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生き残りを図る独ニュース週刊誌「シュピーゲル」

大規模ファクト検証チームと調査報道で勝負に出た欧州調査報道の老舗

小林恭子 在英ジャーナリスト

 欧州で調査報道の媒体としてトップクラスの位置にあるのがドイツのニュース週刊誌「デア・シュピーゲル」だ。ドイツ語圏では政界、官僚界、学者、知識人にとって、必読の雑誌である。印刷メディア受難の時代に、シュピーゲルは国内で最大規模のファクトチェック・チームを抱え、伝統となった大掛かりな調査報道の実践で生き残りを目指す。ドイツ北部ハンブルクにある本社編集部を訪ねた。

斬新なデザインのオフィス・ビル

シュピーゲルのオフィス・ビル拡大シュピーゲルのオフィス・ビル

  シュピーゲル(名称の意味は「鏡」)は1947年、ハノーバーで創刊され、52年からハンブルクを本拠地としてきた。40歳以上の高学歴、高収入の読者が大多数で、性別では約7対3で男性の読者が多い。シュピーゲル・フェアラーク社が毎週土曜日に発行し、一部4・90ユーロ(約637円)で販売されている。

 筆者は欧州数カ国のジャーナリストたちとともに、シュピーゲルのオフィスを訪ねる機会を持った。その様子を伝えてみたい。

 シュピーゲルの編集室は、2011年に新築された建物の中にある。それ以前は42年間、同じビルに編集室があったが、次第に手狭になり、旧ビルから歩いて5分ほどの13階建て新築ビルに引っ越した。それまでバラバラだったプリント版、オンライン版、テレビ部門の編集室が一堂に集まった。

  受付を通って中に入ると、大きな吹き抜けがあるロビーになる。上を見上げると幾何学模様を思わせる内部が天井部分まで続く。

吹き抜けがあるロビー拡大吹き抜けがあるロビー

 あちこちに置かれた赤い椅子とテーブル。テーブルの上には数冊のシュピーゲルがさりげなく並べられている。現代的でスタイリッシュなデザインは、デンマークの建築会社へニング・ラーセン社によるものだ。

 質の高いジャーナリズムばかりではなく、インテリアも格好いいものにしたい――そんなメッセージが伝わってくる。

 ロビーで訪問団を待っていたのは、副編集長のアルフレッド・ワインツイリ氏(57歳)と国内ニュース・デスク(「ドイツ部デスク」)のコーデュラ・マイヤー氏(46歳)である。

 簡単なあいさつの後、13階にあるオンライン用の編集室に入る。訪問当日は土曜日の朝だったため、ほとんど人がいなかった。

 マイヤー氏によると、オンライン部門は24時間体制だ。日中はここハンブルクの編集室でスタッフが働き、夕方から夜にかけては「オーストラリアにいる編集スタッフが活動する」。ドイツとオーストラリアの時差を利用して、1日中、ニュースを追う体制になっている。

土曜日の朝の訪問で、オンライン編集部は閑散としていた拡大土曜日の朝の訪問で、オンライン編集部は閑散としていた

 週に1回の発行をめがけて働くプリント版の編集室は、オンラインの編集室とは別になっている。「作業のペースが違う」からだ。しかし、記者はどちらにも書く場合があり、協力体制は緊密だ。

 長い間、プリント版は月曜日に発行してきたが、週末に読む人が多いことが分かったため、土曜発行に変えたという。シュピーゲルの調査によれば、読者は1冊を2時間半かけて読むという。

アルフレッド・ワインツイリ副編集長拡大アルフレッド・ワインツイリ副編集長
編集デスクのコーデュラ・マイヤー氏拡大編集デスクのコーデュラ・マイヤー氏

70人で構成されるファクトチェック・チーム

 一つ下の12階にあるのが「ファクトチェック・チーム」の部屋だ。

 資料がたくさん置かれているという部屋には鍵がかかっていて入れなかった。

 シュピーゲルが抱えるファクトチェッカーは70人。その数を聞いて、訪問団から驚きの声があがる。マイヤー氏によると「これほどの数のファクトチェッカーを抱えているメディアは世界でも他にないのではないか」。

 8階の壁にはシュピーゲルの表紙が年代ごとに飾られていた。最も部数が出たのは2001年の9.11米同時多発テロを扱った号だったという。

 壁に貼られてはいなかったが、最近最も注目を集めたのは今年2月上旬号の表紙だ。

シュピーゲル誌のトランプ米大統領をモチーフにした表紙(2月6日号、ツイッターより)拡大シュピーゲル誌のトランプ米大統領をモチーフにした表紙(2月6日号、ツイッターより)

