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[6]教室を覆う格差と貧困

就学援助を受けて教壇にたつ臨時教員

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

 2012年の日本の子ども(0歳から17歳)の貧困率は16.3%。子どもの6人のうち1人は、貧困世帯の子どもということになる。30人学級であれば、クラスに集う児童・生徒の5人である。子どもがいる現役世帯で、大人が1人のいわゆるシングルマザー・シングルファーザー世帯の子どもの貧困率は54.6%。つまり、一人親世帯の子どもの少なくとも2人に1人は、貧困世帯に暮らす(注1)。

注1 子どもの貧困に関する統計数値は、厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/03.pdf

就学援助を受ける子どもの絶対数は増大

 経済的理由によって就学困難と認められる学齢児童生徒の保護者に対しては,学校教育法19条に基づき、市町村から必要な援助が与えられる。就学援助の対象児童生徒数は、生活保護を受給する要保護世帯の約15万人に加え、市町村教育委員会が要保護者に準ずる程度に困窮していると認める者が約137万人である(いずれも2013年度)(注2)。10年前の2002年度では、要保護者約11万人、準要保護者約 104万人だった。少子化が進んでいるにもかかわらず、就学援助を受ける子どもの絶対数は増大している。

注2 文部科学省就学援助ポータルサイトhttp://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/017.htm

 貧困は見えにくい。だがこれらの数字は、所得格差が広がり、一方の極に確実に貧困が蓄積していることを示す。

進む教員の非正規化と雇用劣化

 さらにもうひとつ見えにくいものがある。教室で教壇に立つ教員の非正規化と雇用劣化の進展である。担任しているクラスのなかの貧困家庭の子どもの親と同様に、就学援助を受けている臨時教員や、生活保護を受給していた非常勤講師もいる。

 彼女は九州地方のある県(以下、「同県」という)の公立小学校に勤務する臨時教員である。2人の子どもがいる。8年前に配偶者と死別。かつて正規教員として4年間、公立小学校に勤務していた彼女は、シングルマザーになって、臨時教員として教育現場に復帰した。

 今年で7年目。そのすべての期間でクラス担任を受け持つ。勤務形態は常勤職で、勤務時間・勤務日数とも常勤職員と同じである。

 朝7時40分に学校に到着して、すぐさま教室に向かい、登校してきた子から順番に宿題をチェックする。8時15分始業。午前中に4コマの授業。12時15分から給食指導。13時 からの昼休み時間帯を使って、気になる子どもの相手をしながら、学級通信などを作成する。13時45分から清掃指導。14時5分から5コマ目の授業を行い、遅くとも16時45分には児童を下校させ、17時には勤務を終える。実働で8時間を超えるが、シングルマザーの彼女にとってはこれが限界だ。クラス担任なのだから職員会議や学年会議に出席することは当然のこと、学校栄養士との給食メニューの打ち合わせ、学校事務職員との打ち合わせのほか、家庭訪問にも出向く。

 給料月額は218,900円。これに残業代に代替する教職調整額や扶養手当などの手当が支給され、ここから公租公課が控除され手取りで19万円強。ボーナスに該当する期末勤勉手当が年2回支給されて年間所得は2,461,600円となる。

 これが正規教員として4年間、臨時教員として7年間勤務してきた彼女の全収入である。他に収入を得る時間的余裕はない。なによりも公務員であるために、兼職制限が掛けられ、臨時教員として働いて得られる所得がすべてである。だがこの金額は、彼女が居住する市の就学援助制度の認定基準(親子3人世帯で年間所得基準額2,628,000円)未満である。彼女が臨時教員としてクラス担任を務めて得られる所得は、市によって、生活保護受給世帯に準ずるほどの低収入だと認定された。

