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「トランポノミクス」でアメリカは衰退する

その結果、世界中が「返り血」を浴びることになるだろう

吉松崇 経済金融アナリスト

製造業の雇用減少は、メキシコへの工場移転が原因ではない

共和党のアイオワ党員集会でのトランプ氏=2016年1月、ランハム裕子撮影拡大共和党のアイオワ党員集会でのトランプ氏=2016年1月、ランハム裕子撮影

 「20XX年、この国の工場から労働者が姿を消した。生産ラインの機械を動かしているのはAI(人工知能)が装填(そうてん)されたロボットたちである」

 「この事態に業を煮やした政府は、すべての工場が少なくとも1人の人間を雇用しなければならない、という法律を施行した。だが、人間を雇うことに不安を覚えた企業は、工場ごとに人間1人と犬1匹を雇うことにした。人間の仕事は犬にエサを与えること、犬の仕事は人間が機械に近づかないように見張ることだ」

 これはもちろん冗談だが、未来予想図でもある。

 米大統領選のトランプ氏勝利の最大の要因は、「ラスト・ベルト」と呼ばれる五大湖周辺の工業地帯を擁する諸州で勝利を収めたことだ。トランプ氏は、工場の海外移転、とりわけNAFTA(北米自由貿易協定)がもたらしたメキシコへの工場移転を目の敵にして、雇用が減少しているこの地域の製造業に従事する白人労働者層の雇用不安に訴え、勝利を手にした。実際、大学卒業以上の学歴を持たない白人の66%がトランプ氏に投票している。その多くが工場で働く白人ブルーカラー層である。

 だが、製造業の雇用減少の最大の要因は、工場の海外移転ではなく、産業用ロボットなどの機械の発達に伴う労働生産性の上昇である。

 1990年に1700万人であったアメリカ国内の製造業の総雇用者数が、2015年には1200万人に減少している。25年間で500万人の減少である。

 ところが、製造業生産指数(2009年=100)は、1990年:75、2015年:129であり、この25年の間に製造業の実質生産高は実に1.7倍となっているのだ。「工場の海外移転で製造業が空洞化している」というのはまったくの誤解である(製造業雇用と生産指数の出所はセントルイス連銀のデータベース)。

 なお、NAFTAに伴うメキシコの製造業雇用の増加数については様々な推計があるが、大きいものでも50~80万人であり、500万人の雇用減少をまったく説明できない。

25年前と比べて、労働生産性は約240%上昇した

 25年前と比べて、1.7倍の生産量を70%の従業員で生産しているのだから、この間、労働生産性がおよそ240%上昇していることになる。これを年率換算すると3.6%の労働生産性上昇率となる。

 労働生産性が2.4倍になるということは、例えば労働者1人で1日1台の乗用車を生産していた工場で、1人で1日2.4台の乗用車が作れるようになったということだ。

 この間、乗用車の需要が2.4倍になっていれば、雇用は減少しない。しかし、実際は、実質GDP成長率に比べて労働生産性上昇率のほうが高いので、雇用が減少する。この25年間のアメリカの実質GDP成長率は年平均2.5%であり、製造業の労働生産性上昇率(3.6%)よりはるかに低い。

 製造業雇用の減少は、先進国共通の現象である。その理由は、成熟した経済の成長率より、製造業の労働生産性上昇率が一般に高いからである。先進国では、製造業の雇用の減少はサービス業の雇用で埋め合わせるよりほかにない。

どんな問題も「勝ち負けに還元」―トランプ氏の思考スタイル

 本稿の目的は、「トランポノミクス」(トランプ大統領の経済政策)について考えることだが、ここまで、製造業雇用の問題をやや詳しく述べてきたのは、この問題にトランプ氏の思考スタイルが顕著に表れているからである。

 トランプ氏の発想の根底にあるのは、そのビジネスマンとしての経験である。どうやらこの人は、どんな問題でも「勝ち負け」に還元して考えるようだ。「製造業雇用が減少しているのは、NAFTAでメキシコに負けたからだ」というわけだ。実際、「NAFTAはアメリカにとって最悪のディールだった」と発言している。

 だが、マクロ経済や国際経済はゼロサム・ゲーム(誰かが得をすれば誰かが損をする)ではない。こんなことは、まともな経済学者であれば誰でもわかっていることなので、彼らは保護主義的な貿易政策を推薦しない。

 とはいえ、政治家が、製造業雇用の減少という政治的には深刻な事態に脊髄(せきずい)反射するのは、やむを得ないのかも知れない。実は、オバマ大統領も、2008年の大統領選挙ではNAFTAの見直しを主張していた。しかし、オバマ政権には有能な経済学者がブレーンとしてついていた。例えば、ハーバード大学のラリー・サマーズ教授である。こういう人が政権の中枢で政策アドバイザーとして機能すれば、貿易問題で「メキシコや中国へのこれまでの負けを取り戻す」などという愚かな政策は採用されない。

極めて危険な存在となりそうな政策アドバイザー

カリフォルニア大アーバイン校のピーター・ナバロ教授=同大ホームページから拡大カリフォルニア大アーバイン校のピーター・ナバロ教授=同大ホームページから

 トランプ政権ではどうであろうか?

 残念ながら、政策アドバイザーに期待するのは難しい。いや、それ以上に、政策アドバイザーが極めて危険な存在になりそうなのだ。

 ホワイトハウスで貿易問題を担当する新設の「国家通商会議(NTC、National Trade Council )」議長に就任するのは、カリフォルニア大学アーバイン校教授のピーター・ナバロという異端の経済学者である。

 この人は、ハーバード大学で経済学博士号を取得した形式的には立派な学者なのだが、「輸出は善、輸入は悪であり、輸入を減らせば、それだけでGDPが高まる」と公言する人である。トランプ氏の「勝ち負け」の発想と波長が合う。

 実際には、トランプ大減税で輸入が拡大することが確実だ。選挙中、トランプ氏は「向こう10年間で6兆ドルの減税」と主張していた。一年あたり、6,000億ドルの減税である。アメリカのGDPは約18兆ドルなので、これはGDPの3%に相当する。アメリカの個人と企業が、減税額の50%を消費や投資に回すと、それだけでGDPを1.5%引き上げる。2016年の1.6%の実質GDP成長率が、これで3%になる。景気が拡大して、輸入が増えないわけがない。

 アメリカの連邦政府財政赤字(2016年)は、およそ7500億ドル、GDPの4%である。景気拡大に伴う税収増があるにしても、財政赤字が大幅に拡大することが確実である。

 つまり、トランプ大統領は、就任早々、自らの減税策がもたらす財政赤字と貿易赤字に直面することになる。

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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