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「加計問題」再燃(上) 愛媛文書で右往左往

ウソがウソを呼ぶ悪循環。安倍政権の致命傷になる可能性も

深沢道広 経済・金融ジャーナリスト

国会前で抗議の声を上げる人たち=4月14日

 獣医学部新設をめぐる加計問題が1年ぶりに再燃した。安倍晋三首相周辺の関与をうかがわせる愛媛県職員作成の新文書の存在が明らかになったためだ。愛媛県の中村時広知事は10日、緊急会見して「(文書は)職員が作成したメモ=備忘録」としたが、野党の追及で政府は答弁作成に右往左往し、首相出席の11日の集中審議は紛糾。収束の兆しはない。安倍政権の致命傷になりかねない「加計問題」を再整理する。

「本件は、首相案件」

「本件は、首相案件となっており、内閣府藤原次長の公式ヒアリングを受ける形で進めていただきたい――」

 愛媛県が作成した文書は、2015年4月2日、愛媛県地域政策課、今治市企画課長、加計学園事務局長らが内閣府や首相官邸を訪問し、面談内容を報告するために記録したものとみられる。首相肝いりの国家戦略特別区域制度(国家戦略特区)を利用して獣医学部新設申請を提案するよう愛媛県などに指示する内容が記載されていた。

 つまり、今治市が特区に選定される16年1月よりはるか以前に、内閣府など政府側から、獣医学部設置を望む愛媛県や今治市側に対し、特別なアドバイスが行われていたということだ。関係者によると、内閣府や官邸が急に会ってくれることになり、予定を変えて東京に出張することになったという。

 政府は文書記載の面談については「首相官邸には1日当たり数百人が訪問するため、入館記録が既に破棄されており確認できない」としている。当初はこの新文書について「政府内で存在を確認できていない。愛媛県の文書についてコメントする立場にない」とし、首相を含め官邸の関与を一切否定した。愛媛県今治市における獣医学部の新設が、首相の友人、加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園ありきで進んだことを否定する必要があるからだ。

岡山理科大学今治キャンパスで行われた獣医学部の入学宣誓式であいさつする加計孝太郎理事長=4月3日

 しかし、13日に農林水産省で日付の異なるこの愛媛県文書と同趣旨の文書があったことが発覚すると、文書の存在を認めざるを得なくなった。それでも依然として文書記載の内容については事実確認ができないとするスタンスを崩していない。

元首相秘書官「記憶に関する限り、お会いしていない」

 文書の記載によると、愛媛県職員らの面談相手は、当時国家戦略特区を担当する内閣府地方創生推進室次長だった藤原豊氏(現経済産業省貿易経済協力局審議官)と、首相秘書官だった柳瀬唯夫氏(現経済産業審議官)。

 文書報道後、柳瀬氏は「私の記憶に関する限り、愛媛県や今治市の方とはお会いしていない」と面談の事実自体を改めて否定した。客観的な証拠はなく説得力はないが、文書作成の基となる録音データなどが出てこない限り、永遠に認めることはないだろう。

 愛媛県の中村知事は10日夕方、緊急会見を開催。文書について「文書自体は残っていないが、職員が作成したメモ(備忘録)」と文書の存在と内容の信ぴょう性を認めた。13日の農水省文書についても、愛媛県職員が作成し渡したものだと明らかにした。

 一方、今治市の菅良二市長はこれまで首相官邸への訪問は認めているものの、面談内容や相手については「私どもは迷惑がかかるため控えたい」と愛媛県とスタンスが分かれている。

衆院予算委の閉会中審査に出席した柳瀬唯夫氏(右)。左端は藤原豊氏=2017年7月24日

 政府と愛媛県どちらの言い分が真実かは現段階で明らかではない。ただ、県庁や市職員ら地方公務員の出張は税金で賄われている。市側には該当する出張記録もあり、一般論で愛媛県職員らの東京出張が虚偽であったとは考えにくい。

「加計ありき」の展開

 これまでの動きを振り返ろう。愛媛県や今治市は07~14年にかけて、構造改革特別区域制度(構造改革特区)で獣医学部の新設を15回提案したが、いずれも採用されなかった。文科省が獣医師の需給要件など認可要件を満たさないとして認めなかったためだ。

