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〝軍学共同ゾンビ〟の復活を許してはならない

日本学術会議新声明の意義と課題―大西隆・日本学術会議会長を批判する

香山リカ 精神科医、立教大学現代心理学部教授

「スリラー」とゾンビの高笑い

 マイケル・ジャクソンの名曲『スリラー』のミュージックビデオを覚えているだろうか。

 墓から復活してきたゾンビたちがダンスを踊り出し、デート中の女性を恐怖に陥れる。近くの空き家に逃げ込んだ女性の肩をつかんだのは、ゾンビではなくて恋人のマイケル・ジャクソン。しかし、ほっとしてすがりつく彼女を抱きかかえたマイケルがこちらを振り向くと、その目がキラリと光り、彼もゾンビであることがわかる。どこからともなく聴こえる、「アーハッハッ」という高笑い……。

 4月14日、日本学術会議の総会(4月13日~15日)の傍聴席にいた私は、所用のため「軍事的安全保障技術研究に関する声明」の報告が始まったところで議場を離れなければならなかった。ただ、声明は3月の同会議の幹事会ですでに採択されているので、覆されることは事実上、不可能だ。

 それでも心配になり、総会が終わった頃合いを見て、傍聴を続けていた「武器輸出反対ネットワーク」の杉原浩司氏に外から電話をかけた。

 その話によると、まず報告を行った同会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」(以下「検討委員会」)の杉田敦委員長(法政大学教授、政治学)は、委員会での審議の経過を述べ、声明について解説し、「結論として、防衛省の安全保障技術研究推進制度を受け入れよと言えるものではない」と明言したという。その後の意見交換でも、批判がひとりから、ほかは評価する意見が6人から出て、危惧された紛糾などもなく、そのパートは終わったのだそうだ。

 それを聞いて、私はほっと胸をなで下ろした。

 しかし、私の耳にどこかからあの『スリラー』のラストの〝ゾンビの高笑い〟が聴こえてきて、スマホを握ったまま思わず身を固くしてしまったのである。

今回の声明を痛烈に批判する人々

 その〝高笑い〟は、いったいどこから聴こえてきたのか。

 科学者たちが兵器開発を始めとする軍事研究にいそしんでいた、戦前、戦中期からよみがえった〝ゾンビ〟たちが発する声なのか。

 いや、それがどうもそれだけではないようなのだ。

 杉田委員長の報告のあと意見交換に移ったのだが、まず口火を切った検討委員会のメンバーのひとり小松利光九州大学名誉教授(土木工学)が、今回の声明への熾烈(しれつ)な批判を行ったのだそうだ。

 それは、「一会員として意見を言う」と前置きして、「声明はいびつ、大学への丸投げになっている」、「国の安全を学術は考えなくていいのか。大学だけが身ぎれいでいるというのは解せない」、「『平和の維持にコミットしなければ、無責任だとして政府は学術会議を無視するであろう』などと、自らも作成や決定にかかわったはずの声明や学術会議を頭ごなしに否定する内容だったという。

 小松氏は、個人的にはまったく評価できない声明に、委員会のひとりとして名前を連ねたということか。

 ただ、小松氏の発言の後は「声明を評価する」という意見が相次ぎ、杉田委員長は最後に「(大学に)丸投げと言うが、声明においては入り口で慎重な判断をと明確に示している。ファンドの出所を見て判断する。そこに意味を持つ」などと述べて、そのパートを締めくくったそうだ。

 では、その小松氏の発言が〝高笑い〟なのか。もちろんそれもその一部ではあるが、すべてではない。

科学者が軍事協力した過去の反省から生まれた声明だが……

 思えば、科学者たちの世界で「軍学共同イエスかノーか」という議論が本格的に始まったのは、昨年のこの総会がきっかけであった。

 日本学術会議(以下「学術会議」)は、研究者の代表で構成され「学者の国会」ともいわれる国の機関だ。その昨年度の総会で、防衛装備庁がその前年から始めていた、大学などの研究機関に研究資金を提供する制度をめぐって議論が行われた際、同会議の会長である大西隆氏(豊橋技術科学大学学長、都市工学)が、「個別的自衛権の範囲なら研究を行ったてもよいのではないか」という趣旨の発言を行ったのだ。

