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トランプ政権の鉄鋼関税引き上げと経済学

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

世界中に衝撃が走った

ホワイトハウスで行われたスウェーデンのロベーン首相との共同会見で記者からの質問に答えるトランプ米大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影 拡大ホワイトハウスで行われたスウェーデンのロベーン首相との共同会見で記者からの質問に答えるトランプ米大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影

 トランプ政権が鉄鋼関税引き上げを決定したことに、世界中が衝撃を受けている。中国の過剰生産による鉄鋼価格低下を理由にしているが、アメリカ全体の鉄鋼輸入に占める中国の割合は2%に過ぎず、主要な輸出国であるカナダやEUからの大反発を受けている。これは中国に対する貿易赤字の解消には、ほとんど役に立たない。

 世耕経済産業相は、安全保障上鉄鋼業が必要だとするアメリカに対して日本は同盟国であること、高品質の日本の鉄鋼製品に対するアメリカ産業の需要は高いことを主張して、日本の鉄鋼またはその一部品目を対象除外とするよう申し入れていたが、効果はなかった。アメリカの本音は安全保障ではなく、国内の鉄鋼業界を保護しようとするものだからである。そのためには例外なく幅広い国を対象としなければならない。

 アメリカは将来の適用除外に含みを持たせているが、カナダとメキシコを対象から外したのも、安全保障上両国は特別だという表向きの理由からではなく、再交渉をしているNAFTAで両国から別の事項で譲歩を引き出したいためで、両国が譲歩しないなら適用除外を止めて高関税を課すと示唆している。日本が適用除外を求めるなら、農産物の関税を下げろと言ってくるだろう。

 日本政府は国内向けにあくまでも適用除外を求めていくというポーズを採るのだろうが、それが難しいということは通商関係者にはよくわかっているはずだ。

 仮に日本が適用除外を獲得できたとしても、他の国へのアメリカの高関税でアメリカの輸入が減少すれば、世界市場への鉄鋼供給が増加し国際価格が低下するので、日本の鉄鋼業界は大きな損失を受ける。根本にあるアメリカの措置自体を是正しなければ、問題は解決できない。日本だけお目こぼしをもらおうという姑息(こそく)な対応ではなく、アメリカに正面から対峙し措置を撤回するよう求めるべきなのである。

 トランプ政権の措置で思い浮かんだ二つの経済理論がある。

最適関税の理論

 一つは、国際経済学の最適関税の理論である。

 国際経済学では、その国の貿易が世界貿易に占める比重が大きく、貿易量や政策の変更が国際価格に影響を与える大国の場合と、比重が小さくて国際価格に影響を与えるようなことがない小国の場合を分けて議論する。小国が関税を上げても国際価格には影響しない。ところが、大国が輸入品に関税をかけると、大国については国内価格が上昇するので需要が減少し、輸入量が減少する。つまり、大国の需要減少分だけ世界市場での需要が減少することになるので、国際価格が低下する。

 具体的に数字を置いてみる。

 アメリカは従来100ドルで鉄鋼一単位を輸入していたが、40ドルの関税をかけたために、国際価格は80ドルに低下する(アメリカの消費者は80ドルに関税を加えた120ドルで購入する)。

 アメリカが輸出するトウモロコシ一単位の価格は100ドルで変わらない。関税をかける前はともに100ドルで鉄鋼一単位とトウモロコシ一単位を交換していたが、鉄鋼価格が低下したために、アメリカはトウモロコシを0.8単位輸出するだけで、もとの鉄鋼一単位を購入することができる(これを〝交易条件〟が改善するという)。

 輸出することは生産する(働く)ことであり、輸入することは消費することだと考えると、アメリカ(大国)は少なく働くだけで同じだけの消費ができるようになる。つまり、アメリカは関税をかけることで豊かになったのである(生産者は価格上昇の利益を受けるし、関税収入が国庫に入る)。

 もちろん関税が高すぎれば、国内価格が上昇することによる消費者の不利益が大きくなりすぎるので、関税引き上げにも限界がある。アメリカの利益が最高となる、ある一定の関税水準が存在する。これを最適関税という。

関税引き上げの被害者

 今回のアメリカの関税導入で、EUはアメリカ市場を失った鉄鋼が自国に安く流入してくることを懸念している。もちろん、トランプ氏が提案する25%の関税が最適関税である保証はないが、鉄鋼の国際価格が低下してアメリカの交易条件が改善し、アメリカに一定の利益が発生する。

 反対に、鉄鋼の国際価格が低下する輸出国は被害を受ける。報復措置として、同じく大国であるEUがアメリカからの輸入品の関税を引き上げると、今度はアメリカが被害を受ける(EUに代わり多数の輸出国が協調して関税を引き上げても同じである)。世界の貿易は縮小して、アメリカが関税を引き上げる前に比べて、アメリカも含め全ての国が被害を受ける。さらにアメリカが対応措置を講じ、双方の対応がエスカレートすれば、世界貿易はどんどん縮小して、貿易がほとんど起こらないという最悪の結果となる。これが貿易戦争の結末である。

囚人のジレンマ

 もう一つは、ゲームの理論の囚人のジレンマというケースである。 ・・・続きを読む
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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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