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[1]巨大企業と監査法人の存亡をかけた攻防

内部資料があぶり出すその内幕

堀篭俊材 朝日新聞編集委員

「監査法人の話を直接聞きたい」

東芝の臨時株主総会に出席する人たち。入り口には注意書きの看板が掲げられていた=10月24日、千葉市美浜区
東芝の臨時株主総会に出席する人たち。入り口には注意書きの看板が掲げられていた=10月24日、千葉市美浜区

 季節はずれの株主総会は、その展開も異例づくしだった。「監査法人の話を直接聞きたい。株主総会への出席を求める」。男性の株主から突然の動議が出されると、会場からは拍手が起きた。東芝の臨時株主総会が10月24日、千葉市の幕張メッセであった。

 株主総会に監査法人が出席することは、ふつうはありえない。だが、東芝の決算発表は、監査法人との対立が長くつづいた末、遅れに遅れていた。秋の臨時株主総会もそのためだ。いったい何があったのか説明してほしい――。長く待たされた株主たちからしてみれば、緊急の動議は当然ともいえるだろう。実はこの日、会場の一室には、東芝の監査法人であるPwCあらたの会計士たちが控えていた。いつでも説明に出ていく準備はできていた。

 しかし、PwCあらたの会計士たちは、結局、姿を見せなかった。総会の議長をつとめた東芝社長の綱川智は「監査法人の出席は不要と考え、議長としては反対」と語ると、採決に進んだ。拍手とブーイングが入り交じる騒然とした雰囲気のなか、綱川は「賛成多数で否決されました」と宣言し、すぐさま次の株主の質問に移った。

 子会社だった米原子力会社ウェスチングハウス(WH)が経営破綻(はたん)し、巨額損失を計上した東芝は、2017年3月期決算に対し、PwCあらたから「決算に問題なし」とする無限定適正の監査意見をもらうことはできなかった。PwCあらたとの長い攻防の結果、8月10日に出たのは「一部に問題あり」とする限定つき適正意見だった。PwCあらたが最終局面で「決算に重大な問題がある」とする不適正意見を出す可能性をちらつかせると、東芝は猛反発した。上場廃止の瀬戸際にあった東芝にとって、まさに死活問題だったからだ。

 株主総会では、その攻防劇が再現された。東芝の社外取締役である佐藤良二は「PwCあらたの見解は承服できない」と言い切った。大手監査法人トーマツの包括代表(CEO)だったベテラン会計士である佐藤は、いまは東芝の監査委員会の委員長をつとめる。会社法における監査役監査を手がける立場にある。監査の実務を熟知した会計の専門家が、監査法人に対し公然と反旗を翻した瞬間だった。

 企業と監査法人は、おたがいの信頼関係をベースにしながら、財務諸表の監査に協力してあたるのが理想だといわれる。その信頼関係が、東芝とPwCあらたの間では完全に壊れてしまっていた。数多くの子会社や海外のネットワークを抱える巨大企業の監査をできる国内の監査法人は限られる。どこも引き受け手がいなくなる「監査難民」になるのを恐れる東芝は、PwCあらたに対する根強い不満を抱えながらも、その関係をつづけている。

陰の主役は米大手会計事務所

ウェスチングハウスの巨額損失について会見で質問に答える東芝の綱川智社長(右)=12月27日、東京都港区ウェスチングハウスの巨額損失について会見で質問に答える東芝の綱川智社長(右)=12月27日、東京都港区

 朝日新聞社は、WHの巨額損失が表面化した昨年末から今夏まで、PwCあらたとのやりとりを日付ごとに記した東芝の内部資料を入手した。そこには、PwCあらたも、それ以外の関係者も多く登場する。

 複数の資料や関係者の証言を元に一連の経緯をたどると、今回の攻防劇で最も重大な役回りを果たしたのは、PwCあらたではなかった。影の主役は、PwCあらたが提携する国際的な大手会計事務所、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)だった。

 世界の4大会計事務所でも歴史の古いPwCは、欧米市場で大手銀行や大企業などトップクラスのクライアントを抱え、最も格上の会計事務所といわれる。国内の大手監査法人は、どこも海外の大手会計事務所と提携関係にある。だが、PwCあらたに対するPwCの影響力は、他の監査法人に比べると格段に強いとされている。東芝の子会社だったWHの監査を手がける立場にすぎない米国のPwCは、親会社の監査に対するPwCあらたの方針にも介入していた。米国から幹部が来日し、東芝の幹部と何度も直接やりとりしていた。そして、そのことが事態をいっそう複雑にし、東芝の決算発表を大幅に遅らせた原因になっている。

東芝の経営危機をめぐる動き東芝の経営危機をめぐる動き

Too big to fail(大きすぎて、つぶせない)

東芝本社=東京都港区、本社ヘリから東芝本社=東京都港区、本社ヘリから

 内部資料には、2015年の不正会計問題をきっかけに東芝の監査法人を退任した新日本監査法人、PwCあらたの事実上の「解任」を一時検討した東芝が後任と目した中堅監査法人、日本公認会計士協会なども出てくる。そしてよく目につくのが、監査法人の監督官庁である金融庁の官僚たちだ。東芝の決算が延期になる前後、監査法人との交渉に行きづまると、東芝の幹部は金融庁を訪れ、ひんぱんに相談していた。一企業の監査をめぐる問題に対し、金融庁が強い関与をつづけていたことが浮き彫りになっている。

 東芝に対するこうした国の庇護ぶりをみていると、「大きすぎて、つぶせない(Too big to fail)」という言葉を思い出す。かつて2000年代はじめ、巨額の不良債権を抱えたメガバンクに対して使われた。日本経済にあたえる甚大な影響を考えれば、事実上破綻していても、他の銀行とくっつけて延命させるしかない。現実主義的な官の考えをよく表している言葉だ。

 同じことが東芝についてもあてはまる。巨額損失を穴埋めしようと東芝が急いだ半導体子会社の売却先は、経済産業省が急ごしらえでつくりあげた日米韓連合に最終的に決まった。猛反発したウエスタンデジタル(WD)との交渉に東芝とともにあったのも経産省の官僚たちだった。

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