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「東芝問題、PwCあらた監査法人は説明不十分」

佐藤隆文・日本取引所自主規制法人理事長に聞く

堀篭俊材 朝日新聞編集委員

 原子力事業の巨額損失をめぐり激しく対立した東芝とPwCあらた監査法人の問題は、監査をめぐる様々な問題を提起した。月刊「文芸春秋」に寄せた手記で、東芝問題における監査法人の説明責任のあり方について問題視した日本取引所自主規制法人理事長の佐藤隆文氏(元金融庁長官)に聞いた。(聞き手 朝日新聞編集委員・堀篭俊材)

拡大佐藤隆文氏
――東芝の今回のケースを振り返り、監査法人の説明責任は十分だったのでしょうか。

「監査が適切であったかどうかを判断する立場にはないが、今回PwCあらた監査法人は、東芝に対する監査の結果を非常に短い言葉でしか対外的に説明していない。有価証券報告書や四半期報告書、内部統制報告書に付した監査意見について、型どおりの記述だけで監査法人の側から明快かつ十分な説明がなされていない。少なくとも説明責任をきちんと果たそうという意欲は伝わってこない。資本市場においては、開示内容が実態に合わせてきちんと理解され、理解された情報に基づき様々な投資判断が行われる。その結果として株価が形成され、上場企業の評価となって表れる。そのために必要な透明性を保つのが、私の仕事のミッションだ。そういう観点から、今回は監査法人がもう少し丁寧な説明をしてくれればよかった、と考えている」

――昨秋の「文芸春秋」の手記では、メディアの報道姿勢についても疑問を投げかけました。

「新聞やテレビといった大手メディアは、監査意見の結果を数文字だけで報じるのではなくて、なぜそういう結論になったのかを掘り下げて、全体像をバランス良く報道していただきたい。その意味でも、PwCあらたは、なぜ意見不表明や限定付き適正意見という結論になったのか。本件のように錯綜した事案については、監査法人がその理由をもっと丁寧に説明してくれれば、メディアの理解も進み、問題の全体像をとらえることが可能になったのではないか」

株主総会での動議否決は残念だった

――そうはいっても、監査法人は顧客の企業との守秘義務契約をタテに沈黙を守るのが常です。ケースによって、この守秘義務を解除する仕組みが必要なのでは。

「監査を受ける企業の側が、監査契約上の守秘義務を解除すれば、監査法人は外に対して説明しやすくなる。守秘義務をタテに説明責任から逃げようとする姿勢は貫きにくくなるだろう。東芝は今回、昨秋の臨時株主総会で佐藤良二監査委員長が『われわれの認識はPwCあらたとは違う』ということをはっきりと表明した。東芝側の認識が違うということは、監査する側と監査を受ける側で意見が違っている、ということだ。昨秋の株主総会では『監査法人の話を聞きたい』という株主の動議が出た。資本市場に対する必要な情報を提供するという意味で、守秘義務を解除できるチャンスだった。それなのに議長である社長が動議を否決してしまったのは、非常に残念だった」

監査意見を絶対視するのはおかしい

拡大佐藤隆文氏
――「市場の番人」として、日本取引所グループとしても何らかの関与をしてもいいのではないでしょうか。

「監査法人と個別企業との関係について、取引所があれをすべき、これをすべきじゃないと、いちいちものを申し上げる立場にはない。東芝は、2015年の不正会計問題で取引所により、上場維持の可否を審査する『特設注意市場銘柄』(特注銘柄)に指定されていた。この期間、我々は東芝が監査法人に対して、きちんとした対応をしているか見てきた。監査法人との関係においても、東芝は最低限のことはきちんとやっていることを確認できたので、ほかのチェック項目も確認したうえで、昨年10月に特注銘柄の指定の解除を決めている。その審査の過程で監査法人の考え方や行動もかなり詳しく把握できたが、監査意見そのものに取引所が口を出すのは越権行為になる。企業と監査法人が対立したときは、他の監査法人からセカンドオピニオンをもらう制度はすでにある。守秘義務の解除だけではなく、いまある制度でもいろいろな工夫ができるはずだ」

――文芸春秋の手記では「監査法人の意見を無条件で絶対視するのは危険だ」ともいっています。それに対し、「では投資家や株主は何を信じればいいのか」という反論も学者から出ています。

