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長時間労働を誘発する「残業代ゼロ」法案

過労死の温床ともなりうる、裁量労働制の対象拡大

佐々木亮 弁護士

1 はじめに

 秋から始まる臨時国会で最重要法案と目されているのが労働基本法(労基法)改正案である。「働き方改革」関連法案という形で出されると言われており、その柱は、次の3つである。
①均衡待遇原則(同一労働同一賃金と呼ばれていたもの)
②労働時間上限規制関係(月の残業時間を最大で100時間未満とするもの)
③高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大を内容とするいわゆる「残業代ゼロ」法案
これらを一括の法案として審議して通してしまおうというのが政府の目論見である。

あまりに雑な「一括法案」

 しかし、①~③は全て性格が全く違う内容の法案である。これを「働き方改革」関連法案などというくくりで審議するのは、あまりに雑といわねばならない。特に、いわゆる「残業代ゼロ」法案と呼ばれる法案は、労働者・労働組合側から非常に強い反発を受けている法案である。「同一労働同一賃金」や「労働時間の上限規制」という「甘い」匂いのする制度に挟んで、労働者保護とは正反対の法案を通してしまおうというのが、一括法案とした政府の狙いといえるだろう。

 そもそも上記①~③のうち、「残業代ゼロ」法案だけ、来歴が異なることに留意しなければならない。①と②の出自は、一応、「働き方改革」の名の下にある。評価はいろいろであるが、内容としては、純粋に制度論だけで言えば「今よりマシ」なものとなっている。

 ところが、「残業代ゼロ」法案の出自は、2007年の第一次安倍政権におけるホワイトカラーイグゼンプション法案(WE法案)まで遡ることになる。労働法制の相次ぐ規制緩和の一環であり、当時の舛添厚労大臣が「残業代ゼロ」法案というネーミングに対抗して「家族だんらん法案」と呼ぼうとし、逆に失笑を買ったことを記憶されている方もおられるだろう。このWE法案は、強い反対にあい、成立せず廃案となった。その後の自民党政権では出されることなく、そうしているうちに民主党が政権を取り、そして失い、再び自民党が政権を取り戻して誕生した第二次安倍政権下で、「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)という分かりにくい呼び名で、再び出てきたものである。

 しかも、再び出されたものの、この法案は強い反発があるために、現在の安倍政権下でも審議入りすることさえできなかった。審議入りをためらったのは、それだけ強い反対があると政府も意識していたからに他ならない。下手に審議入りして廃案とするわけにはいかなかったのである。

 ところが、「働き方改革」という「新手」を繰り出した政府は、他の制度とセットにすることで、どさくさに紛れてこの「残業代ゼロ」法案を通そうという戦略に出ている。それが現時点の状況である。まずは、こうした動きの中に「残業代ゼロ」法案があることを知っていただきたい。

 さて、前置きが長くなってしまったが、以下、本稿ではこの「残業代ゼロ」法案と呼ばれる法案の問題点・危険性について言及する。

2 「脱時間給」? 「成果型労働」? 「残業代ゼロ」?

 まず、内容に入る前にネーミングがよく取りざたされるので、軽く触れたい。読売新聞や日経新聞は「脱時間給」という呼称を用いる。また、この2社を初めとして、多くのメディアで、この法案の枕詞に「働いた時間でなく成果で賃金を決める制度」などと記載することもある。短く「成果型労働」「成果型賃金」ということもある。

 しかし、いずれも完全に誤りである。この法案は、賃金制度については一切言及していない。その時点で、「脱時間給」「成果型賃金」というネーミングは誤りである。また、賃金制度に言及していないのだから、仮にこの法案が成立し、「高プロ」制度を採用した企業があったとしても、成果で賃金が決まる制度になるとは限らない。

 そもそも我が国の法体系では、賃金制度について規制するものはない。賃金額について最低賃金法があるくらいである。このことは、現行法下でも「働いた時間でなく成果で賃金を決める制度」を取ることが可能であることを示している。

 したがって、あたかもこの法案が通れば「働いた時間でなく成果で賃金を決める制度」が実現できるかのような報道は、全てウソを報じていると断言してもいいだろう。この法案に賃金制度が含まれていないことは、国会質問における大臣答弁でも認めているし、そもそも法案を読めば分かることである。

 にもかかわらず、NHKをはじめ、先の読売や日経などが、しつこく「働いた時間でなく成果で賃金を決める制度」と報じるのは、そこには政治的な意図があるからである。報道の在り方としては残念としか言いようがない。

これは「定額働かせ放題」法案だ

 では、逆に「残業代ゼロ」法案という呼び名はどうか。この法案ができて初めて成し遂げられることをネーミングにするとすれば、これは間違っていない。この法案の内容にある「高プロ」制度は、労働時間規制の適用除外制度である。労働時間規制とは、休憩、休日、割増賃金(残業代)などの規制である。これらが一切適用されなくなるのが高プロであるから、その意味で「残業代ゼロ」法案というのは間違ってはいない。

 ただ、後述するとおり、本法案の目玉はもう1つある。それは裁量労働制の拡大である。裁量労働制は、どれだけ働いても一定時間働いたとみなす制度である(したがって、賃金額は実労働時間数で左右されない)。この制度では、みなす時間数によっては一応「残業」や「残業代」という観念はある。そのため、「残業代ゼロ」だと厳密には不正確となる。

 そこで、私が属するブラック企業被害対策弁護団では、本法案における高プロや裁量労働制の拡大などを含めた法案の呼び名として、「定額働かせ放題」法案と呼ぶことを推奨している。いずれの制度も、どれだけ長時間労働をしても賃金額は一定となるからである。

3 高プロについて

 では、中身に入っていこう。

 まず、高プロとは何かであるが、先に述べたとおり、労働基準法の中の労働時間規制に関する法律が適用されなくなる制度である。いわゆる適用除外でと呼ばれるもので、現行の管理監督者とほぼ同じと考えると分かりやすいかも知れない。具体的には、労基法32条の1日8時間、1週40時間という原則、同34条の休憩(労働時間が6時間を超える場合に少なくとも45分、8時間を超える場合に少なくとも1時間)、同35条の週1回の休日や4週4回の休日に関する規制など、これらの規制の全てが適用されない。

 この制度の対象者は、高度の専門職で年収が労働者の平均年収額の3倍程度の労働者とされる。高度の専門職が何かについては省令で定められ、具体的な金額も省令で定められる。そのため現時点では不明であるが、職種については為替のディーラーや研究職など、金額については1075万円や1000万円などが取りざたされている。

予想される要件の引き下げ

 ただ、ここでいう年収要件は、制度導入後、徐々に下げられることが確実だと指摘されている。それは、この制度の導入を強く求める経団連が年収400万円以上の労働者にはこの制度の適用対象とせよと提言していたこと、 ・・・続きを読む
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筆者

佐々木亮

佐々木亮(ささき・りょう) 弁護士

1975年北海道生まれ。99年に東京都立大学法学部卒業後、2003年弁護士登録。現在旬報法律事務所で勤務。日本労働弁護団常任幹事、ブラック企業被害対策弁護団代表などを務める。「いのちが危ない残業代ゼロ制度」(共著、岩波ブックレット)、「会社で起きていることの7割は法律違反」(共著、朝日新聞新書)など著書多数。