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オランダでポピュリズムが台頭する本当の理由

「人々のアイデンティティー危機がその核にある」とアムステルダム大学教授はみる

小林恭子 在英ジャーナリスト

オランダ社会は変容したのか?

アムステルダム市内に掲げられていた、下院選挙用ポスター拡大アムステルダム市内に掲げられていた、下院選挙用ポスター

 異なる価値観、宗教に「寛容」とされるオランダで、反移民、反イスラム教の政党が支持を広げている。オランダ社会は変わってしまったのだろうか?

 移民について批判的な言論がタブーだった2000年、大きな反響を呼んだ新聞記事「多文化のドラマ」を書いたのが、アムテルダム大学教授のポール・シェファー氏だ。

 シェファー氏は、移民政策の失敗が社会不穏を引き起こす最大の脅威となっていると指摘し、「多文化主義は完敗した」と結論づけた。オランダの政治状況と欧州の未来について、アムステルダムで話を聞いてみた。

「保護してほしい」というニーズにポピュリスト政党が応える

ポール・シェファー教授拡大ポール・シェファー教授

――反移民、反イスラム教を掲げる政治家ヘールト・ウィルダース氏の自由党(PVV)が支持を広げています。第1党になるのではという予想が出た3月15日の下院選(定数150)では第2党にとどまりましたが、以前よりも5議席多い20議席を獲得しました。なぜ彼のようなポピュリスト(大衆迎合的)政治が人気を集めているのでしょうか。

ポール・シェファー教授 オランダで最初にポピュリスト政党が現れたのは2002年だ。ロッテルダムの政治家ピム・フォルタイン氏の政党が26議席を獲得した(フォルタイン氏自身は下院選の数日前に殺害された)。

 つまり、6人に1人が彼に投票したということだ。逆に言えば、6人に5人はそれ以外の政党に投票したことになる。興味深い現象だが、過半数というにはほど遠い。

 15年後、ウィルダース氏のPVVが 20議席を獲得した。第2党ではあるが、過半数ではない。この点をまず指摘しておきたい。

 ウィルダース氏や、フランスの国民戦線党首マリーヌ・ルペン氏によるポピュリズムには2つのテーマがあると思う。一つは社会的な保護だ。グローバル化が私たちの社会保障をおびやかしている、と人々が主張する。大きなテーマで、伝統的に左派系の政党がこうした問題を論じてきた。

 二つ目のテーマは、文化的保護主義だ。私たちのアイデンティティーがグローバル化や移民によって脅威にさらされている、と人々は感じている。こうした問題は伝統的には右派が扱ってきた。

 現在のポピュリスト政党は、社会の保護主義と文化の保護主義を組み合わせている。伝統的な左と右の分け方を変えるものだ。

 グローバル化がもたらす影響は続いており、保護して欲しいというニーズを満たすのが、ポピュリスト政党だ。深い現象で、簡単には片付かない。オランダはこの問題に20年間、苦しんでいる。この先の20年間もそうなりそうだ。

「白人」「キリスト教徒」ではアイデンティティーは定義できない

――2002年と比較して、不満感が増えていると言ってよいのでしょうか。

教授 不満ということではない。核になるのは保護主義だ。

 国際的にみれば、ヘルスケア、教育の達成度、失業率の低さ、技術のイノベーション、人権擁護、報道の自由など、オランダは世界でもトップクラスに入るだろう。しかし、一部の国民は何かを失うのではないかと懸念し、価値観が異なる移民の存在やグローバル化が、身の安全性やアイデンティティーを損ねている、と感じている。

――保護されたいという思いがなぜ強くなっているのでしょう。

教授 人口構成の大きな変化がまず挙げられる。オランダの最大都市アムステルダムや第2の都市ロッテルダムでは、人口の半分が移民出身者となっている。アムステルダムの学校の子供の3分の2が移民家庭の出身だ。

 イスラム教徒(=ムスリム)の国民は現在人口の6%ほどだが、異なる価値観や文化を持つムスリムコミュニティーをホスト社会にどう融合させるのか、どうやって共に生きて行くかを多くの人が――貧富の差にかかわらず――懸念している。

 パリ、ブリュッセル、ベルリン、ロンドンなどでイスラム系テロが発生するので、その懸念は強まるばかりだ。もちろん、テロ行為にかかわるのはムスリムの中のごく一部であることは知っているのだが。

 イスラム教はオランダでは第2の宗教になった。オランダ人のアイデンティティーはもはや、「白人」、「キリスト教徒」というキーワードでは定義できないようになっている。

イスラム教徒と融合する難しさ

川べりに立つ、オランダ議会の建物(ハーグにて)拡大川べりに立つ、オランダ議会の建物(ハーグにて)

――ムスリム市民の融合問題とは、具体的にはどういうことですか。

教授 アムステルダムが同性愛者に対して非常に寛容であったことをご存じだと思う。今は、街中でこれまで通りに同性愛者であることをオープンにはできなくなった。同性愛者への暴力事件が発生するからだ。人々の幻想ではなく、本当の衝突だ。これは英国のロンドンや中部バーミンガムでも発生している。

 学校では、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)について教えることが難しくなっている。それはムスリムの子供たちがホロコーストは起きなかったと言うからだ。起きたということを認める子供も、非常に良いことだったと言ってしまう。

 生物を教えることも難しくなった。ムスリムの子供たちが進化論を否定するからだ。文学を教えるのも楽ではない。オスカー・ワイルドなどの同性愛者の作家について、子供たちは耳を貸したがらない。

 性教育も同様だ。親が性教育の教科書の一部を破り捨てるからだ。男女共学も嫌がる親がいる。

 誰が悪いのかと考えるべきではない。ムスリム市民はホスト社会の市民とは異なる価値観を内部化し、男女がどのように互いにコミュニケーションするか、大人が子供とどうコミュニケーションするかがほかの市民とは違う、ということだ。

 移民の歴史を振り返れば、常にホスト社会と新たにやってくる人々の間には対立があった。移民は対立の歴史でもある。対立が最終的なものと考える必要はない。いかにしてともに生きるかを考え、融合に進むための兆候だ。

移民に寛容だったのではなく、向き合うことを避けてきただけ

下院のこの建物の2階で連立政権をまとめるための交渉が行われている(ハーグで)拡大下院のこの建物の2階で連立政権をまとめるための交渉が行われている(ハーグで)

――オランダは「寛容の国」と言われてきましたが……。

教授 オランダは、移民に対して寛容だったというよりも、向き合うことを避けてきたのだと思う。 ・・・続きを読む
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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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