体は、兵庫県の地方自治体が並ぶ(三田市 非正規保育士依存率91.3%、篠山市同88.1%)ものの、上位20団体は、北海道から長崎県まで広範囲に存在する。

 つまり、公営保育所の保育士の非正規化と依存度合いの高まりは、待機児童が発生し、保育所不足・保育士不足が叫ばれている都会に限ったことではなく、少子高齢化の先端を走り、待機児童問題が顕著には発生していない地方都市においてこそ進展していた。

 非正規保育士は、正規保育士が削減される中にあって、その代替として活用されてきた。代替ということは、臨時職員や非常勤職員と呼ばれ、本来は臨時的業務や補助的業務に従事するはずの非正規公務員が、正規保育士が担ってきた恒常的で本格的な仕事をそのまま引き受けるということである。だから日本のそこかしこで、クラス担任を受け持ち主任格にあるベテランの「臨時」保育士や、人が足りないために常勤として勤務する常勤的非常勤保育士が現れている。

 公営保育所において非正規保育士は、量の上でも質の上でも、基幹職員なのである。

非正規公務員(4)につく表2表2 非正規保育士が100人以上の市区で、非正規保育士依存率が高い上位20団体

保育士の非正規化の進展~骨太の方針と三位一体改革~

 保育士の非正規化はいつ頃から始まったのだろうか。

 そのきっかけは、経済財政諮問会議を舞台にした小泉・竹中構造改革路線にありそうだ。

 2001年の「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(2001 年6月26日閣議決定)、いわゆる“骨太の方針2001”では、保育所待機児童をゼロにするため、「保育所の公設民営化やPFI の導入、保育ママ、幼稚園における預かり保育等多様な保育サービスの拡充などの規制改革を行うこと」が打ち出される。ところが、この待機児童ゼロ作戦は、後に述べるように、保育所数の増加を伴うものではなく、保育所定員や保育所設置基準の緩和を推進しようとするもので、あわせて公設民営化の促進により保育所経費を圧縮するという隠れた意図を持ち合わすものだった。

 2002年の財務省「予算執行調査」では、公営の認可保育所の運営費が、国が定める基準の2.5倍、株式会社に運営を委託する認可保育所は1.3倍であるとした上で、「保育所運営費の大部分は人件費であり…実際の配置保育士数が国基準よりも多いことがあるが、最大の要因は、特に公営保育所の保育士一人当たりの人件費が高いことにある」と指摘し、人件費の抑制、公設民営・株式会社の参入促進を求めた。

 「骨太の方針2001」を受け、厚生労働省は、2002年春、非常勤の保育士は、保育士総数の2割以内でなければならないとする規制を撤廃し、常勤保育士が原則として各クラスに1人以上配置されていればよいとしていたのである。保育士の非正規化の端緒である。さらに、2003年の地方自治法改正により指定管理者制度が導入され、保育所の公設民営に道が開かれ、地方自治体は保育事業からの撤退を始める。

 そして、2004年度から始まった三位一体改革は、公営保育所の保育士の非正規化を促進することになる。それまでは、保育所運営に係る経費は、公立・私立を問わず、保育所運営費という国庫負担金が支出されてきたのだが、

・・・ログインして読む
(残り:約4696文字/本文:約8047文字)