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[7] 基幹化する非正規図書館員

職務無限定=ジェネラリスト型人事運用の限界

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

 彼女は、関東のある公立図書館に30年以上勤務する正規公務員のベテラン司書である。

 その自治体で誰よりも図書館を知っている彼女は、昨年、ある決断をした。人事課に対し「正規職員を減らしても良い」と告げ、その代わりに、有期雇用だがフルタイム勤務の臨時職員を採用することにしたのである。

書庫の整理をする人たち=前橋市の群馬県立図書館
 正規を非正規に置き換えるという奇策は当たった。図書館の業務がスムーズに回り始めたのである。なぜなら4人採用された臨時職員は、皆、司書資格を有し、他の自治体の図書館での勤務経験が豊富で、図書館員としての「当たり前」(注1)を身に着けていたからである。確かに無資格の正規公務員でも、図書館について勉強し、図書館員としての「当たり前」を身につける職員もいる。ところが、役所内の人事ローテーションで図書館に異動してくる一般行政職の正規公務員の多くは、司書資格を有さず、異動だからと仕方なく図書館に勤務し、図書館員としての「当たり前」を臨時職員から教わりつつ、カウンターで利用者への対応に追われる。そして2~3年後には他部署へと異動する。

(注1)彼女によると、図書館員としての「当たり前」とは、「資料を知り、利用者の要求を知り、両者を結びつける」という図書館員の基本を認識していること、「図書館資料」に最低限の知識と関心を持ち、「利用者の要求」を知るために様々なメディアにアンテナを巡らせること、「図書館の自由に関する宣言」を心に刻んでいること、図書館をめぐる様々な動きや他の図書館の動向に関心を持つこと、なのである。

 問題は、異動先としての図書館という空間が、役所内でどのように位置づけられているかである。

 昨年から始まった職場でのストレスチェックで、彼女は保健相談を受けることになった。担当した保健師は、その役所の精神保健全般の相談を受け持っていたのだが、彼女が出向いた時の保健師の言葉が忘れられない。

 「図書館、大変ね。ごめんなさいね」。

 一定の数少ない専門職・資格職を除き、日本の公務員の人事制度において、正規公務員とは職務無限定のジェネラリストで、職業人生の中で何回も異動を繰り返し、さまざまな職務をこなすことが前提とされている。ところがどの組織にも、さまざまな事情で異動に耐えられない職員、最低限の職務を「当たり前」にこなせない職員が一定割合おり、しかも堅牢な身分保障の公務員人事制度では安易な取り扱いは慎まなければならず、したがってこのような職員の「待避所」を常備しておく必要がある。多くの自治体で、図書館はこれら職員の「待避所」に位置づけられ、そして「待避所」に入った職員は、そこから異動しない。彼女のストレスの原因は、こんなところにもあった。

1. 図書館の臨時・非常勤職員、非正規労働者

 さまざまな公共サービス分野のなかでも、図書館は非正規化が進んだ典型例である。

 公益社団法人日本図書館協会が毎年調査している『日本の図書館』の各年版から、図書館職員の非正規化の状況を見てみよう。

 表1は、公立図書館に勤務している専任職員(地方公務員の常勤の正規職員)、臨時・非常勤職員、委託派遣職員(指定管理者や委託業者の職員)の人員について、1991年から2015年までを概観したものである。表2は、表1を基礎に公立図書館に勤務する専任職員、臨時・非常勤職員、委託派遣職員の割合をそれぞれ求めたものである。

 まず表1によれば、公立図書館に勤務する専任職員は、1991年度に13,631人だったものが、1998年度にピークを迎えて15,429人となったものの、ここから反転して減少し、2015年度には10,485人になり、まもなく1万人を割り込もうとしている。一方、臨時・非常勤職員は、1991年度の3,345人から一貫して増え続け、2001年度には1万人を超え、2015年度には16,565人となっている。特に町村立図書館での配置が顕著で、1991年度の583人からピーク時の2004年度には2,942人へと約5倍に膨らんだ(その後、市町村合併で町村自治体そのものが減少する)。

 市区立図書館の臨時・非常勤職員は、1991年度の2,456人から2015年度には13,675人となり、5.5倍以上に増加している。一方、市区立図書館の正規の専任職員は1991年度に10,417人だったものが、ピーク時の1998年度に11,514人と約千人増えたものの、ここから減少して2015年度には8,203人となった。

 専任職員と臨時・非常勤職員を対比する(表2)と、2006年度に50:50になり、2015年度には正規職員比率は4割を割り込み、39:61と逆転している。2015年度の状況を設置自治体階層別にみると、都道府県立の割合は64:36だが、市区立では37:63、町村立では28:72となっている。特に町村立では1998年度にすでにその割合は逆転していた。1998年度とは、公立図書館に勤務する専任職員数が最も多かった年で、この時点で町村立図書館では臨時・非常勤職員を主たる担い手とする体制に移行していたのである。

 日本図書館協会では、2005年度より、指定管理者や委託業者による運営体制についても調査・公表している。表2のカッコ内は、指定管理者等の事業者に雇用される委託派遣職員の数字も含めて算出した割合である。2015年度は、専任職員の割合が3割を割り込み、専任職員28:臨時・非常勤職員44:委託派遣職員28という割合で、公立図書館の運営体制においては、専任職員は主たる担い手の地位をすでに失い、一般的に非正規労働者といわれる臨時・非常勤職員と、間接雇用の委託派遣職員が7割以上を占める体制に移行している。

 委託派遣職員の増加は市区立図書館で特に著しく、2005年度から2015年度の10年間で3倍以上になっている。そしてこの間の推移をみると、図書館員に占める臨時・非常勤職員の構成割合はほぼ一定で、専任職員の削減分を委託派遣職員の増員によって賄っているといえる。つまり、図書館業務を委託または指定管理者制度に移行することにより、正規職員たる専任職員を図書館から撤退させてきているのである。


2.急速に進む図書館の非正規化

 図書館員の非正規化は急速に進んだ。これも図書館という公共サービスの特徴である。

 総務省労働力調査では、全国の全労働者における非正規割合は、1991年ではいまだ2割未満。3割を超えるのが2003年で、12年を要している(表3参照)。そして2015年に初めて、月によっては4割を超えたといわれる。すなわち日本の雇用労働者のほぼ5人に2人は非正規労働者なのであり、その劣悪な労働条件とあいまって、日本はワーキングプアを構造化した格差社会となっている。

 そうなると図書館の状況は、もっと深刻ということになる。

 公立図書館では、1991年は全雇用労働者と同様に非正規割合は2割未満だったが、1990年代前半に非正規割合を急速に拡大し、3割を超すのが1996年で5年しか要せず、さらに5年後の2001年には4割を超えた。

 民間の雇用労働者では、非正規割合が2割から約4割になるまでに25年を要したものが、図書館ではわずか10年である。

 図書館とは急速に非正規割合を高めた公共サービス分野であり、

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