オンラインメディアの先駆者が講談社を飛び出した。次に挑むのは調査報道の支援だ
2018年08月08日
ネットはマスメディア界を襲った巨大隕石と言う人がいます。隕石落下で生じた気候変動で巨体の恐竜は全滅、かわって小動物が栄えるようになったように、巨大なマスメディアも……、というわけです。マスメディアに身をおくものとしては、笑えないはなしです。
実際、ネットはメディアの風景を大きく変えつつあります。ネットサイト「現代ビジネス」を立ち上げ、人気サイトに育てあげた瀬尾傑さんが、長年つとめた講談社をやめ、8月1日にスマートニュースメディア研究所の所長に就任したのには、メディア環境が激変するいま、ジャーナリズムのあり方についてあらためて考え、新たなモデルをつくりたいとの思いがありました。
WEBRONZAでは、先月末のリニューアルにあわせて8月14日に開くトークイベント「ネットサイト 未来のかたち」のパネリストの一人として瀬尾さんをお招きし、ニュースメディア研究所の挑戦について存分に話していただきますが、それに先立ち、今回、その一端を語ってもらいました。さらに深く知りたい方は、14日午後7時から東京都渋谷区の「メディアラボ渋谷分室」で開催する「ネットサイト 未来のかたち」にぜひ、お越しください。申し込みは告知ページからお願いします。(WEBRONZA編集長・吉田貴文)
瀬尾傑(せお・まさる) 1965年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業。1988年日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。 経営企画室、『日経ビジネス』編集部などを経て退職。 1993年講談社入社。 『月刊現代』『FRIDAY』『週刊現代』各編集部、ジャーナルラボなどを経て、『現代ビジネス』創刊編集長、第一事業戦略部部長、コミュニケーション事業第一部部長兼IT戦略企画室担当部長などを歴任。2018年8月にスマートニュースに入社、同年8月に設立した『スマートニュース メディア研究所』の 所長に就任し、ジャーナリズムの発展や調査報道の支援に従事。
テクノロジーの発展でジャーナリズムの世界も大きく変わりました。
まず、フェイスブックやツイッターなどソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)が発達し、マスコミが情報を独占する構図が崩れました。
以前は情報を発信できるのはマスコミか、マスコミを通じて発信する政府や企業に限られていましたが、SNSの発達で誰もが自由に発信できる時代になりました。それによって、チェックを受ける側になったマスコミに自浄作用が働くようにもなりました。
ただその一方で、フェイクニュースの横行など深刻な影響も広がっています。ビジネスや政治的な手段として虚偽の情報を発信するケースも出てきました。さらにはフィルターバブルの発生もあり、民主主義のインフラであるジャーナリズムは大きく揺らいでいます。
テクノロジーの発展によって生じたメディアの変化を次のステージに持っていく。民主主義を支えるインフラとして、インターネット時代のジャーナリズムを健全に育てていけないか。
そんな思いから、私は7月31日をもって長年つとめた講談社を辞め、『スマートニュース メディア研究所』の所長になりました。新しいジャーナリズムの形を研究し、具体的に提案、実行していくのが目的です。
『スマートニュース メディア研究所』は、「ニュースやメディアが社会や人々の役にたつためにはどうあるべきか」を研究し、その実現を目指します。そのために、社内外から多くの人の知見が集まる場所にしたいと思っています。
テーマのひとつとして、まず力をいれたいのが、「調査報道ベンチャー」の支援です。
今回、この仕事をやろうと決断したのは、期待している若い書き手から「ジャーナリズムやノンフィクションでは食べていけない。もう仕事を変えようと思う」と明かされたことが決め手となりました。
これまでライターたちを支えてきた雑誌業界は長期低落傾向にある。本をつくっても部数は伸びない。かといってネットメディアは原稿料も安いところが多い。「書くだけでは食べていけない」という声は彼に限らず切実でした。時間や費用のかかるノンフィクションや調査報道にとりくむ機会はますます減ってきています。
僕はもともと調査報道がやりたくてマスコミの世界に入りました。講談社でデジタルメディアの運営に取り組んでいるときも、取材を支えるビジネスモデルをつくりたいとずっと考えてきました。ここにきて、「もう時間がない。メディアだけではできることに限界がある。調査報道を育てる新しい仕組みをつくらなければならない」と思い至ったのです。
スマートニュースは新しいテクノロジーをもった会社です。ここでなら、新しいジャーナリズムのエコシステムをつくることができる可能性は十分にあると思いました。
調査報道に取り組むジャーナリストやメディアをサポートし、育てる仕組みをつくります。新聞や雑誌をはじめとする従来型のマスメディアのビジネスモデルが壊れ、人材を育てる部分や情報を深掘りしていく部分がビジネスとして成立しなくなってきました。ここをまず助けていく。
