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「もう一つの事実」と戦うためのいくつかの方法

ゆがんだ言論空間が常態化すると、「事実を直視して物事を考えることができなくなる」

小林恭子 在英ジャーナリスト

 5月18日~20日、ドイツ・ハンブルクで国際新聞編集者協会(IPI、本部ウィーン)の世界大会が開催され、120カ国からやってきた約300人に上る報道関係者、研究者などが議論に参加した。

◆国際新聞編集者協会(IPI)世界大会
https://ipi.media/events/ipi-world-congress/

 IPIは報道の自由の擁護や、ジャーナリズムの実践向上のために、1951年に発足した。今年の世界大会のテーマは「私たちに必要なジャーナリズムを作り上げる―デジタル時代のメディアの自由と質」だ。

 昨年11月の米大統領選以降、「フェイクニュース(偽ニュース)」という言葉が注目を浴びている。言論空間に広がる偽ニュースや「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」にどう対処するか、そして世界各地で迫害を受けるジャーナリストを守るために何ができるか、が世界大会での議論の焦点となった。

偽ニュースの見分け方

メディアの信頼性について議論するパネリストたち。左からケルブスク氏、ステフェンス氏、ボール氏、ライリー氏(撮影:小林恭子)拡大メディアの信頼性について議論するパネリストたち。左からケルブスク氏、ステフェンス氏、ボール氏、ライリー氏(撮影:小林恭子)

 大会最終日20日午前のセッション「オルタナティブ・ファクト―いかにソーシャルメディア上の偽情報を暴くか」に出てみた。

 登壇したのは、ドイツのジャーナリズム研修組織「インターリンクアカデミー」で教えるクラウス・ヘッセルリンク氏と、ドイツの地方放送局NDRのテクノロジー記者フィエット・シュテガーズ氏である。

 シュテガーズ氏は、「フェイクニュース」と言っても、事実誤認や事実は正しいが文脈が間違っている場合、風刺、プロパガンダなど様々な様相があることを指摘した。メディアがこれは偽情報だと判定したり、情報の拡散媒体となっているグーグルの検索やフェイスブックが、メディアと協力して偽ニュースの追放対策をとったりしているが、「どれほどの効果を上げているかは疑問だ」と述べる。

 それでは具体的に何ができるのか。

 ヘッセルリンク氏は、編集室で独自に情報の真偽を確かめるやり方を披露した。

 最初の手段は、基本中の基本になるが、「検索で調べること」だ。グーグルのほかに数字に強いWolfram Alphaもお勧めだという。

◆Wolfram Alpha
https://www.wolframalpha.com/

 二つ目は、「設定を疑う」ことだ。

 オーストラリア・シドニーで遊泳中にサメに襲われた動画をアップロードした人がいた。動画に映っている場所ジャンプ・ロックにサメはいるのか、動画が撮影されたと思われる日の天候はどうなのかなど、ニュースの文脈を示す構成要素を一つ一つ調べていく。最終的に、サメは、メルボルンの水族館で泳いでいた様子を撮影したもので、当の動画は真実ではなかったことが判明したが、「すでにオーストラリアの複数のテレビ局が番組で報道した後だった」。

 三つ目は、「画像を検証する」。

 ネット上で見つけた画像の信ぴょう性を確認するには、いったんダウンロードし、これを「リバース・イメージ・サーチ」という機能を使ってその履歴を探る。この場合に有効なのが「TinEye」というソフトだという。

◆TynEye
https://www.tineye.com/

 街中を撮影する「グーグルストリートビュー」も役に立つ。ただし、ストリートビューに家を撮影しないでほしいと拒否する人もいるため、万全ではない。それでも対処法はある。周囲の状況から必要な情報を取得するやり方だ。

 監視社会の恐ろしさを描いた小説『1984年』を書いたジョージ・オーウェルのロンドンの自宅の外壁に、監視カメラが付いている画像があった。監視社会の批判者の自宅が監視されている、という皮肉が伝わってくる。

 ヘッセルリンク氏はストリートビューを使って、オーウェルの自宅近辺の動画を確認した。隣家が小売店になっていて、電話番号を記した広告が見えた。そこで、この番号に電話し、オーウェルの自宅も含めた近隣に監視カメラが付けられたことはあったかを聞いた。答えは「ない」だった。監視カメラ付きの画像は、あるアーティストが、監視社会となった現況に警告を発するために作った作品だった。

 四つ目は、「ほかの人の助けを借りる」である。

 自分の力だけでは情報の信ぴょう性を確認できないとき、ネット上で協力を呼びかける。

 具体例として出されたのが、インドあるいはパキスタン地方のある場所で、有色人種の女性たちに囲まれた白人の小さな子供を撮影した画像だ。「2030年、ドイツはこうなる」というキャプションが付いていた。有色人種がドイツを支配するようになるかもしれない、という不安感を引き起こすような画像だ。

