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トランプの貿易戦争は終わらない

大統領はビジネスマンを自負している。外交・安保は譲っても、通商・貿易は譲らない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

拡大ロジャー・ウォーターズのコンサートでプーチン大統領に抱かれたトランプ大統領のイラストが大画面に映し出された=ロサンゼルス、2017年6月21日

プーチン相手におどおどしたトランプ

 世界の貿易戦争に歯止めはかかるのか。アルゼンチンで7月21日~22日に開かれたG20財務大臣・中央銀行総裁会議が注目されたが、大方の予想通りさしたる成果もなかった。

 当然だろう。今回の貿易戦争を仕掛けているのは、アメリカのトランプ大統領だ。彼がやめると言わない限り、貿易戦争は終わらない。G20に参加したムニューシン米財務長官に権限はない。

 7月16日、トランプ大統領がロシアのプーチン大統領と会談した際の記者会見やこれを巡るアメリカ国内の混乱が、トランプ政権の正常ではない意思決定のやり方を際立たせることになった。この事件と対比しながら、貿易問題に関するトランプ大統領の今後の対応を予想してみよう。

 そもそも、このプーチンとの会談自体、トランプが米政権内の反対を押し切って強行したものだった。米朝会談と異なり、30分以上もトランプを待たせた後で現れたプーチンの余裕たっぷりの態度とは対照的に、トランプのプーチンに媚びるようなおどおどした態度が印象に残った。

 私だけでなく、アメリカの政治学者の友人も同じ印象を受けたようだ。小型犬には高圧的な中型犬が、大型犬の前で神妙にしているようだという喩えをした。アメリカでは、トランプはプーチンに弱みを握られているという噂も信じられているようだ。

トランプの苦しい釈明

 ロシアとの関係では、第一にロシアがクリントン候補者の当選を阻むため2016年の大統領選挙に介入したこと、第二にその際トランプ陣営がロシアと共謀していたのではないかという点に、アメリカ国内の関心が高まっている。

 第一の点は、ロバート・ムラー特別検察官が選挙に介入した容疑で12人のロシア軍情報当局者を起訴しており、行政府や立法府の関係者のほとんどが疑いのないことだとしている。第二の点は、ムラー特別検察官によって捜査中である。なお、トランプ大統領はかねてからこのロシア疑惑を魔女狩りだと批判してきた。

 もちろん、プーチン大統領は記者会見で、ロシアの介入を強く否定した。これを、アメリカの大統領であるトランプが支持したのである。介入自体がないなら、トランプ陣営の関与もないことになるからだろう。

 しかし、与党であるはずの共和党議員からも、自国の情報機関ではなく、敵であるプーチンの言うことを信用するのかという強い批判が出された。このため、帰国後、単に一語を言い間違え、否定するところを肯定してしまっただけだと苦しい釈明をせざるを得なくなった。

 さらに、プーチンは記者会見で、ムラー特別検察官が起訴した12人のロシア軍情報当局者をアメリカの捜査当局に尋問させる代わりに、元駐露アメリカ大使らをロシアの捜査当局に尋問させようと提案した。トランプは直ちに素晴らしい提案だと持ち上げた。良い取引き(ディール)だと評価したのだろう。

 しかし、犯罪の容疑者でもなく、また外交官特権で保護されていたアメリカ人の行為を、外国の捜査機関に尋問させるべきではないことは当然だ。大統領帰国後、当初ホワイトハウスはこの提案を評価していたが、国務省の反対で、最終的には提案を拒否した。

大統領の「独断専行」を政府が「否定」

 そもそも明らかになっているのは、記者会見での二人の発言だけである。他の関係者を入れないで2時間も行われた二人だけの本会談で、どのようなやりとりが行われたかは、情報機関の長であるコーツ国家情報長官でさえ知らされていないと発言している。

 普通であれば、参加者が少ない会談が行われれば、会議に出た者が他の政府関係者にそのやりとりを伝え、政府内での情報共有を図る。外交用語では、これをデブリと言う。テタテ(頭に頭というフランス語に由来)と呼ばれる一対一の首脳同士の会談では、当然デブリが行われるべきなのに、トランプ政権では、このような基本的な確認作業も行われていないようだ。

 さらに、プーチンとの会談がとんでもないものだったという評価がアメリカ国内でなされているのに、トランプ大統領はプーチンを今秋アメリカに招待した。アメリカの情報機関が今後とも選挙に介入するだろうと断言しているロシアの大統領を、中間選挙の直前に招待するというのである。

 しかも、このように重要なことさえ、コーツ国家情報長官には知らされていなかった。コーツは、ホワイトハウスの発表後、報道機関から伝えられて、ようやく知ったのである。トランプ大統領(とその取り巻き)による独断専行だろう。

 正常な政権であれば、重要な意思決定をする場合、政府部内の関係機関の長や大統領補佐官がホワイトハウスに集まり、メリットやデメリットなどを分析し、意見を交えた後、大統領が決断を下す。プーチンとの首脳会談から分ることは、トランプ政権の安全保障政策では、政権内部で十分な分析も意見交換も行わないで、トランプが独断で意思決定をし、それが強い批判を受けたり、混乱を招いたりすれば、政府が否定するというパターンである。

拡大トランプ大統領は就任半年の節目にラストベルトを代表する街、オハイオ州ヤングスタウンで集会を開いた。大勢の支持者が集まった=2017年7月25日

ビジネスマンとしてのメンツ

 トランプが間違った決定をしても、後で修正すれば、ダメージは少ない。しかし、通商・貿易問題では、トランプが政府による「修正」を容認することは期待できないのだ。

 第一に、トランプは、外交や安全保障については、全くの素人だと言うことである。知識も自信もないので、間違ったと思うと修正する。

 これに対し、トランプはビジネスマンを自負しており、通商・貿易問題で意見や政策を撤回・修正することとなれば、メンツが立たない。

 第二に、トランプを除き、アメリカ人のほとんどが、ロシアが2016年の大統領選挙に介入したことは紛れもない事実であり、これを支持したプーチンはアメリカの敵だと考えている。つまり、外交・安全保障問題で、アメリカの世論はトランプを支持していない。

 しかし、通商・貿易問題では、トランプはラストベルト地帯の白人労働者等から強い支持を得ている。 ・・・続きを読む
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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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