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東京オリンピックの競技会場見直しは当然可能だ

コストとリスクの負担者が決定権を持つ。それがビジネスの常識である

吉松崇 経済金融アナリスト

国政以上に注目を集める小池都政

村井宮城県知事と長沼ボート場を視察し、笑顔を見せる小池都知事=宮城県登米市拡大村井宮城県知事と長沼ボート場を視察し、笑顔を見せる小池都知事=宮城県登米市

 一向に盛り上がらない国会の論戦に比べて、このところメディアの注目を集めているのが東京都の築地市場の豊洲への移転問題と、2020年東京オリンピックの競技施設の見直し問題である。

 都知事選で「都政の見える化」を掲げて当選した小池都知事は、選挙公約どおり、「いったん立ち止まって考える」と豊洲への移転を延期し、また、9月末に公表されたオリンピックの経費が3兆円を超えるとの東京都の試算を受けて、競技施設の見直しを進めることを表明した。

 各種の世論調査によれば、この二つの問題に対する小池東京都知事のこれまでの取り組みへの支持率は80%を超えている。

 築地市場の移転問題では、都知事が移転の延期を表明した後で、東京都のこれまでの説明と実態との齟齬(そご)が判明したり、地下空間のたまり水から汚染物質が検出されたり、まったく想定外の事態が発生しており、今後の展開が見通せない難しい問題になってしまった。

 一方、東京オリンピックの競技施設の見直しについては、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会や、施設の見直しの対象となる競技団体が反発しているが、この問題は実は見かけほど難しい問題ではない。ふつうのビジネスの常識で判断できる簡単な問題なのだ。

コストを負担するのは東京都民

記者会見する小池百合子都知事拡大記者会見する小池百合子都知事

 麻生財務大臣が、10月11日の閣議後の記者会見で、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催費用が当初の見積もりを大幅に上回る可能性について、「東京都とIOCで協議してもらう問題だ」「東京五輪であって『日本五輪』ではない」と述べ、国の費用負担に消極的な姿勢を示した、と報道されている。

 この報道に驚かれた方も多いだろうが、これは財務大臣としては、じつにまっとうな発言である。

 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を決定した都市協定にサインしているのは、東京都とIOCであり、日本政府はこの協定にサインしていない。また、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の出資者は東京都が97.5%、JOCが2.5%であり、ここにも日本政府は直接関与していない。

 つまり、日本政府は東京オリンピック・パラリンピックの当事者ではないのだ。

 だから、日本政府は、一部の例外(例えば、国立競技場の建設費の国の負担部分)を除いて、特段の費用負担(予算措置)をそもそも考えていない。ちなみに、2012年ロンドン大会では、ロンドン市とイギリス政府がともに組織委員会に出資しており、開催費用も両者が負担している。

 リオ・オリンピックの閉会式で、安倍総理がマリオに扮して話題となったが、あれは日本政府による「ただ乗り」なのである。

 もちろん、内閣にはオリンピック・パラリンピック担当大臣(現在は丸川珠代氏)がいる。だがその仕事は日本政府と東京都及び組織委員会の間の調整役である。予算措置がないのだから、調整役以上の権限もない。

 要するに、2020年東京オリンピック・パラリンピックの費用のほとんどを負担するのは東京都であり、東京都民である。したがって、東京都及び東京都知事が開催費用の見直しに強い発言権を持つことは、当然なのである。

これは典型的な「プリンシパル・エージェント問題」だ

 ずでに見た通り、組織委員会には東京都が97.5%出資をしているので、これは東京都の子会社である。ところが、東京都がこれまでこの子会社をちゃんとグリップしていないので、開催費用がうなぎ登りになるような事態が発生している。

 組織委員会の森喜朗会長は、いわば東京都の子会社の会長である。その人が、東京都による開催費用・施設の見直しに反発しているというのだから、これは実におかしな話である。そもそも株主である東京都のために働いてもらわないと困るのである。

 このように、経営者(エージェント=代理人)が、株主(プリンシパル=本人)の利益をないがしろにして、自分の利益もしくは他者の利益のために働くような事態が、ビジネスの世界でもしばしば発生する。

 経済学では、この問題を「プリンシパル・エージェント問題」と呼ぶ。

コストとリスクを負担するのは誰か

 森元首相は、もともと文教族の政治家であり、筋金入りのスポーツ振興議員である。だから、森氏が出来る限り競技団体の意向を尊重したいと考えることは心情としては理解できる。また、競技団体が、出来るだけ利便性が高くて多くの入場者が期待できる施設で競技を行いたいと考えるのも当然である。

 だが、競技団体が施設コストを負担するわけではない。

 このような問題が発生したそもそもの理由は、株主である東京都(プリンシパル)が、組織委員会とその経営者(エージェント)をしっかりモニターして、予算管理をちゃんと行っていないがために発生した問題である。

 小池都知事がやろうとしているのは、この事態を是正して、プリンシパル・エージェント問題を解消しよう、ということであり、コストとこれが膨れ上がったリスクを負担する東京都としては、あまりにも当然の行動であり、ビジネスの常識だ。

IOCは東京都の意向を尊重せざるを得ない

 東京オリンピック・パラリンピックの開催計画の見直しには、IOCの承認が必要である。森氏は「IOCの理事会でいったん決まったことを覆すのは難しい」という。

 はたして本当にそうだろうか?

 私は、東京都が提出する開催計画の見直しがリーズナブルなものであれば、IOCがこれを拒絶することはあり得ないと思う。IOCが、80%を超える支持がある小池都知事との間で、事を構えるリスクを取るとは思えないからだ。

 「開催費用の問題で東京都とIOCがもめている」という事態が発生すると、これは2024年以降のオリンピック招致を考えている都市の動向に影響を与える。

 とりわけ先進国では、オリンピック招致に手を挙げる都市が減少している。実際、市民の反対運動で招致を断念した都市も多い(2024年大会について、既にボストン、ローマ、ハンブルクが招致活動から撤退している)。

 小池都知事はこうした事情を熟知しているようだ。10月7日の記者会見で「IOCのバッハ会長も、経費がどんどん膨れ上がるということになると、オリンピックのサステイナリティ(持続可能性)を懸念されるのではないか」と述べている。IOCは小池都知事の意向を尊重せざるを得ないだろう。

いったん決まったことは変えられない?

 そもそも、2020年に東京でオリンピック・パラリンピックを開催すると決めた以上、東京都が競技会場をどうしようが、IOCがこれをくつがえすことは難しい。いまさら他の都市に持っていくことが出来ないので、IOCにバーゲニング・パワーがないからだ。

 「いったん決まったことを変えられないので、予算をいくらでも使え」というのが森元総理の意向のようだが、「東京に決まってしまった以上、予算を削る方策はいくらでもある」ということに気が付かない人が政治家なのだから、日本の財政赤字がどんどん膨らむのも当然である。


筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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