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【韓国社会と韓流パワー (1)】 JYJファンの投票と大手放送局のスト

林るみ 朝日新聞「be」編集部員

 4月11日に行われた韓国の総選挙を注目していて興味深いことがあった。

 選挙結果は保守与党セヌリ党(旧ハンナラ党)が過半数を制したが、当初は与野党の接戦と伝えられ、固定票がある与党に対し、野党側はいかに無党派浮動層や若者を獲得するかが鍵と見られていた。野党が勝つためには投票率が最低60%は必要だと言われていた。

 そんななか、投票日前日の4月10日に、トップアイドルグループJYJのジェジュンが「皆さん、総選挙投票必ず参加してください。認証ショットお願いします」と自身のツイッターで呼びかけたのだ。

 そのメッセージはまたたくまに、韓国のJYJファンのあいだに広まった。翌11日の投票日、彼女たちは、ファンである証拠としてJYJのCDアルバムを持って投票所へと行き、そして、それを手にして、投票した自分の姿をショットにおさめた。あるJYJファンのツイッターIDには、ファンたちが送信した「認証ショット」が刻々とアップロードされ始め、午後4時過ぎにはその数は600枚を超えた。

 その日、私は選挙の様子をネットで追っていたのだが、いきなり「JYJで投票率が1%あがる!?」などと話題になり始めたので、何事かと驚き、この事態に初めて気づいた。

 「認証ショット」とは、一票を投じた“証拠”として投票所で撮った自分の写真、いわゆる「自分撮り」である。それを添えて、フェイスブックなどのSNS(交流サイト)で、仲間に投票を呼びかけようというものだ。

 韓国では、今回からSNSを使った選挙活動が解禁となり、投票の呼びかけや候補の応援もできるようになったため、そうした認証ショットが若者のあいだでブームとなった。投票率アップにつながると期待されもした。いかにも、SNSが発達した韓国らしい現象といえよう。

 ジェジュンが呼びかける前日の9日、韓国で若者に絶大な人気があり、野党側での次期大統領候補として名があがっているソウル大学融合科学技術大学院院長の安哲秀(アン・チョルス)氏が動画で投票を呼びかけたことは、私も知っていた。彼の投票の呼びかけは、明らかに野党側への追い風となるものであった。

 それに対して、ジェジュンのそれには政治的意図はなく、国民の権利としての投票を果たすべきだという、有権者への純粋な啓蒙的な発言だったとも受けとれる。今回、ジェジュン以外にも人気歌手では少女時代のスヨン、イ・ヒョリ、T‐ARAのウンジョン、ワンダーガールズのメンバーらも投票を呼びかけている。

 それでも、韓国のJYJファンに早速、連絡をとって様子を聞いてみると、こんなことを言う。

 「韓国のJYJのファンは、とくに年齢が上の人たちには、ツイッターでの発言をみると、政治的意識が高い人たちが多いのです。彼女たちは、韓国の多くの若者同様、李明博政権に厳しい目をもっています。ファンたちは、JYJが地上波放送から締め出されているのは、李明博大統領が送り込んだ地上波テレビ局のトップがSMエンターテインメントの言いなりになっている、と見ているんですね。だから政権が変われば、いまのJYJをめぐる状況が少しは改善するのでは、と期待している人も多い。JYJファンなら、投票所に行って与党に投票する人はいないでしょう」

 ファンたちのその日のスローガンは『ファンは投票所へ、JYJは地上波へ』。

 「投票にも行かずにSMの悪口を言うの!?」と呼びかけるファンもいた。「JYJが巨大資本と戦って勝つところは投票しかないでしょ!」とコメントした趙己淑(チョ・ギスク)梨花女子大教授(前盧武鉉政権の広報首席秘書官)のように識者もツイートに加わり、続々とアップされる「認証ショット」は韓国のネットニュースでも話題になった。

 もともと、JYJ結成へとつながった「東方神起」脱退組3人による芸能界の前近代的なシステムに対する“異議申し立て”は、どんな芸能界のドロドロとした背景や闇の世界とつながる経緯があろうとも、不平等性への抵抗という点で、格差による不平等が深刻化する韓国では、それを拡大した李明博政権批判と共鳴する要素をもちえている。

 そして、彼らが業界から締め出されれば締め出されるほど、“強者による弱者への不正義”という韓国社会に横行する切実な問題と通底し合い、ファンにとっては単なるアイドル応援だけでなく、より強い社会的意識をもたざるをえなくなる。

 もっとも、いまや支持率低迷の李明博大統領に至っては、仲良くしたいのは何も巨大資本のSMエンターテインメントに限らず、JYJとも同様のようだ。今年2月には李明博大統領のトルコ訪問に合わせてジェジュンもトルコに行き、大統領とともに懇親会や国賓晩餐会に出席した。3月、李明博政権が威信をかけて開催した核安全保障サミットでは、各国首脳の配偶者会議にJYJの3人が招かれ、ミニ・コンサートも開いている。

 そういう状況なので、JYJ自身を政治と結びつけるのは酷だと思うし、ここでは避けたい。私の関心も、彼らの政治的立場がどうのというところには、まったくない。

 韓国のファンのなかでも今回のジェジュンの発言を「政治と絡ませるのは慎むべきだ」という声も少なくない。いまの韓国では芸能人が表立って政治的発言をするのは(とくに与党批判に結びつくものは)日本以上に微妙な問題であり、芸能人としての地位を危うくしかねないからだ。

 ただ、私が上記のファンたちのスローガンやファンの発言のなかで、とりわけ重要だと思ったのは、今回、JYJの問題が「地上波の公正な放送」を求める動きにリンクしていることだ。それは、いまの韓国の放送界の重大な問題と重なり合う。日本ではあまり報じられていないが、いま、韓国の大手放送局では大変な事態が起きている。

