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[1]デジタル時代を生き残るメディアとは

「世界出版エキスポ2016」現地リポート

小林恭子 在英ジャーナリスト

 毎年恒例の「世界出版エキスポ」(世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA=主催)は、新聞印刷業界による世界最大規模の見本市で、今年は10月10日から12日の3日間の予定で開催された。

 会場となったウィーン・メッセには、約69カ国から4000人余の印刷機械メーカー、新聞、広告、ネットメディア関係者が集まった。ネット時代の生き残り策の実践例やトレンドを2回に分けて紹介してみたい。

カナダの「ラ・プレス」ータブレット型新聞で独自の位置を築く

 凝ったデザインのタブレット型新聞を2013年に立ち上げたのが、カナダ・モントリオールに本社を置くフランス語新聞「ラ・プレス」だ。

 目を見張るような美しい画面が特徴的だが、画期的なのは収入を広告のみに依存し、すべてを無料で閲読できるようにした点だ。

 アプリをダウンロードすると、毎日、新しいバージョンがダウンロードされる。平均読者の数は25万人を超え、タブレット版導入前の紙版の発行部数約20万部を凌駕した。

 ウェブサイトやスマートフォンでも、ラ・プレスのコンテンツは閲読できるが、読者はタブレット版に移動している。思わず記事を読みたくなる画面構成や好感度の高い広告などが功を奏したと言われている。

 カナダ人のタブレット所有率は2014年時点で約50%に達し、現在は60%を超えたと予想されている。この点もプラス版普及の追い風になったようだ。

 当初は紙版の日刊紙と並行してタブレット版を発行してきたが、今年1月からは土曜日版(有料)をのぞき、他の曜日の印刷版の発行を停止するまでに至った。

ラ・プレス+(プラス)の画面拡大ラ・プレス+(プラス)の画面

ラ・プレス+(プラス)の画面拡大ラ・プレス+(プラス)の画面

 創刊から3年後の現在、ラ・プレス・プラスはどこまで成長したのか。

 エキスポ2日目のセッションで登壇したのが同社の財務担当取締役(COO)ピエールエリオット・レバスール氏。タブレット版創刊の中心人物だ。

ラ・プレス社のレバスール氏(WAN-Ifra提供) 拡大ラ・プレス社のレバスール氏(WAN-Ifra提供)

 ラ・プレス・プラスの誕生についてはこれまでにも様々な媒体で紹介されてきたが、創刊にかかわった人物の生の声には説得力があった。

 レバスール氏によると、「プラス」を打ち出すきっかけになったのは、広告収入の激減だった。「2006年から11年までの5年間で、広告収入は63%落ちた」という。

 読者の高齢化も懸念だった。

 「社会全体に大きな影響を与える言論機関でなくなれば、存在意義を失う。広告主から魅力的な存在とみなされなくなる。このままではラ・プレス紙は消えていってしまう」

 経営幹部は大きな危機感に襲われた。

 「15年前、ウェブが登場した時のことを思い出してほしい」、とレバスール氏は会場に呼びかける。プレゼンテーション用の大型スクリーンには海原を航海中の豪華な客船が映し出される。

 「今まで私たち出版社、それに広告主、読者がこの豪華客船に乗っていた。シャンパンを飲み、歌ったり踊ったりしていた」

 写真下方にあるのが小さな高速ボート。「そこに登場してきたのがウェブ、つまりこの高速ボートだ」。豪華客船が生み出した利益で、高速ボートは動いてきた。

タブレットを使ってまったく新しい製品を作る

 「今やウェブをモバイル機器で見る時代になったーもっと小さな船だ。ここで、私たち出版社はなんとかして、豪華客船に乗っていた広告主や読者をウェブやあるいはモバイルの小さな船に移動させなければならなくなったーどうしたらいいのか?」

 ラ・プレス社の経営幹部は「新しいプラットフォームを作るしかない」という結論に達した。

 紙の新聞のように読者がじっくり読んでくれるプラットフォーム、ラ・プレスという新聞のブランドが生かせるプラットフォームは何か?

 答えはタブレットを使ってまったく新しい製品を作ることだった。

 当時、ラ・プレスが流通する地域ではタブレットの導入率は十数パーセントだったが、経営幹部はこれに賭けてみることにした。

 3年と半年にわたり、4000万カナダ・ドル(約33億円)の予算で新規プロジェクトに取り組んだ。念入りな市場調査を行い、スタッフの研修にも時間をかけた。

市場調査に力を入れた

 特に力を入れたのが2年間の市場調査だ。どんな広告に読者はどんな反応を示すのか、購買行為にどのようにつながるのかを徹底的に調べ、何度もテストを重ねた。

 13年に「創刊」となった日刊のタブレット新聞「プラス」は、無料で閲読できるようにした。レバスール氏によると、ネットで無料でニュースを読むことに慣れきっている若者層は、「我が社が作るようなコンテンツにはお金を払わないだろう」と思ったからだ。

 タブレット版の毎日の購読者は25万人を数える中で、13万人は紙で定期購読をしていた人。5万人はかつて紙で購読していたがやめてしまい、戻ってきた人。7万5000人は新規の購読者だ。読者の年齢層は20代半ばから50代半ばで、最も購買力の高い層だ。

 CPM(1000回表示あたりの広告コスト)を、ウェブ版よりも高くしており、ラ・プレス社の収入の82%が広告から発生するようになった。広告収入の70%はタブレット版が生み出した。営業利益も300万カナダドル分、増加した。

タブレット型新聞のノウハウなどを販売する企業も立ち上げた

 ある日のバージョンを見てみると、ロレアルなど化粧品会社の口紅を売る広告では、読者が画面上で指をスライドさせることで様々な色の口紅を選べるようになっていた。

 プラスに掲載される広告を好むと答えた読者は80%以上に上るという。

 ラ・プレス社では、タブレット型新聞のノウハウや、広告の出し方の工夫を他社に販売する企業を立ち上げている。より小さな画面のモバイル機器にどう対応するかも現在、研究中だという。

 入念な市場調査の後のかけが当たった例と言えよう。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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