「忘れられた人々」は共和党に使い捨てにされるのではないだろうか
2016年11月15日
ほぼすべての世論調査とマス・メディアの事前の予想を覆して、ドナルド・トランプ氏が大統領選挙で勝利を収めた。
驚くべきは、トランプ氏は、大統領選挙の帰趨(きすう)を決するといわれる、いわゆる「スイング・ステート(Swing States)」3州、ペンシルベニア、オハイオ、フロリダのすべてで勝利したのみならず、ウィスコンシン、インディアナ、ミシガンという五大湖を囲む「ラスト・ベルト(Rust Belt)」と呼ばれる工業地帯のほぼすべての州を制したことだ(注)。
注:本稿執筆時点でミシガン州の最終結果は公表されていないが、集計経過を見ると、同州でもトランプ氏の勝利は確実であろう。
そして、これこそがトランプ氏勝利の理由である。
ペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、インディアナの諸州は、かつて、自動車産業や鉄鋼産業の工場が集積し、労働組合に組織された工場労働者が多く住む民主党の牙城(がじょう)であった。
この地域こそ、グローバリゼーションに伴う工場の海外移転のダメージを最も大きく被(こうむ)った地域である。工場の閉鎖に伴ってレイ・オフされた白人労働者は、再就職出来ても労働組合の保護がなかったり、あるいは非正規の雇用であったりして、所得が大きく減少している人々が多い。
また、現在は労働組合に保護された正規雇用のミドルクラスの人々の中にも、職を失う不安を抱えた人が多くいることは想像に難くない。
トランプ氏勝利の最大の要因は、TPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)に代表される自由貿易と不法移民がアメリカ人の雇用を奪っていると非難して、この階層の人々を、トランプ氏と共和党の支持者に仕立てあげることに成功したことであろう。
民主党は、グローバリゼーションの進展で、労働組合に組織された白人労働者層という支持基盤を失い、共和党にはもともと自由貿易推進論者が多く、この人々に目を向けて来なかった、というのがこれまでの実情である。
つまり「忘れられた人々」であった。
ここに目をつけたトランプ氏の政治センスは端倪(たんげい)すべからざるものがある。
それでは、トランプ大統領の誕生で、この階層の人々は救われるのであろうか? トランプ大統領の誕生で考えられる経済政策を手が掛かりに、この問題を考えてみたい。
選挙戦が非難合戦に終始したために、大統領候補の政策が詳しく報じられることが少なかったのだが、もちろん、トランプ氏もその経済政策構想を発表している。
簡単に整理すれば、(1) 法人税と個人所得税の大幅減税、(2) インフラ整備を含む公共投資の拡大、(3) 規制緩和ーとりわけ金融規制(トッド・フランク法の廃止)と環境規制、(4) 保護貿易ーTPPへの反対、NAFTAの見直し、(5) 2,500万人の新たな雇用の創出、3.5%(年率)の経済成長、こんなところであろう。
このうち、マクロ経済政策として重要なのは、(1)と(2)である。これは、1980年代のレーガン大統領時代の経済政策にそっくりである。
レーガノミクスでは軍事支出であったものが、ここではインフラ整備に置き換わっているだけだ。(1)と(2)が実現すれば、大幅な財政赤字を生むことは間違いないであろう。
財政赤字といえば、オバマ政権時代の連邦債務上限問題が想起される。2011年の夏に共和党が財務上限の引き上げに反対して、連邦政府の機能が一部停止したことがあったが、いくら共和党に小さな政府の信奉者が多いといっても、共和党の大統領に刃を向けるかどうかはわからない。
それに、「インフラへの投資」はヒラリー・クリントン氏も公約に掲げていたものであり、民主党系の経済政策ブレーンの重鎮、ラリー・サマーズ氏の持論でもある。民主党の協力が得られるかもしれない。
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