 「構造改革特区」は小泉純一郎内閣が02年度省庁や業界団体の岩盤規制を打破する目的で、地域それぞれの得意な産業の育成を目指した制度だが、愛媛県などは第2次安倍晋三内閣の下で15年6月、「国家戦略特区」で獣医学部の新設計画を改めて申請した。すると、16年1月今治市が特区に指定された。新設計画は一転してあっさりと認められたのだ。

 特区指定の前提として、政府は15年6月、「既存の大学・学部では対応困難」など獣医学部新設の4条件を閣議決定した。今治市の計画案が採用されるよう、内閣府主導でルールを変えた疑惑も浮上する。

 その後、内閣府が今治市に開学を希望する事業者を公募したところ、開学までの期間が短く断念する学校法人がある中、加計学園が手を挙げた。まさに事後的に振り返ると、「加計ありき」の展開といえるのだ。

安倍首相「腹心の友」

 加計学園理事長の加計孝太郎氏は、安倍首相が「腹心の友」と評した人物。首相の米国留学時代からのまさにお友達中のお友達なのである。首相は17年7月の衆院予算委員会の閉会中審査で「(理事長から)相談があったことは一切ない」と答弁している。

 ただ、首相動静など記録のない形での会食やゴルフがあったかどうかは不透明だ。愛媛県文書には「安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が云々・・・」という記載があり、記録に残らない形で非公式に接触していた可能性は払しょくできない。

学校法人「加計学園」が運営する岡山理科大獣医学部=愛媛県今治市

 首相が加計学園の獣医学部開設計画を知ったのは、17年1月の事業者に選定された時点というが、この文書の内容が真実だとすれば、加計学園の設置計画を早い段階から知っていた可能性があり、これまでの17年1月に知ったという答弁は虚偽である可能性がある。

 加計学園が04年4月に千葉県銚子市に開学した千葉科学大の開学10周年記念式典があった14年5月、首相は来賓として加計理事長と同大を称賛するスピーチを行っている。そうした親密な関係からも、今回の岡山理科大獣医学部創設の構想を知らなかったというのは無理筋だろう。

 千葉科学大のケースでも、銚子市が同大側に土地を無償提供し、100億円近い補助金を交付するスキームが使われている。この結果、銚子市はさらに財政逼迫した。同大薬学部の薬剤師国家試験(3月27日厚生労働省発表)の合格率は新卒・既卒を合わせ51.24%と私大平均69.55%を大きく下回る。同大を誘致した当時の市長は岡山県副知事を歴任し岡山理科大客員教授だった人物で、17年の市長選で現職市長に大敗した。

「総理のご意向」を否定

 時計の針を1年前に戻す。政府の国家戦略特区制度による獣医学部新設計画の公表前に、文科省と内閣府がやり取りした複数の文書やメールが発覚した。文科省文書では18年4月の早期の開設をめぐり、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などの記載があった。

 これに対し、菅義偉官房長官は定例会見で「そのような事実はない」と全面的に否定。「作成部局が明確になっていない」と指摘し、「通常、役所の文書はそういのはないと思う」と述べた。一部の文科省関係者は「いずれも16年9~10月に文科省職員が作成したもので間違いない」と反論していたが、最終的には官邸に抑え込まれていた。

衆院予算委の閉会中審査で答弁に立つ前川喜平氏。右端は安倍晋三首相=2017年7月24日

 当時の文科省事務次官だった前川喜平氏がOBの天下り問題で引責辞任した後、加計学園の獣医学部の新規開設認可の問題点を明らかにした。前川氏は「文書は内閣府から文科省に私が在職中に専門教育課で作成されて受け取り、共有していた文書で確かに存在していたものだ」と述べ、「極めて薄弱な根拠で規制緩和が進められ、本来公平、公正であるべき行政の在り方が歪められた」とした。このころ、前川氏の部下である文科省幹部も筆者に「いつになるか分からないが、真実は歴史が明らかにする」と意味深い言葉を残していた。

 それでも、政府側は前川氏の発言や文科省文書の一切を否定した。首相は17年9月の臨時国会冒頭で衆院の電撃解散に踏み切った。10月の衆院総選挙で与党が圧勝し、臨時国会で野党から加計問題の追及を避けることもでき、加計問題の幕引きはいったん成功していた。

状況悪化を招いた「首相の全否定」

 しかし、今年2月以降、状況は一変する。

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