「たしかに、外部監査を経た財務諸表が適正なものであるという社会的な約束の下で、開示制度が機能し資本市場が回っている。また、監査意見はそれなりの研鑽(けんさん)を積み訓練を受けた公認会計士の方がやっているので、プロフェッショナルな仕事ではある。だからといって、監査法人の意見がいつでも無条件に100%正しいと前提するのはかえって危険ではないか。例えば、東芝のケースでは、PwCあらたは東芝に対し、『原子力事業の巨額損失を2016年3月期決算で計上すべきだった』と指摘しているが、その2016年3月期決算については、前任の新日本監査法人が無限定適正意見を表明している。まったく同じ事象に対し、2つの大手監査法人が異なる結論を出している。同一の事象について2つの異なる監査意見があった。ここで2つの監査意見を両方とも絶対視しろといわれたら、どうなるのだろう」

三流の経営と一流の技術の組み合わせの悲劇

――2つの異なる監査意見の問題は別にして、東芝の巨額損失は経営判断のミスとはいえます。

「高い値段で米原発会社のウェスチングハウス(WH)を買っておいて、きちんと経営管理する意欲も能力もない状態を放置してきた。まさに、三流の経営と一流の技術の組み合わせの悲劇だ。原発ビジネスに対し、各時点でのグローバルな情勢やコストの見通しを踏まえ、どう対応をすべきなのか。その判断プロセスにおいて数々のずさんさを積み重ねてきた。ただ、その経営判断の問題は別にして、その結果がどうなったのか、タイムリーにきちんと認識をし、開示してもらう。そこさえきちんとしていれば、取引所として経営判断そのものには介入しない」

――日本取引所自主規制法人が昨秋に東芝の特注銘柄解除を決めたことで、取引所に対して「大企業に甘い」という批判もありました。

「大企業を優遇したとか、政府の意向を忖度(そんたく)したのではとか、根拠のない仮説が飛び回った。PwCあらたは今回、金融商品取引法に基づいて、財務報告に関する内部統制が『不適正』という意見を出しているが、これはあくまで決算の一部に関するものであって、会社全般の内部統制を不適正と指摘しているわけではない。内部統制の中でも分野が財務報告の関連に限定されているということがひとつ。それから、なぜその部分の内部統制が不適正と指摘されたのか、その中身をみてほしい。突き詰めていえば、今回の問題は、WHによるCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収で生じた損失を、東芝がどの時期に認識・計上すべきであったのかという論点だけに収斂(しゅうれん)する。財務報告に関してPwCあらたが限定つき適正意見を出したのも、財務報告すべてが間違っていたのではないことを意味している。これらを踏まえれば、東芝の内部統制全体がボロボロになっていて、全く形になっていなかったという指摘ではない」
「重要な経営判断をするときにリスクがどれぐらいなのか、リスクが顕在化したときの損失がどのぐらいか。どの程度の蓋然性で顕在化するのか。これらを踏まえ、どういう手順を踏んで経営判断をしたのか。東芝については、内部管理体制上の問題が多数あった。だが、そういう点を直して、経営の体制としてある程度形ができ、運用も回り始めた。上場企業として最低限必要な内部管理体制の水準には至った。そう判断できたので、特注を解除したということに尽きる」

佐藤隆文(さとう・たかふみ) 67歳。一橋大卒。1973年に大蔵省(現・財務省)入省。1998年に金融監督庁(現・金融庁)に移り、検査局長、監督局長などを歴任、2007年から2009年まで長官を務めた。2013年から東京証券取引所自主規制法人(現・日本取引所自主規制法人)理事長。オックスフォード大修士、名古屋大博士。
メモ)東芝の「特設注意市場銘柄」指定  2015年の不正会計問題の発覚で、東京証券取引所は同年9月、東芝に対し内部管理体制の改善を求め、審査の結果次第で上場廃止となる「特設注意市場銘柄」(特注銘柄)に指定した。東証を傘下に持つ日本取引所グループの自主規制法人は昨年10月、東芝の経営体制に一定の改善がみられたと判断し、特注銘柄の指定を解除した。

 ※連載「東芝と監査法人の不適切な関係」
[1]巨大企業と監査法人の存亡をかけた攻防
[2]日本の監査制度に根本的に欠けているもの
[3]2度目の決算延期 繰り返された小田原評定
[4]呉越同舟の始まり


筆者

堀篭俊材

堀篭俊材(ほりごめ・としき) 朝日新聞編集委員

1989年に朝日新聞社に入社。函館支局や甲府支局を経て、名古屋本社や東京本社経済部で金融や民間企業を担当。2000年代の銀行の不良債権問題などを扱った。現在は産業分野を中心に取材し、経済面コラム「波聞風問」、コーポレート・ガバナンスや会計・監査制度の記事を執筆する。

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