 韓流ドラマファンなら、日本のテレビ局並みに親近感を抱いている人も多いと思われるMBC(文化放送)とKBS(韓国放送公社)では、いま、李明博政権による政治介入に抗議して、韓国の放送局として史上最大規模のストライキが続いているのだ。

 今年1月30日からMBC労組が無期限全面ストに突入したのにはじまり、KBSも呼応してストに突入。唯一のニュース専門テレビ局でありケーブルテレビや衛星放送に発信しているYTN、韓国唯一の通信社である聯合ニュースもストに呼応、SBS、CBS労組も支持を表明。ジャーナリストやスタッフたちによる熾烈な闘いが続いている。

 そもそも闘争は2008年政権交代直後から始まった。李明博政権によって、テレビ地上波のニュースや報道番組は“左派偏向”しているとされ、厳しいチェックが入るようになった。

 とくに、政権から距離を置き、『PD手帳』など骨太の検証報道番組で知られていた半官半民のMBCは、政府の攻撃の対象となった。米国産輸入牛肉解禁についての同番組(08年4月)は「虚偽報道」として、検察によって番組プロデューサーたちが起訴された。同年6月の、政府への抗議デモ「100万人キャンドル集会」の端緒になった、とみなされたのである。

 労組側は「言論弾圧」として猛反発したが、政権・会社側によって厳しい処分が下された。MBC労組は10年前にできた全国言論労働組合の最大労組であり、それは反新自由主義を掲げるナショナルセンターである民主労総(全国民主労働組合総連盟)に加盟している。

 2010年、MBC社長に、政府の意向を受け、李明博大統領と緊密な関係とされる金在哲(キム・ジェチョル)氏が就任すると、労組側と全面対立となった。現在、「社長退陣」と「公正な報道」を掲げ、MBCでは半数近い職員がストに参加しており、会社上層部の圧力で放送中止になったニュースを独自にネットで放送するなどユニークな闘争を展開しているが、労組幹部への厳しい処分も続く。

 李明博政権になって4年、今年3月までに報道機関での解雇者は14人、懲戒処分を受けたジャーナリストは300人以上にのぼるが、これは軍事政権以来の数といわれる。3月末にはKBS労組によって、国務総理室によって08~10年までに、盗聴や尾行など、ジャーナリストなどの民間人に対する違法査察が2600件超行われていたことを示す文書が暴露され、日本はじめ、海外紙でも報じられた。

拡大KBS新労組がネットで流す「リセットKBSニュース」

 この査察は、芸能人にまで及ぶ。09年、日本の韓流ファンにもおなじみの顔であり、バラエティ番組の名司会者でお笑い芸人のキム・ジェドンが突然、KBSのすべての番組から降板させらされたことは記憶に新しい。故盧武鉉前大統領追悼式の司会やデモ支持の発言をしたためではないかといわれ、当時、KBSプロデューサー協会は「時事番組に続く、芸能番組への政治的圧力だ」と抗議声明を出したが、今回、彼も査察対象になっていたことがわかった。

 こうした状況のなか、芸能番組の現場もストライキと無縁でない。ドラマ局では、多大な影響を鑑みてストに参加せず、現場の一線に残っていたが、2月末にMBCのドラマプロデューサー50人がスト賛同を表明。視聴率40%を超える大ヒットドラマ『太陽を抱いた月』もプロデューサーがストに参加、3月、最終回を目前にして放送延期となった。また日本でも人気のMBCの看板バラエティ『無限挑戦』『私たち結婚しました』やKBSのバラエティ『1泊2日』なども放送延期となり、視聴率も大幅に下落、韓流ファンを驚かせている。

 私はかつて『私の名前はキム・サムスン』『朱蒙』など、MBCの人気ドラマのガイド本やノベライズを手がけた関係で、いまも時々、MBCとビジネス上のやりとりもする。ところが、海外向けに韓流コンテンツを扱うスタッフに連絡をとっても、彼らも「記者たちを応援しなければ」とストライキに参加中で、会計業務も「ストが終わるまで」ストップしたままとのことだ。

 そんななかで行われた4月11日の総選挙だが、ふたを開けてみれば、投票率は54%。ハンナラ党が圧勝した08年の選挙よりも6ポイント上がったが、現在の野党が圧勝した04年の60%には及ばなかった。朴槿恵(パク・クネ)率いるセヌリ党は李明博政権と距離を置き、内部批判に徹することで起死回生したが、野党側はリーダーシップ不在で無党派層を惹きつけるビジョンと戦略に欠いた。得票率では与野党は拮抗していたものの、政治的変化による状況改善に期待をかけていた人々にとっては「ため息」が出る結果となった。

 総選挙での与党勝利という厳しい現実を受け、MBCもKBSも決起集会で新たな闘争宣言を行った。ストライキはさらに長期化しそうだ。4月13日には警察の投入でKBSスト本部のテントが強制撤去されるなど、闘争は熾烈化している。道のりは険しく、先は見えない。

 ただ、話をJYJファンに戻すと、 ・・・続きを読む
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筆者

林るみ

林るみ(はやし・るみ) 朝日新聞「be」編集部員

1988年、朝日新聞社入社。「アサヒグラフ」編集部員、「パーソン」編集長、書籍編集部編集委員、「週刊朝日」編集部員、「AERA」編集部員などを経て、現在、朝日新聞「be」編集部。著者に『タイガとココア』、共編著に『IRISからわかる朝鮮半島の危機』『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』『ホテリア――新版公式ガイドブック』など。

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