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[8]労働災害補償における正規・非正規間格差

~いのちの値段の差別~

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

 筆者は、雇止めにあったある非正規公務員の裁判を継続的にウォッチしている。事案の概要を示すと、次のとおりである。

○X県に2006年に臨時職員として採用された彼女は、2008年から林業職の臨時技師として、X県の森林整備課に勤務していた。主な仕事は、水源林整備事業の設計及び指導のために山林を見分して状況を調査のうえ、経路の設計や伐採すべき木や枝を選別するなどして森林の設計を行い、施工時に施行状況の確認や変更の指示を行うことであった。

○2009年9月29日午前11時頃、彼女は、山林での現地作業中、急傾斜地を移動している際に右足が滑り、斜面を滑落。左足を踏ん張って滑落を止めようとしたが止まらなかったばかりか、左足が地面に引っかかり、左膝下脚部が固定された状態で体全体が旋回したため、左足の関節が外側に90度以上捻り上がった状態で滑り落ち、傷害を負った。被災から数週間のデスクワークののちに、山林作業の現場に復帰したもののさらに転倒するなどして症状が悪化、そこで公務災害の認定を請求することにした。

○しかし所属長から最初に提示された公務災害認定請求様式は常勤職員用のもので、当該様式書類に必要事項を記して提出したところ、その後、臨時・非常勤職員用、すなわち補償実施機関が勤務していた地方自治体自身となる、「議会の議員その他非常勤の職員の公務災害補償等に関する条例」による公務災害認定を求める書類への書き換えが、彼女の知らないところで行われた(後で判明した事実)。

○そして請求から8カ月後(被災から1年2カ月後)になってようやく公務災害が認定され、翌年3回にわたり、受傷時からの療養費を請求したものの、同年度末で雇止めにあった。だがすでにこの時点で後遺障害とおぼしき症状が出ており、かつ認定請求時にもその旨を記し、診断書も添付していたにもかかわらず、取り下げた扱いにされ、認められていなかった。

○そこで彼女はX県を相手方に、①安全配慮義務違反、②損害拡大防止義務違反、③労働者災害保障保険法(以下、「労災法」という)を適用しなかったことの違法性、④公務災害補償手続履践の妨害等の過失があったと主張して損害賠償請求訴訟を起こした。

1. 複雑な非正規公務員の災害補償の仕組み

 非正規公務員の労働災害補償の仕組みは複雑だ。このことが彼女の公務災害認定手続にも影を落とす。

 災害補償制度そのものは、労働者が業務上の災害によって負傷したり、病気にかかったり、あるいは障害または死亡した場合に、労働者が被った損害を使用者側の負担で補償しようとする制度である。最低基準の強行法規である労働基準法に根拠があり、また無過失責任の原則をとることから、使用者側に過失がなく労働者側に過失があったとしても使用者側が補償責任を負う(ただし、労働者側の重大な過失で、かつ使用者が行政官庁の認定を受けた場合は、労働基準法78条により休業補償等を行わなくてもよい)。また労働者災害補償保険法(以下、「労災法」という)に基づき、すべての事業主は労災保険に加入しなければならず、また「労災保険は、政府が、これを管掌する」と法定されていることから(労災法2条)、厚生労働大臣がその責任者となる。制度全体の管理運営は厚生労働省労働基準局が行い、保険料の徴収、収納の事務を都道府県労働局、保険給付の事務は労働基準監督署が行う。

 公務員を含むすべての被用者・労働者には災害補償制度として労災法が適用される、これがベーシック・コードなのである。だが、ここから先の公務員に関する例外規定が、非正規公務員への災害補償の仕組みを複雑にする。

 例外規定の第一は、常勤の正規公務員には労災法の適用はない。「国の直営事業及び官公署の事業(労働基準法別表第一に掲げる事業を除く)については、この法律は、適用しない」(労災法3条2項)としているからである。労災法に代わり、地方公務員の場合には地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という)、国家公務員の場合には国家公務員災害補償法が適用となり、補償機関は、地方公務員の場合は地方公務員災害補償基金である。

 例外規定の第二は、地公災法が対象としている「職員」は、「常時勤務に服することを要する地方公務員」(常勤職員)と、「勤務形態が常時勤務に服することを要する地方公務員に準ずる者」(常勤的臨時非常勤職員)である(地公災法2条1項)。

 地公災法の適用を受けることになる常勤的臨時非常勤職員とは、政令でその要件が定められている。それは①雇用関係が事実上継続していると認められる場合において、②常勤職員について定められている勤務時間以上勤務した日が18日以上ある月が引き続いて12カ月を超えていること。③②の12カ月を超えるに至った日以後も引き続き当該勤務時間により勤務することを要することとされているもの、である(注1)。

注1 「地方公務員災害補償法における常勤職員に準ずる非常勤職員の範囲等について」(昭和42年9月20日自治省告示第150号)

 したがって、1年以内に雇止めされる有期雇用の非常勤の非正規公務員には、地公災法が適用とならず、労災法適用という基本に戻ることになる。

 ところが例外規定の第三に、労災法3条2項は、「国の直営事業及び官公署の事業(労働基準法別表第一に掲げる事業を除く。)については、この法律は、適用しない」と定め、例外の例外として、労働基準法別表第一に掲げる事業(表1)、たとえば上下水道、交通事業、動物園、図書館、病院、保育所、清掃事務所等に勤務し、事業に従事する非常勤の非正規公務員には、労災法の適用を認め、それ以外のいわゆる非現業職場、たとえば本庁、福祉事務所、各種相談所等に勤務し、事業に従事する非常勤の非正規公務員には、地公災法も労災法も適用されないことになる。

