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ドル、ユーロ、そしてRMB(元)の行方は

いずれ三大通貨の時代がやって来るだろう

榊原英資 青山学院大学特別招聘教授、エコノミスト

ドル本位制から変動相場制へ

 第2次世界大戦を経て世界のスーパーパワーになったアメリカは、USドルを金にリンクし、金・ドル本位制をまず確立したのだった。1945年から1971年まで、アメリカは金1オンスを35USドルと結びつけることによって、つまりいつでもUSドルをこのレートで金と交換することを約束することによって、USドルを世界の基軸貨幣にしたのだった。

 しかし、1971年、いわゆるニクソン・ショックによって、金とUSドルのリンクは断たれ、金ドル本位制は終焉(しゅうえん)し、ドル本位制の世界がつくられていったのだった。戦後のアメリカの圧倒的な経済力は、金のバックなしにドルを基軸通貨として通用させることを可能としたのだ。

 しかし、USドルが金とのリンクを絶たれたことによって、金・USドルを軸とする固定相場制は崩れていくことになる。周知のように1971年8月15日までは、1USドルは360円に固定されていったが、ニクソン・ショックによってそれが崩れてしまったのだった。

 その後、先進各国はアメリカのスミソニアン博物館で会議を開く等して、固定相場の相対的レートを変更し、固定相場を維持しようと努めたが成功せず、1973年には変動相場制へ移行することになっていったのだ。

 1ドル360円だった円は次第に上昇し、200円台からさらには100円台に、そして1995年春にはついに1USドル80円を割ってしまったのだった。

 さすがにこのレートには日本もアメリカも危機感を持ち、協調介入等を繰り返し、95年末までには1USドルを100円台まで戻すことになった。

国際金融局長として円高・ドル安是正を実現

衆院予算委員会で金融問題をめぐる新進党議員の質問に対し、反対の答弁に立つ大蔵省国際金融局長の榊原英資さん拡大衆院予算委員会で金融問題をめぐる新進党議員の質問に対し、反対の答弁に立つ大蔵省国際金融局長の榊原英資さん

 この時期、筆者は大蔵省(現財務省)の国際金融局長(現国際局長)、アメリカ財務省の国際問題担当の次官ローレンス・サマーズ(後に財務長官・現在はハーバード大教授)等と協力して円高・ドル安是正を実現したのだ。日本が極端な円高を修正しようとしただけではなく、アメリカもドル安を逆転させようとしたのだった。

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筆者

榊原英資

榊原英資(さかきばら・えいすけ) 青山学院大学特別招聘教授、エコノミスト

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶応義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学教授。近著に「フレンチ・パラドックス」(文藝春秋社)、「ドル漂流」「龍馬伝説の虚実」(朝日新聞出版) 「世界同時不況がすでに始まっている!」(アスコム)、「『日本脳』改造講座」(祥伝社)など。

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