白人の子供がインドの住民に囲まれている写真がどうやって撮影されたかを、シュテガーズ氏はツイッターを通して情報提供を求めた(セッション資料より)拡大白人の子供がインドの住民に囲まれている写真がどうやって撮影されたかを、シュテガーズ氏はツイッターを通して情報提供を求めた(セッション資料より)

 シュテガ―ズ氏はツイッター上で、この画像についての情報提供を求めた。同時に、自分でもグーグル検索や自局のアーカイブなどから情報を集めた。

 その結果、画像は2012年に初めて使われ、欧州各地の極右組織が宣伝用に拡散していたことが分かってきた。その後、シュテガーズ氏は、ある白人が家族でインドを旅行中に撮影したものであることを突き止めた。排外的な意味はなく、旅行中のスナップの一つだった。撮影者は、自分の撮影した写真が極右勢力に使われていると知って、大きな衝撃を受けたという。

ユーモアとしての偽ニュース

ロンドンはテロに負けないと書かれたホワイトボードは、偽情報を伝えていた(セッション資料より)拡大ロンドンはテロに負けないと書かれたホワイトボードは、偽情報を伝えていた(セッション資料より)

 画像や動画などの「うそ」を暴いていく時、どこまで悪意があったのかを判断することが困難な場合もある。

 今年3月のロンドン・テロ(議事堂近くで男性が車で通行人らに突っ込んでゆき、後に警官を刺殺した)の際の画像がその一例だ。

 ロンドンの地下鉄駅では、改札口にホワイトボードを置き、運行状況についての情報を乗客に伝えている。手書きが基本だ。今回のテロ発生時、あるホワイトボードの様子を撮影した画像がネット上で拡散された。

 ボードにはこう書かれていた。

 「すべてのテロリストの皆さん、ここはロンドンです。あなたたちが私たちに何をしようと、私たちはお茶を飲み、いつも通りにやっていくでしょう」

 テロが起きても、ロンドン市民は落ち着いているというメッセージが入った、ユーモアあふれる画像はツイッターで拡散され、ロンドン市民を称賛する声が相次いだ。

 しかし、これは「うそ」だった。ヘッセルリンク氏によると、ホワイトボードに手書きの字を描くソフトがあり、これを使えば好きな文章をはめ込むことができるという。

 私自身、テロ発生の日にこの画像を目にしていた。しかし、今よく見ると、時間が午後2時45分になっている。この時はテロが発生したまさにその時間であり、最初から冗談であることを承知で作ったように見えた。

 このホワイトボードは「偽ニュース」の一つとしてセッションで紹介された。確かにうそではあったが、当日のロンドン市民やこのメッセージを読んだ人をほほ笑ませたに違いない。悪意がないと思われるこうした偽ニュースはどうしたらいいのか。フェイクニュース退治策を実行する際の難しさの一つがここにあるのではないかと思った。

メディアに対する不信感はどの国でも高まっている

ジャームズ・ボール記者(撮影:小林恭子)拡大ジャームズ・ボール記者(撮影:小林恭子)

 この日の午後には、「ジャーナリズムは私たちの役に立たなくなっているのか? ―メディアへの信頼感の危機」と題されたセッションがあった。英米独のメディア関係者がパネリストとなり、どこの国でもメディアへの不信感が高まっている状況を説明した。

 バズフィード英国のジャームズ・ボール記者は、昨年6月、英国ではEUを離脱するかどうかの国民投票があり、大方の予想を裏切って離脱派が勝利したことで国内に大きな衝撃が走ったことに言及。しかし、これは「メディアの危機というよりも、両極化が進んでいることが危機だ」と話した。

 つまり、国民は離脱派とEU残留派という二つに分かれてしまったという。偽ニュースというよりも、「それぞれの主張を熱狂的に推進する、いわば超パルチザン的な意見が言論空間に広がっている」と語った。

マーサ・ステフェンス教授(撮影:小林恭子)拡大マーサ・ステフェンス教授(撮影:小林恭子)
 また、米ミズーリ大学のマーサ・ステフェンス教授は「メディアの信頼度は時に高くなったり、低くなったりと常に変化している。今はグローバル化が進み、将来への不安感、恐怖感を持つ人が増えている。組織を信じない人が多い」と指摘した。既存のメディア組織が発信するニュースよりも、検索で引っかかるニュース、フェイスブックなどのソーシャルメディアのニュースフィードに出てくるニュースの方をより信頼するようになったという。

 情報格差も懸念されると教授は説明する。例えば、米ニューヨークタイムズを「エリート層は買えるかもしれないが、貧困層は買えない。テレビで無料で見ることができるニュースが主な情報源になってしまう」という。収入によって、入手できる情報に格差が生じてしまうということだ。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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