 そこで地公災法は、69条1項で、「地方公共団体は、条例で、職員以外の地方公務員のうち法律(労働基準法を除く。)による公務上の災害又は通勤による災害に対する補償の制度が定められていないものに対する補償の制度を定めなければならない」と定め、また同条3項で「第一項の条例で定める補償の制度(中略)は、この法律及び労働者災害補償保険法で定める補償の制度と均衡を失したものであつてはならない」とし、非現業職場の非常勤の非正規公務員の災害補償について、実施補償機関を自治体当局とする仕組みを制度化している。

表1 労働基準法別表第一に掲げる事業

2. 非正規公務員の災害補償の運用に関するさまざまな疑問

 このように非正規公務員に関する災害補償の仕組みを解説してみると、冒頭の事件の概要からは、いくつかの疑問点が生じる。

 第一に、なぜ臨時職員の彼女に地公災法本体が適用となる常勤職員(常勤的非常勤職員を含む)用の請求様式の書類が渡されてしまったのか。

 彼女の勤務態様は、常勤職員と同じ週勤務時間38時間45分、任期6カ月で1回更新され都合1年の任期終了後、3週間の空白期間が置かれて再度任用されるというものだった。勤務形態は常勤であるものの、補償機関が地方公務員災害補償基金となる常勤的臨時非常勤職員の要件を満たしてはいない。なぜなら3週間の「不必要な」空白期間を置き、1年を超えて雇用関係が事実上継続しているとは認められないからである。

 ここで留意すべきは、空白期間を置くことは本来不要であるということである。

 原告は、地方公務員法(以下、「地公法」という)22条2項に基づき採用される臨時職員である。地公法22条2項は、「(前略)任命権者は、(中略)緊急の場合、臨時の職に関する場合又は採用候補者名簿がない場合においては、人事委員会の承認を得て、六月を超えない期間で臨時的任用を行うことができる。この場合において、その任用は、人事委員会の承認を得て、六月を超えない期間で更新することができるが、再度更新することはできない」と定める。この条文からは1回の更新はできるが、再度更新することはできないと読める。だが、このような運用は地公法22条が求めるものではなく、そもそも空白期間を置く必要はない。

 それは、「任期の更新」と「再度の任用」は異なる概念だからである。「任期の更新」とは、同じ職へ引き続き任用されることをいい、1回更新最長1年の任期の終了後、再度、同一の職務内容の職に任用されたとしても、その職は、毎年度の予算過程を経て新たに設定された新たな職であり、新たな職への採用は再度の任用であって更新ではない。たとえば、臨時職員の場合、最初の期間6カ月終了後の任用は、引き続き同じ職に採用されたので更新だが、一年終了後は、その職が予算過程を経て新たに設定された職なので、再度の任用であって更新ではない。したがって、彼女が強いられた3週間の空白期間は、不要だったのである

 この点については、総務省の運用通知でも、「任期の終了後、再度、同一の職務内容の職に任用されること自体は排除されるものではな」く、「あくまで新たな職に改めて任用されたものと整理されるもの」であるという考え方を示し、空白期間を置く必要はないと明記している(注2)。

注2 「臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等について」(総行公第59号、平成26年7月4日、各都道府県知事、各指定都市市長、各人事委員会委員長等あて、総務省自治行政局公務員部長)。同様の通知は平成21年にも発出されている。

 そうすると空白期間を置くことは、地公災法上、別の効果を生むこととなる。空白期間を置くことで、臨時職員をはじめとする非正規公務員は、「雇用関係が事実上継続していると認められ」、「12カ月を超えるに至った日以後も引き続き当該勤務時間により勤務する」という常勤的臨時非常勤職員として認められる要件が回避され、地方公務員災害補償基金から補償を受ける資格を喪失してしまうのである。

3. 公務災害実務担当者を支配する公法私法二元論

 疑問の第二は、原告の彼女の災害補償について、労災法か地公災法69条に基づく条例か、いずれを適用すべきだったのかである。

 濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構研究員)は、総務省自治行政局公務員課が企画編集している『地方公務員月報』で次のように記している。

 「本誌(『地方公務員月報』のこと―引用者)からの原稿依頼の標題は「地方公務員法制へ影響を与えた民間労働法制の展開」であった。この標題には、地方公務員法制と民間労働法制は別ものであるという考え方が明確に顕れている。行政法の一環としての地方公務員法制と民間労働者に適用される労働法とがまったく独立に存在した上で、後者が前者になにがしかの影響を与えてきた、という考え方である。しかしながら、労働法はそのような公法私法二元論に立っていない。労働法は民間労働者のためだけの法律ではない。民間労働法制などというものは存在しない。地方公務員は労働法の外側にいるわけではない。法律の明文でわざわざ適用除外しない限り、普通の労働法がそのまま適用されるのがデフォルトルールである」(注3)。

注3 濱口桂一郎「地方公務員と労働法」『地方公務員月報』(567) 2010年10月号、2頁以下

 濱口氏の考え方を敷衍して述べれば、公務員法制と労働法制を二つに区分する公法私法二元論の考え方が、公務災害補償を担当する地方公務員の実務家の認識を支配しているといえるのではないだろうか。したがって非正規公務員の災害補償の法適用関係を考えるにあたり、「公務災害か労働災害か」という二者択一の考え方に陥ってしまう。

 X県の事例でいえば、

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