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国会承認後にTPPはどうなるのか?

米国が抜けても今のままで問題ない。米国抜きのTPPは米国を取り込むための装置だ

山下一仁

トランプ氏の翻意はありえない

トランプ次期米大統領(右)と会談し、握手する安倍晋三首相=11月17日、ニューヨーク、内閣広報室提供拡大トランプ次期米大統領(右)と会談し、握手する安倍晋三首相=11月17日、ニューヨーク、内閣広報室提供

 トランプ次期米大統領の離脱宣言で、環太平洋経済連携協定(TPP)の発効は困難となった。安倍総理は国会承認を材料としてトランプ氏を説得すると言うのだが、それが不可能なことは、トランプ氏の大統領選挙中の発言や最近の行動から明らかだ。

 トランプ氏を大統領に押し上げたのは、〝雇用〟である。大統領選挙中に主張した、メキシコ国境に壁を作ると言う移民対策も、TPP離脱やNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉という貿易政策の見直しも、雇用の確保・増進のためである。

 当選後は、TPP離脱表明だけではなく、メキシコへの工場移転を取りやめた企業を称賛したり、環境保護庁を訴えたりした環境規制反対派を同庁の長官に任命して、企業活動をしばり雇用を減少させている(job-killing)環境規制を見直そうとしたりしている。これらも、雇用の確保のためである。

 安倍総理や駐米日本大使がいかに理を尽くしてTPPの経済的・地政学的な重要性を訴えたとしても、トランプ氏は聞く耳を持たない。それを聞くようだと、トランプ氏は支持者を裏切り、自己の支持基盤を破壊することになる。

理性的な説得や対話は通じないーこれまでと違うアメリカ

 ビジネスマンなのでトランプ氏が考えを変えるはずだといまだに言う日本の経済人がいるが、今、アメリカで何が起きているのかをわかっていないようである。

 大統領選でバニー・サンダースやトランプ氏の反自由貿易の主張が多数のアメリカ人の賛同を得た。これに、私の恩師でもある著名な国際経済学者のアラン・ディアドルフ・ミシガン大学教授は、大衆は我々のような専門家の意見を聞かなくなっていると嘆いていた。人種差別問題も含め、理性的な説得や対話が通じない社会になっているのである。

 大統領選挙中、ヒラリー・ クリントン氏については、国務長官在任中に私用メールを使ったことが大きな問題となった。これに対しトランプ氏は、数々の女性問題のスキャンダル、納税問題、大統領選挙の不正などの根拠のない事実に基づく暴言など、通常の政治家なら直ちに政治生命を絶たれるような事件や失言をいくつも起こしているのに、激しい批判を受けながらも、多くの人の支持を集めている。

 いくつもの意味で、アメリカ合衆国は、“the United States of America"ではなく、“the Divided States of America"になっている。

 トランプ氏については、有名な政治アナリストのエイミー・ウォルターさえ、非伝統的な(unconventional)大統領の非伝統的な主張なので、トランプ氏が何をするのかまったくわからないとさじを投げている。

 ボーイングが大統領専用機に40億ドル(4600億円)も払わそうとしていると、トランプ氏がツイッターで批判した。これは、ボーイングのC.E.O.がトランプ氏の貿易政策を批判したのをシカゴ・トリビューン紙で読んで腹を立てたからだと言われている。

 いかなる理由でトランプ氏を怒らせて攻撃の対象となるか、予測できないのだ。正面切ってトランプ氏の貿易政策や雇用政策を批判しようとするなら、安倍総理たちもトランプ氏の怒りを買うかもしれない。

アメリカ抜きのTPPは意味がない?

 安倍総理は、アメリカ抜きのTPPは意味がないと国会などで発言して来た。アメリカ抜きのTPPがそうでないTPPよりも利益が薄くなるのは、自由貿易圏が縮小する以上、当然である。しかし、〝意味がない〟はずがない。

 まず、経済の規模からみても、アメリカが入ったTPPを100とするなら、アメリカ抜きのTPPも40の価値はある。ゼロよりも、やらないよりも価値があるのである。

 さらに、カナダ、オーストラリア、メキシコなどの比較的大きな国がいくつも参加するTPPという自由貿易圏は、これまでのメキシコ、オーストラリアなどの個々の国と結んできたFTA(自由貿易協定)よりも魅力的である。アメリカ抜きのTPPが〝意味がない〟なら、安倍総理が進めた日豪FTAはもっと意味がないことになる。

 しかも、TPPには韓国、フィリピン、タイ、インドネシア、台湾のように多くの国や地域が参加したいと表明している。TPPは拡大する可能性がある。

 また、国有企業、環境、労働など、これまでWTOが対象にしてこなかった分野での規律の創設やサービス、知的財産権などの分野でのWTOルールの深堀りなど、TPP協定が実現した高いレベルのルールは、将来的に多くのメガFTA、さらにはWTO交渉での参考となるだろう。日本政府はレベルの高いルールを作ることをTPPの大きな意義だと主張してきたのではないか。アメリカ抜きでも、TPP協定の新しいルールは残る。政府の担当者は、どうして〝意味がない〟と安倍総理に振りつけるのか?

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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