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米国の「忘れられた人々」に迫る

『ルポ トランプ王国』と『ヒルビリー・エレジー』をめぐる書評

吉松崇 経済金融アナリスト

 就任演説のテーマとなった「忘れられた人々」

ホワイトハウスで行われた米独共同会見でのトランプ大統領=3月、ワシントン、ランハム裕子撮影 拡大ホワイトハウスで行われた米独共同会見でのトランプ大統領=3月、ワシントン、ランハム裕子撮影

 トランプ大統領は、1月20日の就任演説で、彼の支持者に向かい「この国の忘れられた人々が、これから先、忘れられることはもうない("The forgotten men and women in this country will be forgotten no longer") 」と述べた。

 トランプ氏は、最初はほとんど泡沫(ほうまつ)候補だと見られていた彼を大統領に押し上げたのが既成の政治家から「忘れられた人々」であることをはっきりと認識しており、この事実を就任演説のテーマに掲げた訳だ。

 もう言い尽くされたことだが、トランプ氏勝利の最大の要因は、大学卒以上の学歴を持たない白人労働者層の圧倒的な(70%近い)支持を取りつけたことだ。その多くは五大湖周辺のいわゆるラスト・ベルトの工場労働者やアパラチア山脈周辺の鉱山労働者である。

 だが、このトランプ支持者がいったいどんな人々なのかと考えてみても、日本人の私たちにはなかなか想像をめぐらせるのが難しい。

 日本人が眼にするアメリカといえは、ニューヨークやロサンゼルスのような大都会であり、それも東海岸と西海岸に集中している。そしてそもそも大都市にはトランプ支持者は多くない。出口調査によれば、ニューヨークのマンハッタンでトランプ氏に投票したのはわずか10%、ロサンゼルスで23%である。だから、日本人がトランプ支持者を知り、「トランプ現象」の実感を持つのはそもそも難しい。

「トランプ王国」をていねいにめぐったルポルタージュ

 金成隆一著『ルポ トランプ王国』(岩波新書、2017年)は、朝日新聞ニューヨーク特派員の金成氏が、2015年の12月から2016年11月の大統領選挙の直前まで、トランプ候補のアメリカ各地での集会を見て歩き、そこで知り合った支持者をインタビューした記録である。彼が取材したトランプ支持者は14州で150人に及んだと「あとがき」にある。

 2015年11月、金成氏は初めてトランプ候補の集会を取材した。テキサス州の田舎町だ。ここで知り合った大手メディアのトランプ番の記者と言葉を交わした。

 アメリカ人の記者:「キミはトランプのことをどう思う?」

 金成氏:「見ている分には面白いが、話は無茶苦茶。そのうち人気がかげって脱落するだろう」

 アメリカ人の記者:「キミは何にもわかってないな。ハッキリ言おう。トランプが共和党の候補者になる。他の候補とは集会の熱気がまったく違う。トランプの集会には、これまで政治に全く関心を抱いていなかった人たちが熱狂的に集まってくる」

 トランプ候補の集会はまるでロック・コンサートのようだ。そして、集まってくる人たちは圧倒的に白人である。金成氏も初めて見た集会の熱気に気圧(けお)されて、トランプ候補の集会を集中的に取材することを決意する。

オハイオ州で気づいたこと

 この本の白眉(はくび)は、オハイオ州での取材である。

 オハイオ州は大統領選挙での典型的なスイング・ステートであり、過去4回の大統領選挙では、この州を制した候補者が大統領の座をつかんでいる。

 ラスト・ベルトの一角に位置し、工場の集積するオハイオ州は労働組合を基盤とする民主党が強固な地盤を築いていたが、金成氏はここで「前代未聞」の事態が起きていることを発見する。

 それまで、何の疑問も持たずに民主党に投票していた人たちが、今回は雪崩を打って共和党のトランプ候補に投票しそうなことだ。金成氏が取材したトランプ支持者たちは、ほとんどすべて、かつての民主党支持者であった。

人間は仕事がなければ幸せになれない

 金成氏が取材したトランプ支持者たちの暮らしぶりは、比較的豊かなミドル・クラスから貧しい人まで様々だ。ミドル・クラスの人の多くは、長年工場労働者として働き、既に年金生活を送っている人だ。一方、現役世代の人たちには、工場が閉鎖されて新しい仕事が見つからない、或は見つかっても収入が大きく減少している人たちだ。

 「この辺じゃ、ブルーカラーはみんな民主党支持だったが、アメリカは自由貿易で負け続け、工場はみんなメキシコに出て行ってしまった。3万人の雇用が消えた。人間は仕事がなければ幸せになれない。日本人も同じだろ?」

 「俺は現役時代、最後の最後まで日給200ドルはもらっていた。だが、今残っているのは、時給12ドルで、ウォルマートで他国の製品を売るような仕事ばかりだ。」

 長年の労働組合員で、ずっと民主党を支持し、今では年金暮らしのジョーの話だ。

 一方、年金暮らしのミドル・クラスの人に比べて、若年層はずっと悲惨だ。

 30代後半のディナは高校を卒業して以来、母親が勤めていた食堂で働いていたが、16年間勤めた食堂が閉鎖されて母と一緒に失業した。その5日後、2歳年下の弟が自殺した。弟は高校卒業後、製鉄所で溶接工として働き、家族の中でだれよりもいい給料を稼いでいたが、工場が閉鎖され失業した。再就職がうまくいかず、引きこもりがちになり、ヘロインに手を出した。

 「弟が悪いわけじゃない。仕事があれば、だれもヘロインなんかに手を出さない。」

 ディナと母親が勤めていた食堂が閉鎖されたのも、製鉄所が閉鎖されて、トラックの交通量が激減したせいだ。

 「私は、仕事を生み出す最も素晴らしい大統領になります。私は雇用を中国、メキシコ、そして日本から取り戻します」、「アメリカに薬物と犯罪が持ち込まれています」、このトランプ氏の演説がディナの心に響いたのは言うまでもない。

 彼女は朝9時から午後3時まで食堂で働き、夜はバーに移って夜中まで働くワーキング・プアだ。その合間と休日に、トランプの選挙運動のボランティアをする。

アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 金成氏の著書が、アウトサイダーが描いた「トランプ支持層」のルポルタージュであるのに対し、J. D. ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー』(光文社、2017年)は、オハイオ州のワーキング・プアの家族のもとで育った著者のメモワール(回想録)、つまりインサイダーの証言である。

 「トランプ現象」が起こらなければ、ヴァンス氏はおそらく無名のままであり、この本がアメリカでベストセラーになることもなかっただろう。イェール大学ロー・スクールを卒業して、現在はシリコンバレーの投資会社の社長を務めるエリートであるヴァンス氏の自伝が注目を集めるのは、彼の生い立ちがふつうでないからだ。

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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