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安倍政権、財政再建やる気なし

「社会保障と税の一体改革」を放棄し、財政再建目標を5年先送り

原真人 朝日新聞 編集委員

 

消費税増税の再延期を表明する安倍首相を映す大型ビジョン=2016年6月1日、大阪市北区

 政府が6月にまとめる骨太の方針で、財政再建目標の「5年先送り」を決める見通しになった。まず確認しておきたい。これは「目標の微修正」程度の話ではなく、ずっと深刻な話である。

 財政再建をめぐっては、従来の目標でさえ相当に甘く、相当に楽観的な前提を重ねて作られたものだった。それさえ達成できないのに、机上の計算でいかに繕い直したとしても、意味ある目標数字になるわけがない。

 安倍政権にはまともに財政再建しようという気など毛頭ないのではないか。

「プライマリーバランス」はそもそもナンセンスだ

 政府が設けている財政再建目標は、国と地方を合算した「プライマリーバランス(基礎的財政収支=以下PB)」というものだ。現在は2020年度に黒字化するという目標になっている。6月にまとめる骨太の方針でこれを5年先送りし、2025年度の黒字化をめざすことになる。

 「財政収支」は通常、その年度の政府の歳出と歳入の単純な差を示す。どの国でもそうだ。PBはそこから国債の発行や償還、利払いなどを除く。新たな借金や借金返済にかかわるものを除き、その年度の新たな政策経費がその年度の税収でまかなわれているかどうかを見る指標である。

小泉内閣当時の竹中平蔵氏=2003年4月、金融兼経済財政相として記者会見

 しかし、政府の借金は厳然としてそこにある。とくに日本は先進国で最悪の借金大国だ。財政危機は借金が雪だるま式に増えるから起きる。「借金抜き」で考えるPBは一見もっともらしいようで、本来はナンセンスなのだ。

 財政再建目標をいいかげんに扱ってきたのは安倍政権に限らない。歴代政権もそうだった。まずその経緯をたどろう。

「ゆるい」目標を「先送り」し続けた

 「PB目標」が初めて導入されたのは小泉政権時代の2003年。当時の竹中平蔵経済財政相が主導した。

 このときの目標は「2010年代初頭に達成する」。小泉政権は消費増税を封印したため、抜本的な財政再建はできない。だから目標のハードルをあらかじめ下げておこうという思惑だった。2010年代初頭という目標時期も「10年近く先」程度のおぼろげなものだった。

 これが3年後に「2011年度」と特定された。

 低いハードルのはずだったPB目標はその後、歴代政権が放漫財政を重ねた結果、高いハードルと化していく。

 2008年のリーマン・ショックによる不況の影響で翌年目標時期は「10年以内」と一気に先送りされた。つまり2019年度だ。さらに2010年には目標時期は「2020年度」とされた。

 ゆるい目標を、しかも、先送りし続けたのだ。そして今日に至る。

菅内閣は消費増税を突如掲げて敗れた

 それでも日本国債はなぜか決定的に信用を失わなかった。金融市場では「日本にはまだ増税余力がある」という見方が強かった。

 欧州各国は20%前後の付加価値税だが、日本の消費税は当時5%にすぎなかった。日本の国債の買い手の9割以上は国内勢だ。ならば日本人に増税してお金を集め、国債をもつ日本人に返済すれば間に合うという論理なのだろう。

 財政破綻したギリシャなどと違って「日本政府は最終的には財政再建に責任をもってやるだろう」と信頼されていたこともあるかもしれない。

 「増税による財政再建」を促す海外からの厳しい視線、期待を初めて肌で感じた首相は菅直人氏だったのではないか。 

菅首相は参院選で「消費税10%」を掲げて敗れた=2010年6月17日、東京都内

 菅氏は2010年にカナダのトロントで開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席した。このサミットはリーマン・ショックからの危機回避で「なんでもあり」の経済対策を打ち続けた各国が、そろそろ持続的な安定成長を取り戻すため財政健全化にも配慮しましょうというタイミングで開かれた。

 ここで首脳宣言に盛り込まれたのが、先進国は「2013年までに財政赤字を少なくとも半減させる」という目標だった。とても実現できそうもない日本政府は反発した。ごねた揚げ句、先進国でひとり例外扱いしてもらうことになったのだ。

 菅氏はサミット開催前にそのような展開を予想し、よほど恥ずかしいと感じたのではないか。それまで公式に議論したこともなかった「消費税率10%への増税案」をサミット直前に突如として打ち出したのである。

 そして翌月の参院選で敗北した。

日銀の買い支えで「国債暴落」を防いでいる

 それから8年。日本の財政事情はいっそう悪化している。

 政府の債務残高の対国内総生産(GDP)比は230%を超える。財政破綻して国際支援を受けているギリシャでも180%、欧州主要国の劣等生とされてきたイタリアは130%。日本はいまや世界でもダントツの借金大国なのである。

 それでも日本の国債価格が暴落せず、金利を低いままに抑えられているのは、日本銀行が超金融緩和策の一貫として国債を買い支えているからだ。

黒田東彦日銀総裁

 これは事実上の財政ファイナンスであり、禁断の政策である。当面はそれでなんとか安定を保てたとしても、いずれそのツケは超インフレや大増税というかたちで国民に回されるリスクを抱えたやり方だ。

 そうやって時間を稼ぎながらも、財政赤字を抑え、膨大な借金の返済に取り組もうというならまだ救いがある。問題はそうではないことだ。

 さて、そこで新たな財政再建目標について考えてみよう。問題点は主に二つある。

経済成長の見通しが甘すぎる

 第1の問題は、「2025年の黒字化」が的はずれな目標になっていることだ。

 これまで「2020年の黒字化」が目標だったのは、団塊の世代(1947~49年生)が2022~24年に一斉に後期高齢者(75歳以上)になることに関係している。人口の多い団塊世代が医療費や介護費が急増する後期高齢者になって財政が苦しくなる前に、少なくとも再建のめどくらいはつけておこうという狙いだった。「2025年」の目標はその狙いを放棄している。何のための目標かわからない。

スキャンダルが続く財務省。安倍政権下で影響力は大きく落ちた

 第2の問題は、「2025年の黒字化」の目標さえ実現が怪しいことだ。

 6月の骨太の方針の発表を待つまでもなく、今年1月に内閣府が発表した「中長期の経済財政に関する試算」では、2025年の黒字化が実現できない見通しがすでに示されている。そこで示された二つのシナリオ――実現可能性の高い「ベースラインケース」では2020年どころか2025~27年時点でもまだ赤字、そして楽観的な「成長実現ケース」でも2027年にわずかな黒字が見込まれているに過ぎないのだ。

 さらに驚くべきは、このシナリオもかなり粉飾された甘い計画であることだ。前提としている経済成長の見通しがあまりに楽観的すぎるのである。

 成長実現ケースでは2020~27年の成長率を名目で3.1~3.5%と見込んでいるが、これはバブル崩壊後の日本では達成したことのない高い目標だ。ベースラインケースでさえ、民間シンクタンクの見通しよりも高い成長率を前提としており、政府見通しの実現可能性はかなり低いといっていい。

 人口減少と超高齢化が本格化する日本では、むしろ現状より堅めに計画を見積もるのが誠実な政府の計画というものだろう。

安倍政権は3党合意の「一体改革」を壊した

 PBを2020年に黒字化する目標を断念することの本質的な意味は、名実ともに「社会保障と税の一体改革」を反古にすることにある。

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