 トランプ米大統領が右手にアメリカの自由の女神像の首を持ち、左手に刃物を持った姿で立っている。首からは血が垂れ落ち、ショッキングな印象を与える。

 「米国第一」というトランプ氏のスローガンが下方に記されていた。キューバ出身の風刺画家エデル・ロドリゲス氏による作品だ。

 ネットサイト「アーツイー」(4月21日付)によると、ロドリゲス氏自身がこの構図の風刺画が選ばれたことに驚いた。「一線を超えた」作品と思っていたからだ。

 シュピーゲルの大胆な表紙はソーシャルメディアを通じて世界中を駆けめぐった。

 クラウス・ブリンクバウマー編集長によると、表紙は「大統領が民主主義や自由を脅かしている。それも本当の脅威」であることを示しており、掲載には正当性があると述べている(同サイト)。

特殊な経営体制と調査報道の伝統

名:
旧オフィスビルにあったカフェテリアの一部が新オフィスビルにも残されている。オリジナルのカフェテリアは美術工芸博物館に寄付された拡大名: 旧オフィスビルにあったカフェテリアの一部が新オフィスビルにも残されている。オリジナルのカフェテリアは美術工芸博物館に寄付された

 訪問団は会議室に入り、ワインツイリ副編集長からシュピーゲルの特殊な経営体制について説明を受けた。

 会社の株の25・5%を出版社グルナー・ヤールが、24%を創業者ルドルフ・アウクシュタイン一家が所有し、残りの50.5%を従業員が保持しているという。事務職から経営陣まで、3年以上勤務している人なら株主になれる。アウクシュタイン氏が従業員が株主になることを提唱し、1974年からこの制度が続いている。

 「これによって、従業員は社の一部であると感じ、忠誠心を持つ。責任感も覚える」と副編集長。「業績が上がれば、給料に反映される」

 マイヤー氏によると、シュピーゲルが一丸となって目指すのは「最も優れた調査報道の実践」だ。

 その最も著名な例が1962年に起きた。ある報道の結果、創業者アウクシュタイン氏が逮捕された「シュピーゲル事件」だ。

 前年の1961年、シュピーゲルは連邦政府のシュトラウス国防相が、軍事施設の建設で特定の建設会社から賄賂を受け取ったと報道した。議会の調査委員会はその証拠を見つけられず、シュピーゲルと国防相の関係が悪化した。

 翌62年、シュピーゲルは北大西洋条約機構(NATO)参加国による演習を取り上げた記事を掲載し、西ドイツ(当時)の国防力に疑問符を付けた。

 当局は、シュピーゲルが国防上の機密を暴露した疑いがあるとして、ハンブルクの編集室や数人のジャーナリストの自宅などを家宅捜査した。数千枚にも上る資料が押収され、アウクシュタイン氏、当時の編集長、記事を書いた記者などが逮捕された。編集室は閉鎖された。

 逮捕のニュースが報じられると、抗議デモが西ドイツ各地で発生。当初シュトラウス国防相は一切の関与を否定し、これを国会でも表明していた。しかし、その後、一部に関与していたことが分かり、国防相と数人の閣僚が辞任した。

 シュピーゲルのオフィスが再開したのは逮捕事件から1カ月後だった。

 シュピーゲル事件は、第2次大戦後、西ドイツで言論の自由が確立する大きな転機となったと言われている。

 マイヤー氏はこう述べる。「悲劇的な事件だったが、最終的には、偶然にもシュピーゲルの編集方針の核となった。何物をも恐れず、厳しく批判的に書くこと、大きな着想の下で書くことだ」

 大きな規模で行う調査報道の近年の具体例は、英国のガーディアン紙や米国のニューヨーク・タイムズと協力して行った、内部告発サイト「ウィキリークス」による米軍機密書類の大型暴露(2010年)、租税回避行為を暴いた「パナマ文書・リーク」(2016年)に加え、独自で行ったのがサッカーのワールドカップ招請をめぐる賄賂事件(2015年)だ。

 シュピーゲルは、06年にワールドカップがドイツで開催されるようにするため、ドイツのサッカー連盟が国際サッカー連盟(FIFA)に巨額賄賂を送ったと報道した(FIFAは昨年、疑惑の中心人物に対する調査を開始した)。

 大きな事件の調査報道には時間がかかる。「トップストーリーになるようなテーマは1年以上、10人以上がかかわって追ってゆく」という。

ファクトチェック・チームとは

ファクトチェックされて返ってきた原稿拡大ファクトチェックされて返ってきた原稿

 シュピーゲルが「世界で最大規模」と自負するファクトチェック・チームは、毎週発行されるプリント版の専門スタッフだ。

 プリント版の制作にかかわるジャーナリストは235人、この中の70人がファクトチェッカーだという。

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筆者

小林恭子

小林恭子(こばやし・ぎんこ) 在英ジャーナリスト

秋田県生まれ。1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。「新聞研究」(日本新聞協会)、「Galac」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)。

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