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[30]職場のヘイトと日本型労務管理の危うさ

簡単にはやめられない職場で、いかに社員の思想信条の自由を保障するかが問われている

竹信三恵子 ジャーナリスト、和光大学名誉教授

ヘイトか、トップの表現の自由か

ヘイトハラスメント集会で社内配布された資料を見る人たち=2016年7月23日ヘイトハラスメント集会で社内配布された資料を見る人たち=2016年7月23日

  「こんな異様なことはだれかが止めるはずと我慢していたら、どんどん広がるばかり。パートの自分の仕事なのかと悩んだが、もう自分で動くしかなかった」。勤め先の一部上場の住宅大手、「フジ住宅」を訴えた原告の40代女性は、7月の支援集会で、提訴の時の心境を語った。

 原告の女性によると、働き始めた2002年当時、会社はパート差別もなく働きやすい環境だった。ところが2013年あたりから、業務と関係のない、中国人、韓国人に対する民族差別的な新聞記事や書籍などデマも交えた情報が、毎日のように、会長から約1000人の全社員に配られるようになったという。感想を書いて提出するよう指示も出された。これらを受けて、韓国人批判を自発的に書く管理職なども出てきた。

 2015年5月には、第2次大戦での日本軍の行動を正当化する立場の教科書の採択を目指し、教科書採択の参考にされる住民アンケート記入に社員たちが動員され、原告もその要員に組み込まれた。参加要請指示の末尾に、出たくない人は指定した期日までに上司に申し出るようにという条件はついていたが、要請書を読める精神状態ではなかったため、見落としていた。同僚から国籍のことで直接嫌がらせを受けるようなことはなかったが、業務と無関係なこれらの指示をいさめる幹部もおらず、原告は、不安と会社への不信から仕事に集中できなくなるところまで追い込まれ、同年8月、提訴に踏み切ったという。

 原告側弁護団の村田浩治弁護士は、働き手が安心して働ける環境を保持することを使用者に求めた労働安全衛生法や労働契約法に反する行為とし、ヌード写真を張るなどによって職場の環境を害する「環境型セクハラ」と同様の労働権の侵害だと主張する。

 これに対し、同社から対応を一任されている代理人の中村正彦弁護士は、「会長の主導で出版物のコピーや関係者の書いたもののコピーを社内で配布しているのは事実」と認めつつ、内容は意見発表の範囲で、韓国人の全否定でも原告個人を名指しで攻撃したものでもなく、表現の自由は会長にもある、と反論する。

 また、大量の文書が配布されても、捨てる自由や読まない自由もあり、教科書採択をめぐる動員も、協力を求めただけで、従わなくても不利益はないとする。ヘイトによる労働権の侵害か、トップの表現の自由か、が真っ向から対立する展開だ。

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