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出口の見えない米中貿易戦争

世界経済において優位性の維持するという米国の「戦略的」目標は達成されるのか?

武田淳 伊藤忠経済研究所チーフエコノミスト

米中通商問題は戦争の様相

鉄鋼大手USスチールの製鉄所で演説するトランプ米大統領=2018年7月26日、米イリノイ州グラニットシティー拡大鉄鋼大手USスチールの製鉄所で演説するトランプ米大統領=2018年7月26日、米イリノイ州グラニットシティー

 米国と中国の通商問題は、いよいよ本格的な貿易戦争の様相を呈してきた。

 トランプ政権は今年3月、安全保障上の理由から鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の輸入関税を課した。この措置は日本を含む世界各国に対してのものであったが、これに対して中国は、米国からの豚肉、ワイン、ナッツ類など約30億ドル相当の輸入に最大25%の関税を賦課する報復措置を実施、米中関係の雲行きが怪しくなった。

 次に米国は、不公正な貿易慣行に対する制裁として、中国のみを対象とする500億ドル規模の輸入品に対する関税を決定、7月6日に340億ドル分が実施され、同日、中国は同規模の関税で応戦した。残る160億ドル分も近日中に米中双方で実施される見通しである。

 さらに米国は、中国からの輸入品に対して2000億ドル規模の関税を課す準備を進めており、中国では関税引き上げや米国企業に対する各種手続きの制約などの対抗措置のほか、米国製品不買運動の可能性まで指摘されている。

今のところ影響は限定的か

 ただ、上記の500億ドル規模までの措置であれば、その影響は限定的なものと言っていいだろう。鉄鋼とアルミへの関税については、4月以降、中国から米国への輸出が多少落ち込んだとはいえ、これらが輸出全体に占める割合は計0.1%程度であり、経済全体への影響は小さい。

 一方、中国側の報復措置としての関税引き上げについては、特に豚肉の国内価格への影響を懸念する声があった。豚肉は中国の食卓に不可欠な食材であり、過去にも豚肉価格上昇時に国民の不満が高まることがたびたびあったためである。

 しかしながら、中国の豚肉市場は国産が98%を占め、米国からの輸入は全体のわずか0.3%に過ぎない。4月以降の豚肉価格は、むしろ別の要因で軟調に推移しており、関税の影響は極めて限定的であろう。

 では、米中双方が輸入品に500億ドル規模の関税をかけることの影響はどうか。

 まず、米国の輸入関税(中国から米国への輸出)について見ると、500億ドルという規模は2017年の中国の輸出総額2兆2836億ドルの2.2%、名目GDP 12.3兆ドルに比べると0.4%に過ぎない。そのため、仮に対象となる輸出の2~3割が失われたとしても、GDPを0.1%押し下げる程度であり、中国経済全体に与える影響は、波及効果を含めても大きくはない。

 対象となる品目は、工作機械などの産業用機械や半導体・電子部品が過半を占め、医療用機器やプラスチック、自動車なども含まれている。確かに、これらの業界では影響が懸念される。ただ、ある日系化学品メーカーの話によると、米国向け輸出は高付加価値品が中心で代替が難しく、米国企業は関税分が価格転嫁されても買わざるを得ないものが多いそうである。もちろん、他国製によって代替可能な汎用品には厳しい状況になるが、製品の競争力が高い日系メーカーが蒙(こうむる)る影響は小さいだろう。

 一方、中国が輸入品に課す500億ドル規模の関税については、大豆への影響が特に懸念されている。今回の対象のうち金額が最も大きいうえ、中国は大豆供給の約3割を米国に依存、すでに価格が上昇しているためだ。

 ただ、大豆の用途は8割が家畜飼料であり、その中心となる豚の肉は、先に触れた通り価格が下落している。さらに、中国政府は大豆の調達先の拡大や国内生産の増強を計画するなど対応を進めているため、影響を緩和する余地はある。

 そのほか、比較的大きな割合を占める自動車や原油は、他国からの調達でカバーできる部分が大きい。特に自動車については、7月に米国以外の国からの輸入関税が25%から15%へ引き下げられるため、他国製品への代替が進む可能性が高い。

 こう見てくると、貿易戦争による影響は、今のところさほど大きくないようである。とはいえ、米国が2000億ドル規模の追加措置に踏み込んだ場合はどうだろうか。

10%の関税なら人民元下落で吸収できた……

 当初は10%の関税が予定されており、そうであれば人民元相場の下落でおおむね吸収できるはずだった。

 人民元の対ドル相場は、米中の対立が明確となり始めた4月以降、7月末までに9%近く下落した。そのため、中国から米国への輸出は、人民元建ての価格を据え置けば、ドル建てでは9%下がり、関税が10%上乗せされても差し引き1%の値上がりにとどまる。つまり、中国企業は利益を損なわず、販売価格をほぼ据え置くことができたわけである。

 ところが、8月に入りトランプ大統領は、この中国からの2000億ドル規模の輸入に対する関税を10%から25%へ引き上げるよう指示したようである。トランプ大統領の真意は不明であるが、仮に25%となれば、中国では対米輸出が数百億ドル規模で落ち込み、米国では中国からの輸入品の約半分が価格の大幅上昇に晒(さら)される可能性がある。そうなると、成長ペースが再び減速し始めた中国で景気後退リスクが高まると同時に、景気過熱気味の米国においては追加的なインフレ圧力が生まれ、金融政策の舵(かじ)取りが一段と難しくなる。

 さらに懸念すべきは、こうした米国の関税措置に対する中国の報復と、それに対する米国の反応であろう。

 トランプ大統領は、中国からのすべての輸入に関税の対象を広げることも辞さないとしている。こうした止めどない攻撃の応酬が続く可能性、貿易戦争の出口が現時点でまったく見えないことこそが、最大の悪影響なのであろう。

米国の目指す「戦略的」目標

 それにしても、この出口の見えない貿易戦争は一体、いつまで続くのだろうか。

 一般的に戦争には「勝利条件」があり、通常は仕掛けた側、つまり米国が設定している目標が戦争の出口を決める。 ・・・続きを読む
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筆者

武田淳

武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠経済研究所チーフエコノミスト

1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、調査情報部、伊藤忠経済研究所で主任研究員をつとめる。