 私は昨年の総会は傍聴しなかったが、「会長による軍事研究容認発言」に議場は紛糾したことは想像に難くない。結局、その場では今後、この問題を検討する委員会が立ち上がることが決まったという。

 先の大戦で科学者がこぞって軍事協力した反省から、学術会議では2度にわたって「軍事目的の科学研究を行わない」とする声明を出している。それが会長自らが「限定つきなら軍事研究も可」と言い、そのもとで検討委員会が作られるというのだ。そのニュースに、この問題に関心を持つ大学人や市民のあいだに緊張が走った。

危惧する声明を発表

日本学術会議総会前でスタンディングを行う池内了氏(中央)らと筆者(右端)=4月14日日本学術会議総会前でスタンディングを行う池内了氏(中央)らと筆者(右端)=4月14日

 私はかねて、「731部隊」をはじめとする日本の医学者・医療関係者の戦争への関与について考える「『戦争と医』の倫理の検証を進める会」(以下「進める会」)の世話人をつとめている。また、それとは別に精神科医である私にとって、ナチスドイツの時代に精神医学者が20万人ともいわれる精神障害者らの虐殺に協力した「T-4作戦」の衝撃は大きい。

 「学術会議は『軍事研究をしない』という声明を2度にわたって発表しながら、なぜここに来てその見直しを行おうとしているのか。これは軍事と学術を結びつける、軍学共同に舵を切るための動きではないのか」と考え、「進める会」は昨年6月、検討委員会開催前にこの動きを危惧する声明を発表した。

 それがきっかけとなって、以前からわが国の軍学共同の動きに警戒し、異議を唱える「軍学共同反対アピール署名の会」「大学の軍事研究に反対する会」というふたつの会やそこで中心的な役割を果たしている宇宙物理学者・池内了氏らとの交流が始まった。

 そして、6月24日に初回が開催される検討委員会が一般やマスコミにも公開されると知り、まずはそれを傍聴することにした。ただ、インターネットメディアが同時中継や録画配信を申し込んだが、それに関しては「前例がないから」という理由で断られたと聞いた。

 1回目の委員会では杉田敦氏が委員長として選出され、軍学共同に反対する私たち傍聴者はひと安心した。実はその委員会には軍学共同推進派の旗頭である大西隆会長も自ら委員として加わっていたのだが、「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人でもある杉田氏は、軍事研究には断固反対の立場だと思われたからだ。

 それから今年の3月7日まで、11回の検討委員会が開催された。議事録はすべて日本学術会議のサイトで公開されている。

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/anzenhosyo.html

 その間、2016年9月には先にあげた大学での軍事研究に反対する3つの会が中心となって「軍学共同反対連絡会」(以下「連絡会」)が立ち上がり、検討委員会の傍聴、声明などの発表、全国の大学や市民の組織とのネットワーク作り、署名集め、学術会議前でのスタンディングなどさまざまな活動を行った。新聞やテレビも次第にこの問題に注目するようになり、『Science』や『Nature』など世界の一流科学誌も連絡会のメンバーに取材に来て、記事としてまとめられた。

明らかになった新声明の全容と評価

杉田敦・法政大教授杉田敦・法政大教授

そして、ついに最終回の第11回委員会で、新声明の全容が明らかになった。

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/170324-seimeikakutei.pdf

 そこには、「軍事目的の科学研究を行わない」とする過去2回の声明を「継承」するとし、防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」という名称で大学などの研究機関に資金を提供する制度についても、「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募や審査が行われ、政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と明確に指摘されている。つまり、各大学や研究者に対して安全保障技術研究には慎重な対応を求め、いわゆる軍事研究に科学研究が舵を切ろうとするのをなんとか食い止めようとする内容になっているといえる。

 その委員会の後、杉田委員長は記者会見を開き、「今回はあえて憲法9条の観点からではなく、学問の自由、大学の自治という憲法23条の観点から議論し、意見を集約した」と述べ、推進派の委員が「わが国の安全保障を取り巻く状況の変化」などを持ち出して軍事研究容認を求めようとして来る中、「軍事研究は学術の健全な発展を促進しない」といった理由から声明をまとめて行った苦労を語った。