具体的には、ジャーナリストたちが新しいネットの空間を利用して調査報道を発信することを手助けします。個人に限らず、調査報道に取り組むメディアもサポートしていきます。もちろん朝日新聞社や講談社といったメディア企業が協力してくれれば大歓迎です。調査報道に取り組む協力体制を構築したいのです。
取材にたけている人が情報発信やマネタイズにたけているわけではありません。能力の高いジャーナリストでも、インターネット時代にどうやって情報発信すればいいかわからない、ツイッターやフェイスブック、ブログといったメディアをどう使っていいかわからないという人は結構います。どうやってマネタイズすればいいかわからない人はさらにたくさんいます。そういう人々にノウハウやツールを提供していきたい。
長い間、月刊誌こそが新しい書き手を発掘し、調査報道を支える舞台、土台でした。月刊誌の相次ぐ撤退に、そういう舞台がなくなってしまうという危機感を抱き、「紙」で難しければ、「ネット」で新たな舞台をつくろうというのが、「現代ビジネス」立ち上げの動機でした。新しい書き手の発掘や調査報道をネットの世界で引き受けようと考えたのです。
ネットサイトで大切なのは、何で勝負するかを明確にすることです。「現代ビジネス」の場合、何を強みにするか。そこで生きたのが、記者や副編集長として長年、かかわってきた週刊誌や月刊誌での経験でした。
たとえば「週刊現代」は、工程の関係から校了してから発売日までどうしても3日あいてしまう。裏を返せば、その3日の間に古くならない情報を載せないといけないのです。そうした「制約」が逆に取材力や企画力を磨くことにつながりました。「現代ビジネス」ではそこで培われた企画力を前面に出し、速報性では勝負しない、ニュースでは勝負しない、ということにしました。
それから8年たち、「現代ビジネス」はその役割を果たしていると思います。書き手にはきちんとした原稿料を支払い、支えることができている。現代ビジネスに載った記事をもとに書籍もできています。後輩の編集長たちをはじめスタッフが「ネットの中に書き手を育てる空間をつくる」という熱意で取り組んできた結果です。
今後、新聞社や出版社という会社やメディアの枠組みを超え、書き手を育て支える仕組みをさらに広げていければと思っています。
ネットにより、ジャーナリズムの世界は過当競争になっていると言われますが、僕はそうは思っていません。たしかに速報を競うニュースはそうかもしれませんが、企業がネット空間であらゆるものをメディア化している今は、むしろコンテンツをつくる仕事の領域は広がっています。
従来型のメディアを古い井戸とすると、これまでジャーナリズムという畑を育ててきた、その井戸の水は枯れかかっています。しかし井戸の横には実は大きな川が流れている。あらゆる企業がデジタル化、メディア化しているので、その水をうまく使えばいい。枯れかけの井戸の水をくまなくても、もっと大きい川の水をジャーナリズムという畑に導くことができれば、今まで以上にチャンスが広がる。問題はそれができるかどうかです。
ネット媒体では、読者からお金をもらう「課金モデル」と、企業からお金をもらう「広告モデル」のどちらが良いかという議論がありますが、正解はないと考えています。大切なのは、その組み合わせでしょう。
そして、それ以上に大事なのはビジョンです。ネットサイトとして何を目的にするのか。そもそも何をやりたいのか。ページビューを増やすことなのか、有料会員を増やすことか、書き手を育てることか、書籍化につなげて本を売り上げることなのか。
目的をはっきりさせないまま、他の媒体と競うことばかりをしていても不毛です。まず、何を目指すかを明確にしなくてはいけません。そして、それは読者に対して、どんな価値を提供できるかということでもあります。
ネット上では、いわゆる「極論」が増幅されることが目につくのも事実です。でも、僕はネット自体に悲観していません。今はビジネスモデルがたまたまフェイクニュースや極論を増幅させる仕組みになっているだけで、そういうビジネスモデルがなくなれば、意味のない「極論」は消えていく。
つまり、設計によってはいいものができるのです。現在は先鋭化したほうがビジネスになるからそうした設計になっているのであって、それを修正していけば状況は変わる。実際、ネット炎上の研究をみても、実は極端な言論はそんなに多くはありません。
ただし、放っておいて、自然に状況が良くなるわけではありません。良くする努力はしなければならない。新しい仕組みをつくらなければいけない。そのために、いまのネットが抱える問題と向かい合い、良質な情報が次々と入ってくるあたらしいビジネスモデルをつくる。それこそが、できたばかりの『スマートニュース メディア研究所』の大きな役割であると、僕は確信しています。
(構成 WEBRONZA編集部・鮫島浩)
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