劣悪な処遇であることの要因

 なぜ、これほどまでに劣悪なのか。

 第一に、臨時教員には「昇給」がない。同県の場合だと、有期雇用の臨時教員の月額給料に上限が設定されていて218,900円である。彼女はこの金額に既に達しており、今後、臨時教員として繰り返して任用され経験を積んだとしても「昇給」せず、この水準のままである。彼女と同じ年齢の無期雇用の正規教員は、昇給を繰り返し、標準的には月額給料は360,100円に達している。

 先にも記したとおり、クラス担任を受け持つ臨時教員である彼女の働き方と、正規教員のそれとの間に際立った差異はない。にもかかわらず月額給料の水準は6割程度で、今後、格差はさらに拡大する。このように職務の内容がほぼ同じにもかかわらず、有期か無期かで生じる格差は、公務員には非適用の労働契約法が禁止する「期間の定めがあることによる不合理な労働条件」(労働契約法20条)ではないのか。

「空白期間」という問題

 第二に、法令に根拠のない「空白期間」という問題である。ほぼ1年間の任期の満了時と、再度、臨時教員として採用された始期との間に、雇用されていない期間=「空白期間」が置かれていることである。同県の場合だと、3月30日と31日が「空白期間」に設定され、任期は4月1日から翌年3月29日までとなっている。この「空白期間」の存在により、本人の責任でないにもかかわらず、期末勤勉手当の支給額が減額される。なぜなら、2日の「空白期間」は「欠勤した日」としてみなされ、期末勤勉手当の支給額を算定する際に使われる(勤務)期間率や成績率が割り落とされるからである。

 ただし、同県の勤務期間算定は、まだ「良心的」で、別の県では、「空白期間」を設定することで勤務期間は継続していないとみなし、前年度の勤務実績を6月期の期末勤勉手当の算定に反映しない。つまり実質的に継続して勤務しているにもかかわらず、新規採用された職員と同様に、4月・5月の2カ月分しか勤務していないものとし、前年度の4カ月分は勤務していないものとして捨象され、支給額は本来支給されるべき金額の3割にまで減額される。

 「空白期間」を設定することの不合理は、別の問題としても露呈している。たとえば、社会保険の組合員資格である。同資格は月末の在職状況で決定されるため、「空白期間」があるために3月の1月分だけは、保険料について事業主負担がなく全額自己負担となる国民健康保険等に加入することを強いられる。彼女も一昨年までは、3月期の国民健康保険等の保険料をコンビニエンスストアで支払っていた。

 「空白期間」は雇用されていない期間である。だからといって勤務から解放されているわけではない。同県では、空白期間に2割の臨時教員・非常勤講師が働いているとの調査結果を明らかにした。また非正規の学校事務職員は、年度末の忙しい時期であるために、「空白期間」であっても働かざるを得ない。

 「空白期間」は、多くの地方自治体でいまだに広範に設けられている。このため多くの臨時教員・臨時職員に不合理な不利益が生じている。

教員定数に生じた空白を埋める

 来年度も教員を続けられるのか、どの学校に赴任するのか。臨時教員の最大の関心事項である再任用決定は、新年度がはじまる1週間前の3月25日頃に、現勤務校の校長から「来年度も採用があります」との知らせだけを受ける。1年間の仕事なのか数カ月なのか、時間単位の非常勤講師なのか常勤の臨時教諭なのか、どこの学校なのかもこの時点ではわからない。そして、3月30日になって、勤務することになる校長または教育委員会から「○○学校です」との電話がある。新年度が始まるわずか2日前である。4月1日に勤務校に赴き、はじめて担当する学年を知ることさえある。

 学校ごとの教員定数は児童・生徒数で決まる。「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(以下、「標準法」)第3条は、学級編制の標準として、ひとつの学年の児童・生徒で編制する学級は40人、ただし小学校1年生の学級は35人と定める。次年度の児童数・生徒数からクラス数の見込みが決定するのが毎年2月初旬。異動する教員の配置先、退職する教員と新規採用される教員の当てはめなどの作業が終了するのが3月。そして埋めるべき教員定数の「空白」が生じると、次年度も採用されることを希望する臨時教員に声がかかる。このようなことが毎年繰り返される。つまり任期1年の臨時教員は、次年度も教員を続けられるのかという不安を、毎年、年度末まで抱えることになる。

