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骨抜きになった労働基準法改正案

厚労省に足を引っ張られる安倍首相 「消えた年金」再来

深沢道広 経済・金融ジャーナリスト

 長時間労働を抑制する環境を整備することなどを柱とする政府の「働き方改革」に暗雲が立ち込めている。今通常国会の衆院予算委員会で厚生労働省が作成した裁量労働制に関するデータのねつ造、隠ぺい疑惑が発覚し、法案提出が危ぶまれているためだ。

 政府側は不適切なデータについて現時点で撤回していないが、安倍晋三首相らはいち早く答弁を撤回、陳謝した。実現すれば、残業時間に上限を設けるという制定以来70年ぶりとなる労働基準法の大改正に不透明感が漂い始めた。

法案提出は可能か?

経済3団体共催の新年祝賀パーティーであいさつする安倍晋三首相。右は榊原定征経団連会長=1月5日拡大経済3団体共催の新年祝賀パーティーであいさつする安倍晋三首相。右は榊原定征経団連会長=1月5日

 安倍首相は1月22日の今通常国会冒頭の施政方針演説で、「働き方改革を断行いたします」と、今国会を「働き方改革国会」と位置付け、戦後制定された労基法の70年ぶりの大改正に切り込むはずだった。当初同法案は2017年秋の臨時国会に提出される予定だったが、衆院の電撃解散によって法案提出・審議が先送りされたのだ。このため、政府は今通常国会への法案提出を目指していた。

 法案のポイントは大きく二つ。具体的には長時間労働を抑制策や年次有給休暇取得促進策を盛り込んだ改正部分と、多様で柔軟な働き方を実現する改正部分から成る「抱き合わせ」法案として提出する方針だった。抱き合わせ法案とは、複数の法改正を一本化して法案可決を目指すもの。裁量労働制の拡大などこれまで野党の反発で継続審議になっていた改正内容も含め、審議を一本化することで早期成立をもくろんだのである。

ほんとうの狙いは……

 政府側は労働者が健康を確保しつつ創造的な能力を発揮しながら効率的に働くことができる環境を整備するため労働時間制度を見直すのが表向きの理由。しかし、真相は違う。

 日本経団連など経済界からの要望に応え、労働者が始業・終業時間を決めるフレックスタイム制の見直し、現在は一部の職種に限られている裁量労働制の見直し、一定の条件を満たす専門的な職種の人に健康確保や本人の同意などを条件に、残業代等を例外的に支払わなくていい仕組み(高度プロフェッショナル制度)を創設するのが真の狙いだ。

 会社経営者の立場に立てば、一定額の残業代支払いだけで済む、働かせるほど人件費節約になる、現在残業代を支払わないと違法になるのが合法になる、などのメリットがある。

 これに対して、労働者からすると、時間配分の自由は認められても業務量を制限する自由はない。このため、長時間労働に対する歯止めがきかなくなる可能性が濃厚で、労働時間が管理されないので労災認定が難しくなるなどのデメリットがある。

 安倍首相は自身の経済政策アベノミクスの成功のために、日銀の物価目標の達成ほか、経済界にも賃上げを強く求めてきた経緯もあり、経済界側からの要請にこたえざるを得ないのだ。このため、首相本人も簡単には引き下がれない事情がある。ただ、官邸関係者によれば、本人は働き方改革がどうなろうが知ったことはなく、無関心ではないかという。

判明した根本的な謝り

 端的に言えば、法案は一方で労働者の残業時間を減らすといいながら、もう一方では一部の労働者には残業を助長する改正が盛り込まれており、二律背反する内容をはらんでいる。日本労働弁護団によると、「定額働かせ放題」法案というわけだ。

 これについて、厚労省は裁量労働の方が一般労働よりも労働時間が短いというデータがあると反論してきた。このデータは塩崎恭久前厚労相以降一貫して使われてきたものだが、今通常国会への法案提出に先立ち、衆院予算委員会などでも改めて取り上げられ、安倍首相もこの厚労省の言うデータに基づき、「平均的な方で比べると、裁量労働の方が労働時間は短いというデータもある」と答弁していた。

 政府側にとっては「裁量労働制の導入で労働時間は長くなるはず」という批判への反論がまさにこのデータというわけだ。具体的な数字で長いか短いかを示すことができるので、説得力のあるはずだった。他方、このデータが誤っているということになると、反論できなくなってしまう、いわば、政府にとっては、両刃の剣と言っても過言ではない重要なデータだったのだ。

 しかしこれが野党の追及で、根本的な誤りであることが判明した。一般労働者には「最長の残業時間」を聞く一方で、裁量労働制で働く人には単に労働時間の状況を聞いていた。全く異なる質問への回答を比較して「裁量労働制の方が労働時間は短い」とロジックを強引にねつ造していたのだ。比較できないデータ同士を比較していたし、一般労働者のデータは過大だった。中学生でもおかしいとわかるレベルのものだ。

 さらに個別の調査データをみていくと、おかしなデータが2月28日までに400件以上も出てくるなど調査結果の信頼性自体も揺らいでいる。さらに、厚労省は当初、課内に調査の回答票原本がないと言っていたのに、数日後には省内の地下倉庫で原本の入った段ボールが見つかり、意図的な組織的な隠蔽疑惑も浮上した。 ・・・続きを読む
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筆者

深沢道広

深沢道広(ふかさわ・みちひろ) 経済・金融ジャーナリスト

1978年生まれ。慶応大学商学部卒業後、編集者として勤務。05年青学大院経営学研究科会計学専攻博士前期課程修了。格付投資情報センター(R&I)入社。R&I年金情報、日本経済新聞の記者として勤務。12年のAIJ投資顧問による2000億円の巨額年金詐欺事件に係る一連の報道に関与し、日経新聞社長賞を受賞。24億円の巨額横領、贈収賄事件など年金ガバナンス、資産運用の諸問題を明らかに。17年7月退社。

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