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ユチョン主演「トキメキ☆成均館スキャンダル」の悲運――JYJ問題の思わぬ余波

林るみ

 この1年間で一番おもしろかった韓国ドラマは? とたずねられたら、迷わずこう答える。「成均館(ソンギュンガン)スキャンダル」だ、と。韓国では2010年秋に放送され大ヒットしていたのを、その年の冬に見て、驚いた。まったく新しい時代劇、これぞ新韓流ドラマだ、と。

 興奮して韓国の友人たちに「すごい!」と告げたら、だれもが「そうでしょう!?」と誇らしげだった。韓国でも国民的支持を受けたドラマだった。いまでもそうだ。トップアイドルJYJのユチョン(25)の主演作だからというだけでなく、作品の内容そのものが広く愛されているのである。

 当初は、男装の女性をめぐる軽快なラブロマンスと友情物語だと聞き、あぁ、また「美男〈イケメン〉ですね」(09年)「コーヒープリンス1号店」(07年)などと同じパターンかと、見もしないで食傷気味になった。女性1人に男性3人のイケメンドラマは、最近の若者向け韓国ドラマで繰り返されているパターンであり、韓国版「花より男子」(09年)も同じである。

拡大『韓国ドラマ公式ガイドブック「トキメキ☆成均館スキャンダル」』(共同通信社)

 「成均館スキャンダル」もたしかにイケメンぞろいの胸をときめくラブロマンスだが、朝鮮王朝、正祖(あのイ・サン)の時代、最高教育機関「成均館」に男装の女性が入るという奇想天外な発想からなる。女人禁制の「成均館」に女性が入るのは命がけのこと、スリリングで目の離せないストーリー展開がくり広げられる。ただ「トキメキ☆成均館スキャンダル」という邦題はいささか軽すぎて、ドラマの本質を射ていないのではないかと思う。

 なぜならこれはまじめな歴史ドラマでもあり、なによりも志の高いドラマだからだ。すぐれた韓国ドラマにはつねに深読みできる要素が盛り込まれているが、このドラマにも現代に通じる問題がいくつも提起されている。学問とは何か。学問はどこへ向かうべきか。エリートの果たす役割とは何か。いかなる世の中を作るべきか。正しく社会に抗うとはどういうことか。男女の平等とは。痛快で倫理性ある、骨太のエンタメドラマなのだ。せりふの素晴らしさは最近の韓国ドラマのなかでも傑出している。

 さらにドラマを上質のものにしているのは、ドラマ初主演のユチョンはじめ、男装のヒロイン役のパク・ミニョン(25)、茶目なプレーボーイを演じたソン・ジュンギ(26)、陰のあるアウトサイダーを演じたユ・アイン(25)の、花の4人衆の演技の上手さだ。4人とも魅力あふれる人物になっており、視聴者から熱く支持された(個人的には、チャラ男を演じたソン・ジュンギの演技に呆気にとられた。上手すぎ)。

 最近は韓国でもアイドル歌手のドラマ進出が著しい。が、正直、演技は上手くない。そんななかで、演技に厳しい韓国人の間で話題になったのが、主役ユチョンの演技だった。初演技とはまったく思えない落ち着きと自然体で、生真面目で正義感あふれる主人公を好演した。さすが長い芸能生活で培った勘の良さと安定感がある。あの一見無表情な顔が、きりっとした品のいい両班(ヤンバン)らしさとオーラを出していた。韓服も似合う。本人も工夫したという落ち着いた声のトーンがまた役柄をうまく出していた。初演技ながらこうした声が出せるのも、やはりこれまでの芸能人としての力量があるからだ。見事であった。

 もともと「成均館スキャンダル」は「成均館儒生たちの日々」といった2007年発行のベストセラー小説が原作である(日本でも新書館から上下2巻本で発刊)。小説はキャンパスラブストーリーだが、ドラマはより政治的、骨太の内容になっている。