 さらに新年度において児童・生徒数が見込みどおりに集まらず、教員定数に欠員が生じないことが判明した場合は、発令を受け配置された学校で、新学期早々雇止めされる。

 臨時教職員には、正規職員に与えられている身分保障が適用されない。このため、条例で特に定めていない限り、雇用期間中であっても、使用者の任意で一方的に解雇されうる立場にある。

 だが、雇用側はさらに巧妙だ。後々に問題を発生させないために、「解雇」せずに自己都合退職とするため「退職願」を書かせているという事例も、別の県では発生している。

 臨時教員は最長でも同じ学校に3年間。通常は1~2年である。ところが例外的に、学校長から、あるクラスの担任を引き受けてくれるのであれば、同じ学校での継続勤務を認めるとの話があったこともある。なぜならそのクラスは授業が困難で、正規教員が行きたがらない、担任をしたがらないクラスだったからである。また、いわゆる困難校では、正規教員の間でのメンタルヘルス上の病休者が多く、かつ正規教員は、このような学校への異動を希望しないため、結果的に臨時教員が多くなる傾向にある。

 臨時教員の採用基準は不明朗で、上記のように学校長の裁量が大きいように考えられる。したがって臨時教員は、職をつなげるために上記のような申し出を断ることはできない。

 臨時教員は、教員定数というもうひとつの「空白」にさいなまれているのである。

定数内臨時教員

 彼女のような立場の臨時教員は、全国の公立小・中学校に増大してきている。

 文部科学省の調査では、実数ベースで、2005年5月1日現在、臨時教員(常勤講師)が48,339人、非常勤講師(時間講師)が35,966人、合計の非正規教員が84,305人、全教員に占める非正規率は12.8%であったが、2008年には非正規教員は10万人を突破し、そして2013年度には、正規教員584,801人に対し、臨時教員が63,695人、非常勤講師が52,050人、非正規教員合計115,745人で非正規率は16.5%となった。つまり公立小中学校に勤務する教員の6人に1人は非正規教員なのである。

 先にも指摘したとおり教員の定数は標準法に基づき定められるが、同法に規定する定数上の教員を臨時教員によって代替する例が常態化している。このため臨時教員は、非正規でありながら、「定数内臨時教員」と表現されている。

 上記の実数ベースの非正規教員を標準法に定める「定数ベース」に置き換えるには、臨時教員の実数から産休・育休代替等の臨時教員を除外しなければならない。こうして求められる定数内臨時教員数は、2001年度は24,296人だったものが、5年後の2006年度には32,424人となり、10年後の2010年度には40,032人にまで増加、そして入手できる直近データの2012年度は41,742人となっている。2001年度比で17,446人、1.7倍となり、標準法上の定数に占める割合も7.1%まで拡大した。

図1 公立小・中学校の正規教員と非正規教員の推移(2005~2013)

注1)各年度5月1日現在の校長、副校長、教頭、主幹教諭、指導教諭、教諭、助教諭、講師、養護教諭、養護助教諭及び栄養教諭の数。
注2)県費負担教職員に加え、市町村費で任用されている教員(教諭、非常勤講師等)を含む。
注3)「非常勤講師(実数)」の数は、勤務時間による常勤換算はせず、5月1日の任用者をそれぞれ1人としてカウントした実人数。
注4)「臨時的任用教員」には、標準法定数の対象外として任用されている産休代替者及び育児休業代替者が含まれている。
出典)文部科学省初等中等教育局財務課調べ

 このような非正規教員の増加の背景には、文部科学省が第7次定数改善計画(2001年~05年)で少人数による授業等の加配措置を取ったことがある。それまで1クラス40人を標準としていた学級編成を2001年から都道府県レベルで弾力化し、

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