 この新声明とその解題ともいえる6ページの本文からなる「報告」(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/170413-houkokukakutei.pdf)を、多くのマスメディアは「学術会議が軍事研究解禁にノー」というトーンで報じた。ただ、過去の声明を「固持」ではなく「継承」としたことや、防衛装備庁の研究推進制度への評価を「問題が多い」にとどめたこと、さらには各大学に倫理規定の制定を求めたことなどから、一部のメディアは「大学に丸投げ」と報じたり、軍事研究への抜け道を与えているのではと懐疑的な見方をしたりした。

 私たち連絡会は、新声明案が公表されてほどなく、「自衛のための軍事研究は認められるべきとの意見も出されるなか、委員会は議論を尽くし、軍事研究を禁止した1950年声明と、1967年声明を継承するという声明案にまとめあげた。今後、学術会議総会が2つの声明を継承することを50年ぶりに再確認するとすればその意義はきわめて大きく、それを提案した委員会のご努力を多としたい」などとして、この声明を肯定的に評価する見解を発表した。

http://no-military-research.jp/?p=672

 もちろん、この声明に懐疑的なメディア報じたような懸念は残るが、そもそもが推進派の思惑によって始まった検討委員会なのであるから、数々難局を乗り越え、よくぞここまで「軍事研究はするべきではない」というニュアンスの声明を出せたものだと安堵(あんど)した、というのが正直な気持ちだ。

 当初、新声明は4月13日からの日本学術会議総会で正式に採択される見込みであった。しかし、これは想定外であったのだが、その前、3月24日に開催された同会議の幹事会で決定されることになった。

 報道によると、杉田委員長は総会での議決を要望したが、出席者から「すでに学術会議のさまざまな場で議論を積み重ね、手続きを踏んできたことから、幹事会で決定することには正当性がある」といった意見が出て、幹事会での確定となったという。私たちも「総会で満場一致で決定」となるのが理想的と考えてはいたが、逆にそこで反対意見が多く出て否決あるいは保留という危険性もゼロではないので、いずれにしても決定したのだからよかった、という思いだった。

防衛装備庁の今年度の募集が始まった

 ただ、学術会議の議論や決定をよそに、この議論のきっかけとなった防衛装備庁の安全保障技術推進制度はすでに今年度も募集が始まっている。それどころか、昨年度は全体で6億円だった予算が、今年度はなんと110億円と実に20倍近くに膨れ上がっているのである。

 研究1件あたりの提供額も、これまでの2回は最大で年間およそ4000万円だったが、今年度は、最大5年間で20億円規模に拡大されている。研究予算削減にあえぐ大学研究者にとっては、のどから手が出るほどほしいお金であろう。日本学術会議の声明などには何らの法的拘束力も罰則もなく、大学や研究者が無視しようと思えばいくらでもできる。これまでは学術会議は大学にとっては権威的存在であり、その決定は重みを持っていたが、こういう時代になるとそれも通用しないかもしれない。

 私たち軍学共同反対連絡会も、学術会議の声明決定をもってお役目終了というのではなく、今後は各大学が制定するガイドラインや倫理規定や5月末が締め切りの防衛装備庁の制度への応募状況などを注意深く見守り、必要な情報発信などを続けていく必要がある。連絡会の幹事会メンバーはお互いにそう確認し合った。

大西隆・日本学術会議会長インタビューの内容に驚く

日本学術会議会長の大西隆さん 日本学術会議会長の大西隆さん

 ところが、総会を控えた4月11日、メーリングリストで回ってきた情報に、私は「あっ」と思わず声をあげた。

 そこで紹介されていたのは『日経ビジネス』のウェブ版だったのだが、「『軍事研究容認』と叩かれても伝えたいこと」と題して、大西隆氏が「日本学術会議会長」という肩書きでインタビューに応じていたのだ(「『軍事研究容認』と叩かれても伝えたいこと 大西隆・学術会議会長『避けてきたテーマに向き合う時』」、『日経ビジネスオンライン』2017年4月11日)。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/031500046/040600006/?i_cid=nbpnbo_tp&rt=nocnt

 その内容というのが、全面的に「検討委員会の審議過程や声明の内容への批判、曲解」と言ってもよいものであったのだ。

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