 ドラマの終盤には、学園の自治をめぐる攻防なども描かれる。成均館への官軍乱入・儒生(学生)逮捕の不当性をめぐって学生会の執行役員を召集するシーンも出てくるが、それは現代韓国の学生と戦闘警察の厳しい闘いを髣髴(ほうふつ)させたりする。エンタメドラマにもこんな硬派なシーンがうまく盛り込まれているところが韓流ドラマらしい。脚本家のキム・テヒは1973年生まれ。社会的、精神性の高いせりふは彼女自身の体験から出ているものだろうか。共同執筆した前作「大王世宗(テワンセジョン)」(08年)でも、時代劇に韓国現代史の重要な問題を映している。「成均館スキャンダル」のキム・ウォンソク監督(39)とは「大王世宗」でもコンビを組んだ。

 感心なのは、主役の4人の若い俳優たちが、メッセージ性が込められたせりふをちゃんと消化しながら発していることだ。俳優のユ・アインは役柄同様、自らブログなどで世の中の不条理や社会への憤りなどを発信していることで知られ、いまの韓国の若者たちの間で共感を得ている。ユチョンも歌詞作りにさまざまな思いを込めているのはファンの間では周知のことだ。このドラマでユチョン人気が急上昇、東方神起時代とはまたちがった新たなファン層が拡大した。

 いつも韓国ドラマを盛り上げるのは音楽だが、このドラマも音楽が素晴らしかった。JYJが歌う主題歌、ジェジュンの歌うバラードも場面をもりあげた。ドラマ放送とほぼ時を同じくして、JYJはアルバム『The Beginning』をリリース。それに対してSMエンタテインメントから発売差し止めの仮処分が申し立てられ、そのあと周知のように、JYJは苦難の道を歩むことになるが、JYJが参加した「成均館スキャンダル」のOST=サウンドトラックは韓国では大ヒットした(日本ではOSTは輸入盤しかないが)。

 もともと「成均館スキャンダル」は、撮影前の2010年5月にエイベックスが33億ウォンの高値で日本での放送権を購入したといわれている。人気スター、ユチョンの初主演作ゆえの「事前購入」だったようだ。日本では韓流ドラマは、スターの名前が重視され、そこに莫大な金が投じられる。

 しかし、2010年9月16日にエイベックスはJYJの日本での活動休止を発表した。わたしが「成均館スキャンダル」を意識したその年の冬にはすでにDVDの発売元は、カルチュア・パブリッシャーズになっていた。

 韓国でも日本同様、ドラマの宣伝のためバラエティ番組に俳優たちが出演する。「成均館スキャンダル」も花の4人衆の出演者のうちソン・ジュンギたちは出たが、主役ユチョンの姿だけはなかったと聞く。JYJの問題はここにも影響を及ぼしていた。番組終了後も大人気となったソン・ジュンギらはCMに引っ張りだこになったが、やはりユチョンの姿はなかった。

 韓国のユチョンファンたちが悲鳴をあげていたころ、(ただし、それとはまったく関係なく)わたしは、2010年12月、ドラマと俳優としてのパク・ユチョンを深く日本で紹介したいと思い、ユチョンの韓国所属事務所であるC-JeSエンタテインメントに連絡をとった。このドラマに関するユチョンを、韓国で取材したいと、申し込んだのだ。東方神起(5人)の活動を高く評価してはいたが、ドラマの内容とユチョンの演技の出来が良くなければ、いくらユチョンが日本で人気があっても、取材しようとは思わなかっただろう。

 しかし、なぜか事務所からは ・・・続きを読む
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筆者

林るみ

林るみ(はやし・るみ) 朝日新聞「be」編集部員

1988年、朝日新聞社入社。「アサヒグラフ」編集部員、「パーソン」編集長、書籍編集部編集委員、「週刊朝日」編集部員、「AERA」編集部員などを経て、現在、朝日新聞「be」編集部。著者に『タイガとココア』、共編著に『IRISからわかる朝鮮半島の危機』『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』『ホテリア――新版公式ガイドブック』など。

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