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大傑作『プロメテウス』は見逃せない!!(上)――地球外生命体が人類を創造した!?

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 リドリー・スコット監督の新作SF映画、『プロメテウス』がついに“解禁”された。

 124分の上映時間が60分くらいにしか感じられない、掛け値なしの傑作だ。一食抜いても絶対に見るべき映画である(個人的には2D版がオススメ)。

『プロメテウス』の最大の魅力は、傑作の名に値する作品の例にもれず、<こうすれば映画は面白くなる>というコンセプト(発想)が、フィルムの中にぎっしりと詰まっていることだ。その点をふくめて、本作の物語、ディテールその他を具体的にみてゆこう(以下、部分的なネタバレあり)。

 今世紀末、ヒロインの科学者エリザベス(ノオミ・ラパス)は、複数の古代遺跡の洞窟壁画に描かれた巨大な人間の姿を見て、その巨人こそ人類を創造した“エンジニア”=地球外生命体なのではないか、と推測する。そして、その壁画が“エンジニア”からの<招待状>であると確信したエリザベスは、巨大企業ウェイランド社が出資した宇宙船プロメテウス号で地球を旅立ち、2年以上の航行をへて未知の惑星に到着する。

 科学探査チームのリーダー、エリザベス以下のクルーは、彼女の公私のパートナー、ホロウェイ博士(ローガン・マーシャル=グリーン)、ウェイランド社が開発した精巧なアンドロイド(高い知性を持つ人間型ロボット)のデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)、ウェイランド社の重役で女性監督官のヴィッカーズ(シャーリーズ・セロン)ら、17人である。

 探査チームの目的は、むろん科学的探究心による地球外生命体の発見だ。がしかし、ヴィッカーズはエリザベスらに、生命体を発見しても一切接触するなと警告する。ヴィッカーズの言葉は観客に、ウェイランド社がこの惑星探査に何か別の目的を隠し持っていることを予感させる。

 実のところ、人類の起源になど関心がないウェイランド社の老総帥、ピーター・ウェイランド(ガイ・ピアース)――死んだと思われていたが冷凍睡眠と生命維持装置によって船内で生きていた――の真の目的は、“エンジニア”に接触して不老不死(究極のアンチ・エイジング!)の秘密を授かることだった。ヴィッカーズやウェイランドの思惑を知らない、エリザベスらクルーはしたがって、国家の戦争に動員される兵卒/消耗品にいくぶんかは似ている。

 惑星探査を開始したエリザベスらは、何かとてつもない恐怖の前触れのような、さまざまな不吉なものに遭遇する。――彼方に稲光が走る灰暗色に濁った曇天のもと、荒涼とひろがる岩石砂漠にそびえた、遺跡らしき巨大なドーム状の“ピラミッド”。一行は、その内部のらせん状に伸びた洞窟のような暗い通路を進んでいくが、デヴィッドが壁のスイッチを操作するとホログラムが作動して、何者かが走り去る映像が空間に投影される(謎)。なお「ホログラム」とは、レーザー光線を使って立体画像を記録したフィルムのこと(溶岩流と火山灰に覆われ、異形のオブジェのような奇岩が屹立する褐色の大地や、“ピラミッド”内の洞窟を満たす暗青色の大気の中に、サーチライトの黄色い光の筋がぼうっと浮かびあがる軟調のライティングが絶品だ)。

 一行がホログラムを追跡したその先には、何体ものミイラ化した“エンジニア”の死骸が鉱物のように折り重なっていた。さらにその奥の部屋には、巨大な人間の顔の彫像が奉(まつ)られ、無数のアンプル/壺が整然と並べられている(奇想天外なビジュアル!)。そしてそれらのアンプルの中には、なんと、“エンジニア”が地球の人類を全滅させるための生物兵器が収容されていたのだ――。

 しかし皮肉なことに、おそらく操作ミスから、その生物兵器によって壊滅的な打撃を受けたのは“エンジニア”自身だった(その惑星の“エンジニア”は一人しか生き残っていないが、彼は“ピラミッド”内の人工冬眠ポッドで睡眠中。その他の生存中の“エンジニア”らは、この惑星以外の母星に住んでいる)。要するに“ピラミッド”、ひいてはこの惑星全土は“エンジニア”の軍事基地だったのだが、生物兵器がなんらかの形で作動したため、現状では基地全体が機能不全に陥っている。

 ただし、“ピラミッド”の地下に“エンジニア”が建造したクロワッサン形の超巨大宇宙船・ジャガーノート号には、今なお大量のアンプルが積みこまれていた。むろん、その宇宙船の攻撃目標は地球だが、“エンジニア”がなぜ地球を亡ぼそうとしているのかは、作中では明確にされない(チームの一人は「再創造のための破壊だ」と言う)。

 ちなみに、一行の接近に反応するかのように、密閉されたアンプル/壺の表面が気味悪く液状化し、波打つあたりのディテールの細心さにも、うならされる(『プロメテウス』における<不気味なもの>の描写が最も冴えるのは、無生物だと思われたものが急に生気をおびて動きだす瞬間、あるいは硬質な固体がふいに液状化し、有機体化=生命化する瞬間だ。もしくは、機械の冷たいメタリックな感触と、ぬるぬるしたもの・ぐにゃぐにゃしたもの・ねばねばしたものの対比、および融合だ。

 さらに、無機物と有機物の中間であるかのようなアンドロイド/デヴィッドも、むろん<不気味な>存在である。アンプルの中身が奇怪なクリーチャー/化け物に生成変化する場面については、「下」で具体的に述べる。

 そして、そうした徹底した細部へのこだわりと、思いもよらぬ物語の<化け方>ゆえに、巨大規模の特撮シーンが何度も炸裂する本作には、悪い意味での“超大作感”がまったく感じられない。むしろその作風は、大味な「壮大さ」とは真逆の、贅沢だがタイトに引き締まったSF怪奇ホラーといった趣なのだ。

 そして最後まで謎が解かれない「未完結感」に対して、観客がフラストレーションを覚えないのは、前述のように物語の流れや画面展開に強い訴求力があり、ビジュアルの細部がきわめて充実しているからだ。あるいは、スクリーン上の<今・ここ>に視聴覚を集中せざるをえない観客の脳が、パズルゲーム的な「謎解き」に向かう余裕をほとんど奪われてしまうからだ、といってもよい。

 したがってまた、リドリー・スコットは多くの謎を、何よりもまず、濃密な<不可解感>を全編に行きわたらせるために設定した、とさえ言えるだろう(それらの謎はまた、当然「続編」を意識したものだろうが)。

 とはいえ、アンドロイドのデヴィッドが、中盤で“ピラミッド”内から1本のアンプルをひそかに船内に持ち帰り、その内部の黒い液体をウイスキーに混ぜてホロウェイに飲ませる行為は――映画を見終わってから――、非常に気になってくる<謎>だ。

 そのデヴィッドの行為(ウェイランド総帥の指令による人体実験?)によって、ホロウェイの体内にはクリーチャーの“種子”が寄生してしまい、その後彼と性交したエリザベスは、「

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