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アマゾンという「怪獣」の弱点とは?

福嶋聡 MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店

 2012年秋、キンドル日本語版が、満を持して発売された。

 注文が殺到して11月の予約分が手元に届くのは今年1月になるとのことだったが、そろそろ行き渡った頃だろう。アマゾンは実数を公開しないので、正確なことはわからないが、発売即品切れなのだから、かなりの数が日本全国に散らばった筈だ。

 キンドル以前以後で、電子書籍の売り上げがどう変わったのか、現時点ではわからない。紙の本を売るリアル書店の売り上げにどう影響したかも、数字的にはもう少し待たないとはっきりしないだろうが、表面的には、書店から読者が突然減ったという実感はない。

 それでも、日本の書店業界にとってキンドルは脅威である。間違ってはいけないのは、その理由が、「キンドルがアマゾン上陸の契機になる」からではなく、「アマゾンはすでに2000年に日本に上陸しており、2位の紀伊國屋の2倍近くを売り上げる日本一の書店」だからだということである。この10数年の「攻防」で、日本の書店業界は素直に「敗戦」を認めなければならないのだ。

 そして、なぜこんなにアマゾンが強いのかを、きちんと検証しなければならない。それを怠れば、あれよあれよという間にキンドルに日本の電子書籍市場を独占されかねないし、電子書籍市場の伸張によって、ますます紙の本の市場、書店業界の売り上げが圧迫され、更に多くの書店が駆逐されかねない(日本の電子書籍市場におけるアマゾンのシェアと、電子書籍の伸張による紙の本のシェアと書店売り上げの低下は決して混同してはならない全く別の問題であるが、アマゾンの強さに焦点を当てる本稿では、とりあえず一括りにする)。

 アマゾンはどうしてこんなに強いのか?

 ジェフ・ベゾス率いるアマゾンの強さの源は、徹底して「顧客が望むものを提供する」その単純さである。買い手は、少しでも安いものを選択して買う。これが経済学の原則であり、前提である。

 「世界一の小売店」をつくろうとしたジェフ・ベゾスは、この原則に徹底して依拠する。赤字をも省みない「値引き」をはじめとしたサービスで、〈顧客の喜ぶことをする→顧客を獲得する→売り上げが伸びる→儲かる〉という一次方程式を、但し徹底的に追及する。そしてそれが決してぶれない。これは簡単なようで、非常に困難なことである。

 “1995年にアマゾンを公開したとき、ベゾスはすべてを割り引き対象にした。特にベストセラーのトップ20タイトルほどは、定価の30%引きと損失覚悟の目玉商品にした。”(『ワンクリック――ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛』リチャード・ブラント、日経BP社、2012年)そして、“1999年は7億2000万ドルの赤字で、累損は20億ドルに達していた。この金利負担だけで1億2500万ドルにのぼる”(『ワンクリック』P166)。

 それでも、アマゾンの株価は上昇し続け、そのおかげで、ベゾスは、地上最高の小売企業を作るという壮大な夢の実現に向け、倉庫の建設、在庫の増強、企業の買収ができるだけのキャッシュと資本を得た。

 こんな企業が、日本に、否アマゾン以外に、あるだろうか? 毎年赤字を脹れあがらせても、顧客獲得にまっしぐら、損得抜きで突き進んでいける企業が。

 『出版・新聞 絶望未来』(東洋経済新報社、2012年)で、山田順は次のように言う。

 ”どんなイノベーションも新しいビジネスモデルも、実際のビジネスとして成立させなければ、資本主義社会において時代を変えることにはつながらない。つまり、そこに多大な資本をつぎ込み、多くの犠牲を払って変革していく起業家なり、組織なりが必要なのである。アメリカでは、この役割をアマゾン1社が引き受けた。そして日本ではいまのところ、そんな組織も会社もない“

 繰り返す。この単純さとブレなさこそ、アマゾンの強さの最大の理由である。

 そして、日本において、舞台が電子書籍市場に移ってもこの強みは変わらないどころか、ますますその威力を発揮するだろう。

 日本の出版市場には再販売価格維持制度(略して再販制)があって、原則的に値引きができない。ネット書店として紙の本を売っている間、アマゾンは送料サービスによって価格面での顧客満足を図った。

 だが、再販制は電子書籍には適用されない。電子書籍の価格水準が極端に低くなることによって紙の本が売れなくなることを警戒する日本の出版社の意向を察し、コンテンツを揃えるためにアマゾンは、日本では出版社に価格設定権を残す「代理店方式」を取ったが、再販制が適用されないのだから、あくまでその価格は「希望小売価格」で、出版社に価格拘束権は無い。アマゾンが最終的にいくらで売ろうと、出版社側から訴えることはできない。

 価格拘束権に固執し何らかの強硬手段に出れば、独占禁止法に抵触するおそれがある。裁判になれば、アマゾンの方が一枚も二枚も上手だ。日本の電子書籍市場を制するために値引きが有効と見なせば、容赦なく赤字覚悟の値引き販売を行い、価格競争を優位に持っていくことは十分に考えられる。

 再び、日本側の完敗なのか。

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